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第27話 女子高生と元カノが出会う

こいつらとの関係を、何も知らない涼子にどう説明しようか悩んだ。

小林はどうやったって、堅気の人間には見えず、俺のような中年独身男が現役女子高生と知り合いだと言えば、怪しまれるだろう。

かといって、俺が勝手に市子や小林の素性を明かすわけにもいかない。

すると、全く空気の読めない小林が俺たちを見て、怪訝そうな顔で言った。


「兄貴、そのお連れさんはどちら様ですかねぇ。お嬢という夫婦の契りを交わした相手がいるっつぅのに、あんまりやないですか!」


小林は事を更にややこしくする天才だと思う。

隣にいる涼子は俺と女子高生二人を交互に見比べながら驚愕し、全く関係のない里奈まで驚き震えていた。

当の本人は、小林の言葉が理解できなかったのか、頭の中は完全にフリーズし、無表情のまま立っている。

もう、この状態をどう収拾つければいいのかわからず、俺は深いため息をついた。


「だから、それは誤解だって言ってるだろう。俺と小野はただの知り合いだし、そんな約束をした覚えはない。お前が勝手に騒ぎ立ててんだよ!」


俺はこの機にはっきりと小林に告げた。

しかし、なぜだか小林は不満そうに俺を見つめる。


「そぉなんすか? じゃぁ、お隣の女性は兄貴のこれっすか?」


と小指を立てて見せる。

こいつは若い割に、動作や話し方が絶妙に昭和臭いんだよなと思った。

きっとVシネマの見すぎだ。


「彼女じゃねぇよ。昔からの知り合い。それより、お前ら何してんだよ。普通、女子高生がいい年の男をカツアゲしねぇだろう」


その言葉を聞いた瞬間、市子ははっと意思を取り戻し、真っ赤な顔をして訴えてきた。


「ち、違うわよ。小林に貸したお金、全然返してくれないから、せめてたこ焼き代ぐらい払ってって言っただけよ!」


市子は慌てて訂正し、背後にあるたこ焼きの屋台を指さした。

俺も涼子もそういうことかと納得して頷く。

ってか、女子高生に金を借りる暴力団員ってどんなんだよ。


「ついでにいくら貸してんだ?」


俺は興味が出てきて、聞いてみる。

たこ焼き代でどうにかなるくらいなのだから、大した金額じゃないだろうとは思っていた。


「二万円」

「さっさと返せよ、小林」


二本指を立てて答える市子を見て、秒で小林に注意する。

女子高生から二万円を借りるなんて、なかなかえげつない。

すると小林はへらへら笑いながら、言い訳するように言った。


「いやぁ、返そう返そうと思って、財布見るんすけど、金入ってないんすよね」

「それは使ってんだよ。金は財布から、湧いて出てくるわけじゃねぇぞ」


俺が小林に注意した後、世間知らずのお嬢様の市子にも一応注意しておく。


「お前も、こんな奴に金貸すな。それに金があるからって、二万は出しすぎだ。金をもっと大事にしろよ」


その言葉に、市子はむっとして俺に反発してきた。


「そんなに出してないわよ。こいつ、私が小学生の時からたかってきて、いまだに一円も返してくれないんだから、いい加減、待ちきれなくなったのよ!」


おいおい、小学生から借りるってどういう大人だよ。

俺はそれを聞いて、情けなくなった。

それはそうと、俺はもう一人の女子高生のことも気になっていた。

さっきまで散々騒いでいた里奈が、不満そうにずっと隣にいた涼子を睨んでいたのだ。

さすがに涼子も里奈の目線に気が付いて、たじろいでいた。

俺は涼子の前に立って、里奈のその威圧的な視線を遮る。


「さっきからなんだよ、お前は。何かあるなら、口で言え」


すると、里奈は口先を曲げて、不機嫌そうに答えた。


「別にぃ、きれいな人だなって。ただの知り合いみたいなこと言ってたけど、本当かなぁ」


こういう時、里奈は妙に勘が鋭い。

出来ればこいつらには、涼子が元カノだとは知られたくなかった。

知れば後から、俺をからかってくるに違いない。

涼子も女子高生にきれいな人と言われて、まんざらでもなかった。


「もしかして、元カノだったりして……」


里奈は冗談のつもりで言ったようだが、俺たちは不意を突かれて、一瞬固まった。

その様子を里奈が見逃すはずもなく、更に目を細めて、疑いの眼差しを向けた。


