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第28話 酔った勢いで元カノから本心を聞く

あの後、市子たちとは別れて、俺たちは昔よく通っていた大衆酒屋に行った。

木製の引き戸が少し重くて、ガラガラと大きな音を立てるのもなんだか懐かしかった。

暖簾をかき分けて入ると、そこには変わらずの風景がある。

左手には茶色いテーブルと椅子がぎゅうぎゅうに並べられ、どれも傷やへこみで塗装が剥げていた。

右手には、一段高くなった畳のスペースに、ちゃぶ台と座布団が並んでいる。

それぞれの机の上には、箸や調味料があの頃と変わらずに並んでいた。


「懐かしいなぁ……」


俺の一言に、涼子は無言で頷き、店員のいらっしゃいませという元気な声が店内に響く。


「今日は座敷にしようか」


涼子はそう言って、段差の前で靴を脱ぎ、奥の席に向かう。

いつも思っていたことだが、涼子は少し変わっていると思う。

これは俺の偏見かもしれないが、女子はこういう店を好まないと思っていた。

ましてや靴を脱ぐなんて考えられないという認識だったのに、涼子は気にしないどころか、率先してこういう場所に上がろうとした。

彼女が言うには、この方が足が楽なのだという。


「パンプスって結構、足疲れるんだよぉ」


お酒を飲みながら、袋萩を摩る七年前の涼子の姿が蘇ってきた。

涼子は怒らずに、ただゆっくり女の子事情を教えてくれる、そんな彼女だった。

だから俺は肩肘を張らずに、八年間もこいつと一緒にいられたのかもしれない。

畳の前で突っ立っていた俺を見て、涼子は首を傾げながら名前を呼んだ。


「どうしたの?早く、座ろうよ」


涼子が手招きするので、俺も慌てて靴を脱いで畳の上に上がった。

そして、涼子の前の席に着くと、重い鞄を壁側に置き、「よっこらしょ」と声を出して、座布団に座る。

それを聞いた涼子がおかしそうに、くすくす笑った。


「なぁに、敏郎。更におやじくさくなったんじゃない?」

「うるせぇ」


涼子があまりにも楽しそうに笑うので、俺は恥ずかしくなって顔をそむけた。

懐かしいのは居酒屋だけではないのかもしれない。

七年も経ったというのに、あの頃と変わらずに接してくれる涼子との時間が、何よりも懐かしく、そして俺にとって居心地が良かった。

注文する品物も当時のまま、俺はビールを頼んで涼子は梅酒サワーを頼む。

俺たちはたわいのない会話をしながら、酒と食事を楽しんだ。



数時間経つと、涼子は酔ったのか、顔を赤くして、少しだけ前傾になっている。

四杯目のハイボールのジョッキを手にしたまま、俺を上目遣いで睨みつけていた。


「ねぇ、敏郎。いつの間にあんなかわいい女子高生と知り合いになったの?」


聞かれたくない質問が涼子の口から飛び出す。

普段の涼子なら、俺が言いたがらないような質問は無理して聞くようなタイプではない。

しかし、酒が入ると別だ。

容赦のない質問や、若干口が悪くなる時もある。

今日は特に酔いが早いような気がした。


「大した理由じゃねぇよ。ちょっとした誤解があってな、なあなあで付き合ってるだけだ」

「ほんとに?」


涼子は疑わしい目で見つめる。

これではまるで、里奈みたいじゃないか。


「本当だ。俺が好き好んで女子高生と戯れるようなタイプだと思うのか?」


その言葉を聞いて、涼子は少しだけ黙る。

今の涼子の頭には、昔付き合っていた俺の姿が浮かんでいるのだろう。

俺が涼子に感じている感覚と、涼子が感じている感覚は、もう別物なのかもしれない。


「……確かにねぇ。敏郎って、そういうことには肝っ玉小さい男だったもんねぇ」


涼子はほろ酔い気分で、口元を緩ませ、答える。

図星の俺は何も言えなかった。


「でもね、私はそういう人の方が好きだなぁ。好きっていうより、安心するっていうか、敏郎のこと、ずっと誠実な人だなって思ってた」

「俺が?」


あまりにも意外な言葉に、俺は驚く。


「そうだよ。私と付き合ってる時から、敏郎は女の子みんなに優しかった。私が妬けちゃうくらい。でも、その分、私にもとぉっても優しいから、許しちゃうんだよね。調子乗るとさ、くだらないことばっか口走る癖があるけど、それすらあの頃は愛おしかったな。少し子供っぽい敏郎がさ、私だけに見せる特別な敏郎の気がして、嬉しかったんだよぉ」


