第36話 みんなでクリスマスパーティーを楽しむ
「マジで公園でやってんじゃん」
呆れた表情で最初に現れたのは里奈だった。
相変わらずの短パン姿に厚手のタイツを穿いている。
アウターは丈の短いダウンコート。
足元は裏地がボアになっている温かそうなハイカットスニーカーを履いていた。
かなり防寒を意識した恰好だ。
するとそんな里奈の後ろから一人の少年が現れた。
里奈の弟、永久だった。
彼も風邪をひかないようにと暖かな恰好をしてきている。
「なんだ、お前こそやる気満々じゃねぇか。誰よりも温かそうな恰好してんぞ」
俺が茶化すと、里奈は恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
「ち、違うし。これは万が一にも永久が風邪を引かないようにって気を使ったの。それにうちのクリスマスパーティーはいつも永久と二人きりで寂しいから、永久のためにも参加しようかなぁって……」
語尾の方はごにょごにょと歯切れの悪い口ぶりで話していたので、よく聞き取れなかったが、弟に託けて、里奈自身もこの野外クリスマスパーティーを楽しみに来たんだろう。
誘って正解のようだった。
すると今度は、ヤンキー上がりの男が大股で手を上げながら手ぶらで現れる。
「よぉ、兄貴、お嬢! お呼ばれに来ましたぜ。なんでも兄貴がケーキ奢ってくれるとか」
「お前、ただで食えると思って来ただけだろう」
俺が呆れながら言うと、いいじゃねぇっすかと悪びれた様子もなく近くの椅子に座る。
そして、さっそく箱に入っているケーキを覗こうとして、市子に怒られていた。
これも最近では日常の光景だった。
いいのか、悪いのかはわからないが、俺も随分、こいつらと馴染んできた気がする。
すると、今度は遠くから大声で叫ぶ声が聞こえた。
これは姿を見なくても誰だかわかる。
「土方さぁん、来ましたよぉ!」
近所迷惑かと思うほどの声だ。
俺は振り返って沖田を一喝する。
「うるせぇよ、沖田。お前は場所と時間を考えろ!」
「いやぁ、すいません。ジム上がりはどうもテンション上がっちゃって」
沖田はニヤニヤ笑いながら、頭を掻いて答える。
そりゃ、ジム上がりじゃなくて、若い女子に会えると思ってテンションが上がっているんだろう。
その見え透いた反応がなんとも沖田らしい。
その後ろにはヘンリーがいて、手にはコンビニ袋がぶら下がっている。
案外気が利くじゃねぇかと感心した。
「よぉ、ヘンリー。急に悪いな。しかも、土産まで持ってきてもらって」
するとヘンリーは手に持っていた袋を掲げて、困った顔を見せる。
「コレですか? 違イますヨ。コレは犬のボムの粗相シタ脱糞ですネ。土方サン、食ベますカ?」
「食べねぇよ。ってか、なんでそんなものを犬も連れてないのに持ち歩いてるんだよ」
俺が顔を歪ませて答えると、ヘンリーは嬉しそうに笑った。
「ジョーク、ジョークですヨ! アメリカンジョーク!!」
って、お前はアメリカ人でも、アメリカ出身でもないだろう!
そもそも、それはアメリカンジョークになっているのか?
その横で沖田が二人の女子高生を見て、更に興奮しているようだった。
「な、なんなんすか?この美少女二人組は。未成年の匂いがします! 女子高生の匂いがしますよ!!」
沖田は顔を突き出して、くんくんと豪快に周りの匂いを嗅いでいた。
そんな沖田を見た、市子と里奈が塵芥のように扱う冷酷さを醸し出した顔になっていた。
やはり沖田を呼んだのは間違いだったか……。
「もう喋んな。沖田は二人に半径五メートル以内は近づくの禁止な」
そんなぁと叫ぶ沖田を俺は二人から一番離れた席に座らせた。
ヘンリーは持ってきた袋をテーブルの中央に置く。
そこには缶ビールやらお菓子が入っていた。
さすがに学生がいる手前で酒を買うのもどうかと思い、躊躇っていたが、なかなか気の利く差し入れだと思った。
しかし、缶をよく見るとどれもアルコール0%。
つまりノンアルコールビールだ。
「俺たち、酒飲めないんで、ノンアルにしておきました」
沖田のセリフに合わせて、ヘンリーも缶を掲げてアピールする。
すこし期待外れだったけれど、未成年もいるパーティーならその方がいいに決まっている。
というより、ポーランド人のヘンリーが酒を飲めないことにもびっくりした。
隣にいた小林もノンアルコール表示を見て、ガッカリしているのがわかる。
「とりあえず、乾杯しましょう!」
沖田はそう言って、蓋を開けた缶ビールを掲げた。
お前が仕切るのかよという突っ込みは置いておいて、俺たちはその場で乾杯する。
大人はノンアルコールビールだが、市子たちには事前に買っておいたお茶で乾杯した。
そして、ケーキを箱から出して、小型ナイフで切り分ける。
