第38話 姪が強引に俺の家に泊まりに来る
年末も明け、正月休みを過ぎるとすっかりいつもの日常に戻っていた。
新年の最初の金曜日、俺は家に着いた瞬間、布団に中に飛び込んだ。
短期間とはいえ、休日が続いた後はどうも仕事のやる気が出ない。
なんだか疲れもいつもの2倍は感じた。
俺は数分間布団に顔を埋めた後、のそのそ起き上がって、スーツから部屋着に着替える。
部屋着と言っても俺のは洗いすぎてヨレヨレになったTシャツとジャージの上下セットだ。
誰に見られるわけでもないし、楽な服装が一番だろう。
このTシャツもいつか捨てよう捨てようと思って着続けているが、こうなるともう愛着が湧いて捨てられない。
捨てる時は必要ない五つ目の穴が開いた時だろうと思っていた。
帰り道で買ったコンビニ弁当をレンジで温めようとした瞬間、家のチャイムが鳴った。
また里奈辺りが性懲りもなく遊びに来たんじゃないだろうかと大股で玄関を開けると、そこに立っていたのは、里奈ではなかった。
「通い妻でぇす」
ニコニコ笑いながら、大荷物を持った晴香が立っていた。
俺は髪をかき上げ、大きなため息をつき、その場にしゃがみ込んだ。
「何やってんだよ、晴香。また家出してきたのか?」
晴香がアポなしで突然家に押しかけてくる時は、大抵姉貴と喧嘩した時だ。
喧嘩の理由はいつも些細なことばかりで、その度にこうして晴香が俺の家に家出してくる。
他人の家に行くよりはましだが、それでも14歳にもなった女子が独身の叔父の一人暮らしの家に泊まりに来るのもどうかと思う。
「当分の間、私、ここから学校に通うから」
晴香はそう言って持ってきていた大きなキャリーケースを俺の部屋に上げ、中に入っていく。
それを聞き、俺は大声を上げた。
「ちょっと待て! 今日一日ぐらいは仕方ないにしても、そう何日も居座られては困る。それにちゃんと姉貴にも俺のところ行くって連絡したのか?」
晴香は不貞腐れた顔で振り向き、答えた。
「……言ってないけど、いつものことなんだからわかってるよ。それより、どうして私が居座っちゃダメなの? 他に女でも来るの?」
鞄を置いて、ぐいぐい俺に顔を近づけながら尋ねてくる。
「別に来ねぇけど、そういう問題じゃないだろう。もう子供じゃないんだから、喧嘩する度に俺の家に来るのは辞めろ」
俺は親切心のつもりで言ったのだが、晴香はそう受け取っていないようだった。
ふぅんと疑わしい表情をして、俺を見つめてくる。
「姪が叔父さんの家に遊びに来て何がいけないの? もしかして、としちゃん、私のこと女として見てる? いやらしぃ」
晴香はそう言って自分の体を抱き寄せ、くねらせた。
いくら人恋しい生活をしている俺でも、娘同然の姉の子には手を出さねぇよ!
「はいはい、わかった。今日だけは泊めてやる。けど、明日帰んなかったら、姉貴に連絡して、無理やりでも連れて帰ってもらうからな」
「はぁ!? としちゃんの鬼! 悪魔! 意気地なしぃ!!」
晴香は怒って俺に怒鳴りつけてくる。
最後はせめて、『意気地なし』ではなく『人でなし』ぐらいにしておいてほしかった。
でないと意味合いが全く変わってくる。
「ひとまず今日は俺から姉貴に連絡しておくけど、お前も喧嘩する度に家出する癖、直せよ。家出したって何も解決しないんだからな」
俺はそのまま携帯を取り出して、電話をかけようとする。
いつもなら抵抗してくる晴香がやけに大人しかった。
気になった俺は、連絡する手を止めて晴香の顔を見た。
「……喧嘩じゃないもん。ママが無神経だからいけないのよ」
晴香は呟くような小さな声で言った。
今回はいつもの喧嘩とは少し異なるらしい。
何があったかはあえて聞かないが、だからと言って甘やかしすぎてもいけない。
俺は姉貴に連絡してくると言って、玄関を出て通路から電話をかけた。
真冬の玄関先はひどく寒く、一瞬で体が凍り付きそうだった。
震える体で姉貴に連絡し、晴香を泊めることを了承してもらった。
姉貴も相当憤慨しているらしく、この喧嘩は長引きそうだった。
俺が部屋に戻ると、さっそく晴香の叫び声が聞こえる。
何事かと部屋を覗くと、晴香は押入れの中を探っていた。
「DVDの位置が変わってる! としちゃん、やっぱりこの部屋に他の女を入れたんだ!!」
DVDって、なんでお前までそんなことを知ってんだよ!