すでに涼子はぐでんぐでんになり始めて、今にもとろけそうだった。

そんな涼子を心配に思いながらも、それが当時の涼子の言えなかった本音な気がして、複雑な気持ちだ。

あの頃の涼子は、それだけ俺のことを思ってくれていた。

だったらなんで、俺のプロポーズをあんな風に断ったのだろう。

俺はあのままずっと二人で、肩を並べて生きていけると信じていたのに。

やはり、未練がましいなと自分で自分を窘めながら、もう一度涼子の顔を見る。

俺と違って、涼子は見た目もあの頃と変わらずに奇麗だった。

自分一人だけが、時間を動かされてしまった気分だった。

俺は目線を上げ、真剣な顔で涼子を見る。

あの時、ずっと聞けなかった涼子の本音が知りたかったからだ。


「涼子、俺、ずっと聞きたかったんだけどさ、あの時、なんでお前は――」


そう質問しようとした瞬間、後ろから騒がしい声が聞こえる。

雰囲気がぶち壊しじゃないかと、若干腹を立てながら、騒いでいる方に顔を向けた。

すると、そこには二人の男がちゃぶ台を中心に騒いでいる。

その時にはもう、店はピークタイムに入り、大分混雑していた。


「オ兄さんノ、素敵ナ所、見てミタイ!それ、ハイハイハイ!!」


一人の外国人が楽しそうに手を叩き、もう一人のガタイのいい男が、突然服を脱ぎ始めた。

ガタイのいい男は背を向けていてよく見えなかったが、なんだかものすごく聞き覚えのある声だった。


「見せてあげましょう!これが上腕二頭筋だ!!」


男は叫びながら、豪快にYシャツを脱ぎ捨てた。

勢いあまって、ボタンまでが引きちぎれていた。

そして、宣言通り、タンクトップから抜き出た腕を直角に曲げ、鍛えられた二の腕を見せつけていた。

こんな居酒屋でいい大人が、こんなバカなことをするものだと呆れていると、男は俺の目線に気が付き、振り返った。

彼は表情筋全てに力を入れるように全力で笑い、壁まで突き抜けるような大きな声で俺の名を呼ぶ。


「土方さん! 偶然ですね!!」


言わずもがな、沖田である。

よくよく見てみると、その後ろの外国人も真夜中のコンビニにいる、お馴染みの外国人店員だとわかる。

彼も俺を覚えていたのか、目が飛び出るほど大きく目を見開き、オーバーリアクションで、声をかけてきた。


「オオッ!あなたハ、よく私ノ店ニ来ル、お客サンネ! トッテモ、デンジャラスです!」


デンジャラスって、俺は危険人物かよと心で突っ込む。

確かに、彼に一度捕まった覚えはあるが、その時の誤解は解けたはずだ。

俺たちの間で沖田が、不思議そうな顔で俺と彼を見比べる。


「あれれ、先輩、ヘンリーと知り合いだったんすか?」


俺も初めて、この二人に関係性があることと、彼の名前がヘンリーであることを知る。


「ハイ、私たちハ、マブダチです!真夜中、何度モ語リ合ッタ仲です!!」


語り合ったって、レジの前じゃねぇかと一言入れたかったが、この独創的な二人の間にそんな隙間はない。

そしてついにタイミングの悪い沖田が、酔った涼子の存在に気が付いてしまった。

彼女を見た瞬間、沖田は気持ち悪いぐらい顔を緩めて、にやりと笑った。


「土方さぁん。なんすか、なんすかぁ。もしかして、土方さんのこれっすか?」


と沖田は俺に小指を立てて見せる。

反応の仕方が小林と一緒だ。


「ちげぇよ。ただの昔馴染みだ。お前には関係ないだろう」


俺がそう答えても、沖田の興味は涼子から離れない。

涼子と言えば、あの素面の状態とはずいぶん変わって、今にもふらふらしている。


「ちょうどいいから、一緒に飲みましょうよ。彼女さんも、一緒に!」


沖田はそう言って、断りもなく涼子の隣に座ってくる。

俺はそんな沖田にイラつき、追い払うように手を振るが、沖田は気にしない。


「初めまして! 俺、土方さんの後輩の沖田っす。おねぇさん、美人ですねぇ」


ついには勝手に自己紹介まで始め、どうしたものやらと考えていると、涼子は酔っていながらも、美人というキーワードに反応して、沖田に向かってジョッキを突き付けた。


「よぉし、私の隣に座ることを許可してやる、後輩! さぁ、お前も飲め!」


ついに涼子まで乗っかってきて、俺は完全にお手上げ状態だった。

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