それを丁寧に市子が紙皿に乗せ、それぞれのテーブルの前に置いた。
「クリスマスケーキなんて、久しぶりですねぇ。俺もガキの頃以来ですよ」
小林も嬉しそうにタダで食えるクリスマスケーキを頬張っていた。
「やっぱり小野組はクリスマスとか禁止なんだな」
俺がそう答えると、小林は斜め上を見つめながらうぅんと唸っている。
「禁止っていうか、習慣がないんすよ。俺らの年間行事って言ったら、冬至なんかはやりますね。かぼちゃ食ったり、ゆず湯にも入れてもらいやしたかね。それと、節分。これは盛り上がるんすよ。鬼役をあみだくじで決めて、モデルガンを打ちまくるんすよ。やぁ、あれはなかなか爽快で。俺も何度か鬼役にもなったんすけど、生きた心地しないんすよね」
やいやもう、それは節分ではなくサバイバルゲームではないのかと思った。
しかし、楽しそうに節分を語る小林には言いづらかった。
「案外、うちはイベントごと多いわよ。そういうのを大事にする家だからね。だから、こんな風にみんなが集まってわいわい騒ぐようなパーティーをしないだけ。特に大祓えと除夜は組員全員で馴染みの神社にいってお祓いしてもらうの、半年間の罪穢れを払いにね」
極道に罪穢れを払うってのは、もう遅い気もするんだが、案外気にするのだなと思った。
人様の家のことは、余計な口出しをしないのが一番だ。
「他の組もそんなもんなのか? パーティーとかしてそうなイメージだけど」
合法ではない気もするが。
すると小林があっさり答えた。
「いや、うちが厳しいだけで他の組は案外パーティー好きっすよ。うちは神道メインって感じっすけど、仏教やキリスト教の組もありやすし、どこもイベントごとは大事にしたんすよね。ほら、俺らはどうやっても生死が身近っすから、そういうこと大事にするんすよね」
小林は笑顔で答えるが、一般人からすると結構怖い話だと思う。
しかし、それを当たり前に生活している二人にとっては、何も疑問に感じないのだろう。
すると、突拍子もなく沖田が俺に絡んできた。
「土方さん! 土方さんも今度一緒にジムに行きましょうよ。ジム、めっちゃ楽しいですよ」
沖田はそう言って、わざわざジャケットを脱ぎ、自分の筋肉を見せつけてきた。
その後ろで、ヘンリーもアウターを着たまま同じポーズをとる。
同じジムに通っているはずなのに、体系がえらく違う気がした。
「ジムなぁ。昔は行ってた時期もあったが、すぐに行かなくなって退会したんだよな。仕事帰りは疲れるからまっすぐ家に帰りたくなるし、俺の性格上続かねぇんだよ」
その言葉を聞いて、里奈は市子の隣でうんうんと何か納得していた。
「敏郎ってそう言うタイプよね。辛抱がないっていうか、諦めるのが早いっていうか」
「うるせぇ。俺はこの性格で42年間、生きてきたんだよ。文句あるか?」
俺が里奈の言葉に反発した時、隣にいる市子が俺のアウターの隙間から俺の腹を鷲掴みした。
あまりにも突然のことで、俺は変な悲鳴を上げる。
「な、なにすんだよ! いきなり人の腹を掴むな!!」
俺が市子に向かって怒鳴り上げると、市子は俺の腹の感触を思い起こすように指を動かして俺に言った。
「敏郎も少しは運動したら。下っ腹完全に出てるわよ」
俺はうっと言葉を詰まらせる。
そうなのだ。
この年まで運動もろくにせずに、家に帰ってはくっちゃ寝して、散々酒も飲んできたから、俺の腹は立派な中年太りをしていた。
体力も落ちてきているし、里奈の親父とケンカした際も、翌日は筋肉痛と腰痛で動けなかったからな。
そう考えると、ジム通いも考えなければいけない時期が来たのかもしれない。
それはそうと、俺は鞄の中から手のひらサイズの透明な箱を取り出し、それを市子に渡した。
「クリスマスプレゼントだ。お前のことだから、こういうのももらった経験がないんだろう?」
それはケーキ屋で見つけたマジパンのサンタクロースだった。
ケーキにのせて食べればと思い、買ったのだ。
これなら残るものではないし、いい記念になるだろうと思った。
「ああ、ずるい! うちには?」
それを見た里奈が羨ましそうに俺に催促してくる。
「あるわけねぇだろう。お前は自分の金で買え」
「ええ、なんでぇ」
里奈が不満そうな声で訴える中、市子はそれを嬉しそうに手で包んだ。
その顔は今までにないぐらい優しい顔で笑っている。
俺はその顔を見て、ついどきっとした。
そして、なんだか自分のしたことに恥ずかしくなって、市子に言う。
「せっかくだからケーキと一緒に食べちまえよ。」
すると市子は首を横に振る。
「うんん。今は食べない。もう少し取っておく」
彼女はそう言って、大切そうに鞄の中にしまっていた。
俺は市子の意外な一面を見た気がした。