「はぁん、本当に元カノなんだぁ。それをわざわざ隠そうとして、あやしぃ」

「だ、だったら何なんだよ。何も怪しくねぇよ」


俺が言い返すと、里奈は更に反発した。


「怪しいよ! だって、その人、既婚者じゃん。薬指に指輪してるし、既婚者の元カノと一緒にどこに行こうとしてたわけ?」


その言葉で小林と市子の目線も涼子の薬指に向かった。

そして、里奈の言葉の意味を悟った。


「さいてぇ、不倫?」

「兄貴、見損なったっすよ!」


早とちりな二人が一斉に俺を責めてきた。

こうなるともう、めんどくさい。

すると今まで黙っていた涼子が、俺より一歩前に出て、自ら自己紹介を始めた。


「初めまして、私は春日井涼子です。敏郎とは七年前まで付き合っていたんだけど、私の方から振ってお別れしたの。今日も偶然そこで再会して、久々に飲みに行きたいなぁと思って誘っただけよ。あなたたちが思うようなことは何もないから、安心して」


彼女はそう言って、にこりと笑った。

その瞬間、三人に蔓延していた異質な空気が緩和された気がした。

さすがは涼子と感心してしまう。

それでも里奈は納得いかなかったのか、まだ少し不機嫌だ。


「何もないって言っても、元は恋人同士だったんでしょ?」


里奈の言葉に涼子は優しく笑って、大人の対応を見せた。


「そうね。だけど、今の私には夫がいるし、敏郎との関係も完全に切れてしまった。今更、私たちの間に何か起こることはないわよ。もしかしてあなた、敏郎が好きなの?」


涼子の突然の質問に、里奈はあたふたと慌て始める。


「な、なわけないじゃん。誰がこんなおっさんを!!」


否定したい気持ちはわかるが、JKからのおっさん呼ばわりは結構傷つく。

市子も里奈の隣で、納得したのか納得していないのかわからない、微妙な表情をしていた。

こいつは里奈と違って、何を考えているのかわかりにくいやつだ。


「お、お市は気にならないの? 敏郎と元カノの関係!」


今度は市子を巻き込むように、里奈が話しかける。

しかし、市子の表情は微動だにしなかった。


「別に気にならないわ。だって、私、関係ないもの」


市子のあっさりした言葉に、少しだけ寂しさを感じた。

普通に考えれば、至極真っ当な答えなのだ。

里奈の方が、過剰反応しているだけなのかもしれない。


「とりあえず、小林。一瞬でいいから茶菓ちゃか貸しなさい」


目線を動かさないまま市子は、小林に掌を翳した。

小林は下っ端の自分に、茶菓なんてないですよぉと困り顔をする。


「ってか、お前、茶菓で何すんだよ?」


俺は念のため市子に尋ねる。

茶菓って、物騒すぎるだろう。


「なんとなく、敏郎の頭をぶち抜きたくなって……」


影を落とした市子が俺から目線を外し、答える。

なんとなくで、人の頭をぶち抜くなよ。

確実に死ぬから、それ。


「まぁ、春日井さんはいいとして、敏郎には未練があるんじゃないの? チャンスがあったら、がばぁと襲ったりして」


いつまでも疑い続ける里奈が、俺に向かって言った。


「俺はどんなけ節操ないんだよ!」


こいつらは俺を好き勝手に言いすぎだ。


「お市もそう思うでしょ? 敏郎は独り身なんだし……」


再び里奈が市子に尋ねるが、相変わらずの塩対応だった。


「そうかしら。誰を思うかは、個人の自由じゃないの?」


冷淡な市子の言葉に、俺の心が少しだけ痛んだ。

さすがにこれ以上、里奈は返す言葉がなくなって、だからと言って俺たちの関係に納得しているわけでもなく、口をすぼめ、しゅんとなる。

そして、再び市子が平坦な声で小林に命令した。


「ひとまず、小林。ドスの用意をして頂戴」


またまた市子が物騒なことを言い出し、俺の背中は冷っとする。

すると小林が困った顔で答えた。


「お嬢、すいやせん。ドスは持ち歩いてないっす。カッターならありやすが……」


カッター持ち歩いているのも十分、おかしい。

ってか、その刃物でどうする気だよと聞き返したかったが、怖くて聞けなかった。


「残念ね。五センチぐらい、敏郎の腹に押し込んでやろうと思ったのに……」


憂いに満ちた市子の顔が冗談に思えない。

しかもそれって、地味に痛いやつですよね?

俺はこの日、女子高生の純粋な恐ろしさを知った。

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