第37話 プレゼントを渡しに姪の家に行く
「ありがとう、としちゃん!」
晴香は今年一番の笑顔で俺からプレゼントを受け取った。
もう、今年も残すところ六日しかないのだが。
同じように勇志にもプレゼントを渡すと、勇志は無表情でそれを受け取っていた。
「……ありがとう」
決して嬉しくないわけじゃないのはわかっている。
ただ、勇志は土方家の血筋を引いているせいか、不愛想で不器用なのだ。
「しかし、お前はそれで良かったのか? お前の年頃ならもっと欲しいものもたくさんあっただろう?」
すると、勇志は文房具セットの箱を開けながら、静かに答える。
「晴香が非常識なだけだよ。逆に『金属製図用シャープペンシルセット』なんて、マニアックなアイテム、誰も持ってないから俺には丁度いい」
「そうか。お前は絵を描くのが好きなんだったよな」
「って言っても、今はデッサンぐらいだけどね。来年は受験だから、控えてる」
勇志はそう言って、微かに口角を上げた。
どうやらプレゼントには満足してくれたらしい。
それを見て、俺も安心する。
しかし、同じ親から生まれた兄妹だというのに、性格は真逆のような二人だった。
人と話すよりも一人静かに絵を描く方が好きな兄の勇志と、人懐っこくてとにかくおしゃべりな妹、晴香。
同じ環境で育ってここまで違う性格になるのかと不思議な気がした。
勇志も晴香も来年は受験だ。
勇志は高校三年生に、晴香は中学三年生になる。
勇志に限っては何の心配もしていないのだが、晴香の方は大が付くほどの勉強嫌いで、成績も芳しくなく、ちゃんと希望通りの高校に通えるか心配だった。
逆に勇志は成績について心配することは何もないが、受験する大学については気になっている。
あれだけ絵を描くのが好きな勇志だ。
きっと美大にも興味を持っているのだろうけど、受験をする気はないと言う。
美大の受験にはお金がかかる。
きっと両親に遠慮して、受験しないことを決めたのだろう。
俺はなんだかそれが不憫に思えていた。
けれど、これ以上俺が首を突っ込めば、ただでさえ口数の少ない勇志がなおのこと口を閉ざしてしまいそうで、俺は何も言えなかった。
「ねぇ、としちゃん」
晴香が俺と勇志の間に入ってきて、俺の前に立つ。
「どうした?」
俺が聞き返すと、晴香は嬉しそうに笑いながら言った。
「クリスマスプレゼント!」
そう言って晴香は俺の頬にキスをする。
いくら仲がいいからって、年頃の女の子が叔父さんにキスだなんてと驚いたが、今の子の感覚は欧米式なのかもしれない。
動揺を隠しながらも、ありがとうと返事をした。
それを冷静に見ていた勇志もポケットから何かを取り出して、渡してくる。
「俺からもお返し」
それは胃薬だった。
勇志は口にはしないが、俺の苦労をちゃんと見てくれていたようだ……。
俺はありがたくその薬を鞄にしまった。
すると、今度は俺の前にコーヒーを運んできた姉が声をかけてくる。
「ごめんねぇ。あの美顔器、高かったでしょ?」
やっぱり値段を知ってやがったかと思ったが、俺はあえて口にしない。
晴香もいる手前、プレゼント代の話をすれば、雰囲気が悪くなってしまうと思ったのだ。
おかげさまで俺の残りボーナスが352円になったが、何も言うまい。
日頃から計画的に使っていれば、ボーナス一括払いを多用する必要はなかったのだから。
「だから、私からもお返し!」
姉貴はじゃーんと嬉しそうに声を上げ、俺に袋に入ったプレゼントを渡してきた。
気が利いているじゃないかと俺は嬉しくなった。
「ありがとう」
そう言って、俺はプレゼントを受け取り、感触を確かめた。
やけに柔らかい感触がする。
「開けてみて!」
姉貴がそうせがむので、俺はプレゼントの紐を解いて中を確かめる。
何とも言えない色のマッチョ人型腕枕クッションが現れた。
