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第23話 女子高生にとんでもないお願いをされる

俺は里奈の叫びを聞いた瞬間、自分の中で押さえていた何かが動き出した。

喧嘩慣れしていない父親の攻撃は単調だった。

ただ、力任せにパイプを振り回しているだけだ。

だから、その剣筋はすでに見切っていた。

俺は器用にパイプの攻撃を躱し、残りの折れた角材で構える。

そして、バランスを崩して少し前屈みになった目の前の男に向かって、横に振り込んだ。


「11年間、剣道に捧げた俺の根性、なめんなぁ!」


俺は勢いをつけてそう叫ぶと同時に、男の腹に向かって思い切り角材をねじ込むように押し当てた。


「どぉぉぉぉぉぉ!」


勝ち誇ったように俺は声を上げる。

次の瞬間、父親は腹を抑えて、地面の上で蹲っていた。

防具もない腹で本気の胴を食らえば、声が出ないほどの苦痛を感じるだろう。

俺は動けなくなった男を一瞥し、泣き顔でくしゃくしゃになった里奈の側にしゃがんだ。

里奈は俺の顔を見るなり、押し倒すような勢いで抱き着いてきた。

驚きのあまり、その場で硬直してしまう。

里奈は俺の胸の中で敏郎、敏郎と何度も名前を呼んでいた。

俺の緊張も緩み、そっと里奈の背中を支え、頭を撫でる。

まるで子供みたいな里奈が、どこか愛おしく感じていた。

そして、俺は里奈の顔を見て答える。


「ありがとな。俺に助けを求めてくれて……」

「敏郎?」


里奈はぽかんとした顔をしている。

それがちょっと間抜けでおかしかった。


「暴力を受けている人間が、誰かに救済を求めることが、どれだけ難しいことかは知ってる。大槻、今まで辛かっただろう? でも、もういいんだ。もうこんな理不尽に耐えなくていい。苦しかったり、悲しかったりしたら、周りに助けを求めてもいいんだよ。お前は何も悪くない。今までよく頑張って来たな。それに、弟を守ったんだぜ。立派な姉ちゃんじゃねぇか」