しかも、今さっき知った発言じゃねぇぞ、それ。
やはり年頃の女の子を俺のような寂しい独り身の男の家なんざに上げていいわけがないと実感した。
そして今度こそ、DVDを見つからない場所に隠そうと決める。
「そんなことはいいから、お前はやることやって、明日に備えて寝ろ」
「そんなことって何? やっぱり、としちゃん私に隠してる。いつもならお部屋ももっと汚いのに、あんまり触ってないところがきれいだもん。女の匂いがプンプンする」
どうしてこいつは小姑みたいな目線で人の家を物色しているんだか。
「それで、お前は飯食ったのか?」
俺は話を切り替えて、晴香に質問した。
晴香は小さく頷く。
「コンビニで買って食べた。としちゃん遅かったし」
こいつはいつから俺の家に来ていたのだろうかと心配になる。
「なら、とっとと風呂入って寝ろ。布団は後で引いといてやるから」
俺はそう言って箪笥からバスタオルを出して、晴香に渡した。
そして、レンジで温めておいた弁当を運び、ちゃぶ台で食べ始める。
しばらくの間、晴香はそんな俺を不満そうに見つめていたが、次の瞬間バスタオルを抱き抱えて、にんまりと笑って言った。
「じゃぁ、としちゃん。今日は一緒にお風呂に入ろうか」
晴香のセリフに一瞬、口から食べていた弁当のおかずが飛び出しそうになった。
なんちゅう冗談を言うんだ、この娘は!
「入らねぇよ。いいからとっとと準備して入れ。お湯つかるなら浴槽は洗ってつかえよ」
あまり動揺を見せないように答えた。
ここで狼狽えてしまえば、この年頃の子は嘗めてかかるからだ。
晴香は残念そうに返事をして、キャリーケースから着替えを取り出し風呂に入る。
俺は漸く安心して飯にありつき、食べ終わると二人分の布団が引けるように部屋を片付けていた。
その間に晴香が風呂から上がったらしく、扉を開けこちらに入ってくる。
俺は振り向き、晴香に向かって話しかけた。
「悪い。もう少しで布団引き終えるか――」
その瞬間、俺は言葉を失った。
風呂上がりの晴香はキャミソールとパンツ一枚で出てきたからだ。
俺は慌てて顔をそむける。
「バ、バカ! 服をちゃんと着ろ!」
そんな俺に晴香はタオルで髪を拭きながら平然と答えた。
「着てるでしょ? キャミソールとショーツ」
「だ、だから、そうじゃなくてちゃんとパジャマを着ろって言ってんだよ。半裸で人んちの中を歩き回るな!」
今どきの若い子はどうなってんだと言いたい。
いくら全裸ではないとはいえ、下着同然の姿で男の前に出るなんて信じられない。
もしかして、晴香は家ではこういう恰好が当たり前なのか?
義兄さんや勇志の前でも平気であんな姿を晒しているのだろうか。
考えれば考えるだけわからなくなってきた。
するとひとまず寝間着のズボンだけ履き、晴香が俺の背後に寄り添ってきた。
そして、背中に上半身をぺったりくっつけて耳元で囁く。
「おっかしぃな、としちゃん。子供の体になんて興味なかったんじゃないの?」
微かに感じる胸の膨らみ。
明らかに女性の体になっている晴香に動揺しつつも、俺は必死に抵抗した。
「いいから上着を着なさい! 俺も風呂に入ってくるから、お前は布団を引いて、さっさと寝ること」
それだけ言って晴香から離れ、俺はバスタオルと着替えを持って風呂に向かった。
晴香は小さな声でつまんないとぼやいていたが、こんな場所で面白いことがあっても困る。
俺は気持ちを落ち着かせるためにも、シャワーを浴びることにした。
風呂から上がると晴香は既に布団の中で寝ていた。
俺は安心して冷蔵庫の中に入っていたビール缶を開けて飲む。
後は明日の朝、素直に家に帰ってくれれば問題ないと思っていた。
しかし、俺が寝る準備を終え、布団に入り、眠りに入ろうとした瞬間、隣の布団からごそごそ音が聞こえ、俺の布団に晴香が入って来た。
寝ぼけているのかわからないが、そのまま俺の背中に抱き着き、離れない。
さすがの俺もこれには緊張し、その夜は全く眠れなかった。