全然嬉しくない……。
「やぁ、ネットで見たらバカうけでさぁ、敏郎のお返しに丁度いいと思って」
うけ狙いでプレゼント決めんなよと言いたかったが、よく考えれば去年はザコシショーのアイズ眼鏡だった気がする。
あの瞼がパカパカする眼鏡を俺にどうしようというのだろうかと本気で悩み、今は押入れの奥深くに眠っている。
俺はとりあえず、そのクッションを同じように鞄に無理やり押し込んでおいた。
沖田に腹が立った夜にでもサウンドバックに使ってやろうと決めた。
すると、再び晴香が俺に近づいてきて、隣に座り、ふふふと笑いかけてきた。
何事かと思い、じっと晴香の顔を見る。
「最近ね、はまっているダンスがあるの。としちゃんも覚えてさ、一緒に踊ろう!」
そう言って、晴香は自分のスマホの画面を俺に見せてきた。
そこにはSNSのライブ映像が流れていた。
どうやら何人かの学生の女の子が音楽に合わせて踊っているらしい。
しかし、それがあまりにも可愛らしいダンスだったので、俺ははっきりと断った。
「無理無理。俺にこんなダンス出来るわけないだろう」
そもそもダンス自体苦手だ。
昔、晴香には、ドラマのエンディングダンスとして流行した『恋恋ダンス』すら全く踊れなくて、ひどくからかわれたことがあった気がする。
今時の子は授業でダンスを習うだけあって、覚えるのも早く、リズム感もあって上手い。
僕の時代の体育でしたダンスといえば、創作ダンスくらいだったから、無理もないのかもしれないが。
「ええ、やろうよぉ。今、このダンスをSNSでアップするのが流行ってんだよぉ」
晴香はおねだりするように俺に言った。
どんなに頼まれたところでやるつもりもないし、更にそれを人前で晒すのなんてもっとごめんだ。
「晴香も友達と一緒にやればいいじゃないか。月菜ちゃんだっけ? 他にも秋穂ちゃんとか仲のいい友達がいただろう? みんな誘ってこの動画みたいに――」
俺がそう提案すると、晴香は突然機嫌を悪くしたのか、ソファーから立ち上がって、もういいと言って離れていった。
それを見た姉貴が申し訳なさそうに俺に話しかける。
「ごめんねぇ。晴香って本当に子供っぽいでしょ? 同級生でももう少し落ち着きがあるっていうのに、全然成長しないんだから。来年には三年生よ。少しは自覚を持ってほしいわよね」
姉貴は大きくため息をつく。
子育てってものは想像以上に大変らしい。
近くに中学生の知り合いが晴香くらいしかいないから、みんなあんな感じだと思っていたが、最近の中学生は随分大人っぽいんみたいだ。
よく考えれば、大村さんの息子の将も小学校四年生にして妙に達観している子供だとは思った。
俺たちの時代と違って、今の子たちは体も心も大人になるのが早いのかもしれない。
「あのダンス流行ってるのか? 晴香は妙に踊りたがっていたけど」
俺が質問すると姉貴も察したのかああと声を上げた。
「あれね。最近人気が出たアイドルグループのダンスらしいの。特に中学生の間で流行ってるみたいなんだけど……」
その後、言葉を濁すのでどうしたのだろうかと姉貴の顔を覗いた。
なんだか、あまりいい話ではなさそうだ。
「あの子、最近家で友達の話しをしないのよ。昔は学校で友達と遊んで帰ってきたり、家に帰ってきてもすぐに遊びに出かけたりしてたのに、最近は全く。授業が終わったらまっすぐ家に帰ってきて、部屋に閉じこもってるし、宿題するわけでもないのに、いつも部屋で何をしているのかしら?」
姉貴の心配が伝わってくるようだった。
確かに最近の晴香の様子は少しおかしい気もする。
しかし、晴香は今、丁度思春期で多感な時期でもあるし、こういうこともあるのだろうと思い、あまり気にしすぎないようにしていた。
こういうことは大体時間が経てば、解決するのだ。
その時の俺は、そう単純に思っていた。