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第35話 市子にクリスマスパーティーを経験させる

時が経つのはあっという間だ。

イルミネーションが彩る街路の真ん中で、俺は大きなくしゃみをした。

目の前には巨大なクリスマスツリーが赤や緑のLEDライトで飾られ、チカチカと光り輝いている。

街に横行するカップルたちの幸せそうな姿。

ああ、これが女神様の言っていた、恨めしい『リア充デート』ってやつなんだろうなと思った。

相手のいない独り身の中年には寒々しい季節になってまいりました。

俺と言えば、先日、姪っ子にねだられたクリスマスプレゼントを買いにビットカメラに向かっている最中だった。

ここに来る前には甥っ子に頼まれた文房具セットを東京ハンズで買ってきたばかりだ。

商品を見つけることにも苦労したが、何より大変だったのはレジに並ぶこと。

さらにラッピングまでお願いしたら、待ち時間が二時間と言われた。

そんなに待ってはいられないと、待っている間に晴香のプレゼントを買ってしまおうと来たのだが、やはり店内は混雑していた。

慣れない美容機器コーナーでお目当ての商品をスマホ片手に探し、やっとのことで見つけ出したものの、その値段を見て、俺は目を疑った。

美顔器、一体6万円!

たった20㎝程度の棍棒型の機器が、なぜそんなに高い。

いつもなら自分の分もプレゼントをねだってくる姉が、今回は慎ましくも遠慮したかと思えば、そういうことだったのかと納得した。

つまり、娘のプレゼントを自分も使用するつもりでいたのだ。

本当に姉親子はあざとい……。

甥っ子の勇志の文房具セットが3千円。

晴香のプレゼントはその20倍。

甥っ子だけでも、常識ある子供に育ってくれて良かったと心から思った。

というか、14歳の子供に美顔器はまだ早い気がする。

その年から肌を磨いて、晴香はいったい将来、どこに向かおうとしているのだろうか。



クリスマスプレゼントを買い揃えて、家に帰ろうと道を歩いていると、目の前に見知った顔が見えた。

大きなトートバッグに竹刀袋を肩からかけている制服姿の少女は間違いなく市子だ。

今日は里奈もいないようだし、おそらく部活の帰りか何かだろう。

俺はそんな市子に声をかけようとしたが、彼女の様子を見て一旦躊躇した。

なぜなら、彼女が何かを必死に見つめていたからだ。

ケーキ屋の前のポスター。

そこには可愛らしいクリスマスケーキが映っていた。

この時期なら、同じようなポスターがそこら中に貼られている。

何をそんなに真剣に見ることがあるのだろうかと思い、俺は後ろから声をかけることにした。


「なんだ、お前。そんなに、そのケーキが食べたいのか?」


急に話しかけたためか、市子は驚き、肩を揺らす。

そして、気まずそうな顔で振り返った。


「敏郎……。なんであんたがここにいんのよ」

「甥っ子と姪っ子のクリスマスプレゼントを買いに来たんだよ。それよりお前、部活帰りだろう? こんなところで道草食ってていいのかよ」


市子はぐぐぐっと険しい顔を見せる。

何をそんなに、気まずそうにしているのかわからない。

それに、そんなに見られてまずいことはなかったように思う。

すると、市子は小さな声で恥ずかしそうに答えた。


「……クリスマス」

「へぇ?」


俺はあまりにも小さな声が聞き取れず、耳を傾けて聞き返してしまった。

市子は顔面紅潮で、俺に怒鳴りつけて来た。


「クリスマスケーキ見てたの!」

「それがどうしたんだよ。欲しいなら買えばいいだろう?どうせ、当日にはまた食べるんだろうけど」


その俺の言葉を聞いて、市子はあからさまに大きなため息をついた。

何をそんなに不満なのか、俺には全くわからない。


「だから、うちは列記とした神道なの!だから、クリスチャンが祝うようなクリスマスパーティーなんてしないのよ。そもそも、うちがそんなこじゃれたパーティーをすると思う?」


市子にそう言われて、俺ははっと思い出す。

こいつの家は代々続くジャパニーズマフィアだった。

マフィアの家でクリスマスパーティーは……、ないか。


「悪い、悪い。今どき、宗教限らずクリスマスは楽しむもんだと思ってたからよ。うちの家もどっちかっていうと仏教だけど、全然気にしねぇから。ってことは、お前、今までクリスマスを祝ったこと一度もねぇの?」


俺の言葉に市子は声を詰まらす。

どうやら本当にしたことがないらしい。

子供の頃に保育園や幼稚園のイベントでやらされたりしたが、市子の家は厳しい家庭だから、それすらも参加させてもらえなかったのかもしれない。

俺はよしと意気込んで、目の前のケーキ屋に向かった。

既に店内は客でごった返している。

そんな俺を市子は慌てて止めた。


「ちょっと、あんたこのケーキ屋に用があったわけ?」


俺は市子に振り返り答える。


「ねぇよ。当日のケーキは姉貴が用意してくれているからな」

「な、なら、いらないじゃない。なんでいちいち店に入るのよ!」

「そんなの、決まってるだろう。今からクリスマスケーキを買うからだよ」

「はぁ!?」


市子は大声を上げ、驚愕している。

今日はまだクリスマスの三日前。

クリスマスパーティーにはまだちょっと早いが、当日は姉貴の家でパーティーがあって時間がないし、祝うなら今のベストだと思った。

それに当日のケーキを注文するには、遅すぎる気もする。


「買ってどうするの?」


市子が再び尋ねる。


「食べるに決まってるだろう?」

「食べるって、誰が?」

「ひとまず俺とお前」


そう言って、俺は市子を指さした。

市子は更に混乱していた。


「後はそうだな、里奈も誘うか。暇なら小林を呼んでもいいぜ。後はどうしようかなぁ。今から連絡してくる奴いるかなぁ」


俺はそうつぶやきながらスマホの画面の連絡先を探す。

相変わらず淡淡としていた市子が俺の袖を強く引っ張った。


「ちょ、ちょっと待ってよ!私、聞いてないし、頼んでない。なんでそんな勝手なことするの?」


市子が疑問に思うのも当然だろう。

しかし、俺にそんな深い理由なんてない。


「俺が今、食べたいから。お前の物欲しそうな顔見たら、俺も食べたくなった。せっかくホールで買うんだぜ。大人数で食べた方がおいしいだろう?」


俺ははっきり答えると、市子の肩の力が一気に抜け、呆れた表情になった。

そうしている間に、俺は列に並んで、早めに販売しているクリスマスケーキを頼んだ。

待っている間に、沖田とヘンリーも呼んでおく。

あいつなら、若い女子が来るって言っただけで飛んできそうだ。

ヘンリーも一緒にいるようだが、あいつは運動しているのか?

そんな体には全く見えなかったが。

市子に確認すると、里奈も小林も来るとのことだった。

俺たちはドラッグストアで大量の使い捨てカイロを買って、公園まで急いだ。

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