俺は精一杯、里奈を褒めてやりたかった。

これまでどんなに辛くても一人で耐えてきたこと。

周りを困らせたくなくて、平気な顔して生きてきたこと。

それが里奈の努力だとわかっている。

けれど、そんな必要はもうないんだ。

里奈だけが我慢する世界なんて、いらない。

里奈にも、心から安心できる人と幸せに生きる権利があるはずだ。

それを親だからと奪っていい理由はないし、俺たちはそれを許してはいけないんだ。

再び里奈は大泣きした。

何度も、何度も俺の名前を呼ぶ。

あんなに天真爛漫で、勝気な里奈の肩がとても小さく見えた。

こいつだってまだ、17歳の女の子だ。

大人に甘えたい瞬間だってあるだろう。

俺はそのまま、里奈の頭を撫で続けた。

ここまで行動できたのは多分、里奈のためだけじゃない。

俺が二度と家庭内暴力を許したくないと思っていたからだ。

俺の幼少の頃に、母が父親に何度も殴られる姿を見るのが辛かった。

母親は号泣し、何度も謝っているのに、父の暴力は止まらない。

あの頃は、いつか本当に母親が父親に殺されてしまうのではないかと、不安で仕方がなかった。

俺はただ、母親が暴力的な父親から離れて欲しかっただけなのだ。

俺たち姉弟の手を掴んで、一緒に逃げようと言って欲しかった。

どうして母は、あんな父親に必死にしがみ付いていたのだろう。

祖父が半ば強引に引き離さなければ、きっと一生あの関係は続いていたのだろう。

そう思うと切なかった。

だからこそ、里奈には自ら助けを求めてほしかったのだ。

そして、今度こそ、俺の手で身勝手な人の暴力から誰かを守りたかった。



近所の人が通報してくれたおかげで、すぐに警察が駆けつけてきた。

事情を話し、俺と父親は一度病院に行き、警察署で事情を聞かれることになった。

傍観していた母親と虐待を受けていた二人の子供も事情を聞かれる。

もともとこの家は児童相談所から目をつけられていた家庭らしい。

訪問も何度もしていたが、両親とも子供たちに会わせようとはしなかったのだ。

一度、弟だけでも保護施設に預かる話が出ていたが、永久自身が嫌がったそうだ。

きっと、永久も姉を思い、側にいる選択をしたのだろう。

今回の件は暴力事件となり、父親は警察に捕まった。

俺は正当防衛として見逃されたが、里奈たちの訴えがなければ、過剰防衛として今頃俺も警察に捕まっていただろう。

里奈たちの両親の虐待は確定した。

しかし、母親は反省しているらしく、しばらくの間は三人で新しいアパートを借りて暮らすと聞いている。

当然、相談所の定期的な面談は必須だった。



「本当にありがとね、敏郎」


呼び出された公園で、里奈は振り返りながらお礼を言う。

俺は大人として当然のことをしたまでだと、格好をつけて返した。

そんな俺を里奈はおかしそうに笑った。


「それとさ、お市のことなんだけど……」


里奈は徐に市子の話題を出した。

市子がどうしたのだろうと、俺は疑問に思う。


「薄情者なんて、思わないでね。お市はうちにとって最高の親友だから。うちの家庭に口を出さなかったのも、お市の家庭の事情もあったし、万が一にもうちの父親がお市に怪我でもさせたら、親父、殺されていたかもしれない。それぐらい、お市の一挙手一投足が重責なの。きっと、お市も辛かったよね……」


それには俺も同感だった。

それなのに俺は、市子にあんな軽率なことを言ってしまったのだ。

事情を察していれば、あんな言葉はかけなかったというのに。

あいつが誰よりも責任感の強い奴だとわかっていたはずなのにと、情けなくなる。

そして、里奈は市子との思い出を話し始めた。


「うち、こんなんでしょ? だからさ、中高一貫の名門女子校じゃ、すごく浮いてるんだよね。生徒はみんなお嬢様ばっかだしさ。うちの高校、8割が中学上がりなのね。うちは高校から特別推薦の特待生で入学してるから、友達もいないし、話しかけても無視されるだけだし、学校じゃ一人ぼっちだった。特待生は学費免除されるから選んだ学校だったけど、アウェイ感が半端ないんだよね。そんな時にね、唯一声をかけてくれたのが、お市だった。お市だけが貧乏人でギャルのうちに偏見なく接してくれたの。いつもお市は、うちを庇ってくれていたんだよ」


なんだか、市子らしいなと笑いそうになる。

市子も素直じゃないから、そんなことを平然とやってしまうのだろう。


「だから、うちはお市に感謝してる。それに、お市のおかげで敏郎とも会えたしね」


彼女はそう言って嬉しそうに、俺に笑いかけた。

俺としてはとんでもない出会いだったけどな。


「ねぇ、敏郎?」


里奈はまた甘ったるい声で話しかけてくる。

俺は何事かと構えてしまった。


「敏郎、言ったよね? 『俺が必ずお前を守ってやる』って。忘れてないよね?」


里奈は上目遣いで、意地悪な笑みを浮かべ俺に言った。

確かに言った。

しかし、あれはあの状況だったし、ああでも言わなきゃ、里奈が助けを求めてくれないと思ったからだ。


「だからうち、これからもしっかりと敏郎に守ってもらうことにしたんだ」

「はぁ?」


俺はその意図が分からず、声を上げる。


「敏郎はあの日からうちのボディーガードになったの。うちに危険が迫ったら、敏郎は必ずうちを助けに来ること! これ、絶対だからね!」


彼女は人差し指を上げながら、俺の顔を下から覗き、言いつける。

ボディーガード……。

こりゃ、散々こき使われそうだ。

俺は自分のこの発言に余計なことを言ったかなと思ったが、それでも里奈がこうして、大人を信じられるようになったなら良しとした。

ひとまずここは、素直に頷いておくことにする。



しかし、その後、俺はその発言を心から後悔する日が来る。

それはあの事件から、数週間経った頃だった。

夜八時頃、家に帰宅した俺はコンビニ飯を食い終わって、風呂でも入ろうと思った瞬間、家のチャイムが鳴る。

こんな時間に誰だろうかと、玄関のドアを開けてみると、そこには制服姿の里奈が一人立っていた。


「ちゃりぃっす」


相変わらず、ふざけた挨拶から始まる。

俺は呆れて、溜息をついた。


「だから、女子高生が無闇に男の家に来るなっていっただろう。しかもこんな夜更けに」


俺はあの時のことを学習していないのかと辟易としていた。

しかも、今日は市子が一緒でなく、一人だ。

すると、里奈は少し恥ずかしそうにもじもじしながら、俺に言った。


「敏郎。お願いがあるんだけど、今晩、敏郎の家にうちを泊めて」


とんでもない要求に、俺は絶句するしかなかった。

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