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第22話 里奈の心の叫びを聞く

俺は小林に事情を話し、何とか里奈の住所を聞く事が出来た。

仕事帰り、その住所を頼りに里奈の家を訪ねる。

そこは住宅街から少し離れた、川沿いにある小さな平屋だった。

かなり年季が入っているように見える。

屋根にかかったトタンは寂れ、雨樋はねじが外れ取れかかっている。

壁の汚れも激しく、小さな庭は雑草で生い茂っていた。

古びた引き戸の玄関の前には、子供用の遊具が転がっており、家の隅には既に使われていないと思われるゴミのような荷物が積まれていた。

ここは決して、環境のいい場所とは言えない。

俺が唖然となって里奈の家を眺めていると、家の中から男の叫ぶ声が聞こえてきた。

危険を察知した俺は、急いで庭に侵入し、引き出し窓のガラスから家の中を覗いた。

そこには部屋の隅で蹲っている里奈が見えた。

里奈の奥には、幼い少年が里奈に守られるように縮こまっていた。

そして、里奈の前には恰幅のいい無精ひげの男が、タンクトップ姿で立ちはだかっている。

里奈の体は震え、ただ必死に少年を守ろうとしているように見えた。


「なに、テーブルに水零してるんだよ。飯がべちゃべちゃじゃねぇか!!」


男はそう大声で叫んで、力任せに里奈の背中を蹴る。

安物のローテーブルの上に目を向けると、子供用のカップが倒されていて、そこから水が流れ、床にまで垂れていた。

おそらく水をこぼしたのは、里奈が守っている弟、永久だ。

里奈は父親の暴力から弟を守っている。

俺は助けに入ろうと引き戸を引いたが、鍵がかかっているようで開かなかった。

玄関から入ろうとしたが、ダメだ。

現場を抑えなければ、言い訳されて終わってしまう。

里奈たちの母親は何をしているのかと、改めて部屋の中を見渡した。

母親は奥のキッチンを背もたれにして、その様子を見ながら煙草をふかしている。

自分の子どもだろう、何やってんだと俺は叫びたくなった。

しかし、その母親の目はどこか据わっていて、まるで他人事のような眼差しを向けている。

そのうち、父親が痺れを切らして、里奈に近づき、彼女のポニーテールを鷲掴みにし、玄関に向かって歩き出した。

そして、玄関を豪快に開け、里奈を地面に叩きつける。


「てめぇ、いい加減にしろよ!  俺は父親としてこいつを教育してやろうっていうんだ。お前が口を出してくるところじゃねぇ!!」


父親は倒れた里奈に向かって、怒鳴りつけていた。

里奈は痛む体を必死に堪えながら、上半身を起こす。

そんな彼女に永久は泣きながら駆け寄っていた。


「おねぇちゃん!」


そして、里奈に抱きつき、それを里奈が優しく抱き留めた。

それを見ると余計に父親はイライラするのか、目くじらを立てて叫ぶのだ。


「里奈、お前、生意気なんだよ! ガキが親に口答えできると思ってんのか。さっさと高校なんて辞めちまって、風俗でもどこでも働いて稼いでこい。一円でも稼いで、育ててもらった恩を返しな!」


その言葉を聞いて、なんて勝手な父親なんだと抑えがたい怒りがこみ上げてくる。

母親は相変わらず玄関によりかかるようにして、タバコを吸いながら眺めていた。

俺は耐えられなくなって、その場から飛び出した。


「暴力はやめろ! これは立派な児童虐待だぞ!!」


俺は父親に向かって、叫ぶ。

父親も気がついて、眉を顰め、俺を睨みつけた。


「なんだてめぇ! 部外者は引っ込んでろ!!」


そう言って、父親は再び里奈の髪を力いっぱい引っ張り、顔を上げさせる。

里奈は痛そうに顔を歪めた。


「俺は、おめぇのその顔が大っ嫌いなんだよ。俺を軽蔑するようなその目! その目を見た瞬間、むしゃくしゃすんだよ。いいか。お前が生意気にも親に反抗しやがるから、俺はお前を教育してやってんだ。わかるか? ガキが親に歯向かっていいわけねぇんだよ。俺たちがお前らを生んで、ここまで育ててやったんだ。それを感謝するのがガキの役目だろうが! この恩知らずが!!」


ふざけるな!

俺は心の中で叫んだ。

子どもが親に反抗するのは正常な精神だ。

反抗するから、口答えするから、生意気だからと殴っていい口実にはならない。

そんなの教育でも何でもない、ただの脅迫だ!!

暴力を使って、人間を支配しようだなんて、それこそ許されない行為だ。


「いい加減にしろ! 親でもやっていい事と、悪いことがあるだろう! これ以上続けるなら、今すぐ俺は通報する!!」


俺は一歩、父親に近づいて、スマホを見せながら叫んだ。

父親はやっと俺に向き合う気になったのか、歪んだ顔をこちらに向けた。


「さっきからなんなんだよ、てめぇは!! 家族の問題によそ者が、口出してくんじゃねぇよ」


父親はそう言って、俺の胸倉をつかんできた。

俺はそれでも、一度も目を逸らさず、父親をじっと見つめていた。

こんなやつ、怖くもなんともない。

罵声を飛ばして誰かを脅すことしかできない、ただの小心者だ。

その様子を見た里奈が、俺に向かって叫んだ。


「やめてよ、敏郎! お願いだから、うちらのことはほっといて!!」

「ばか、ほっとけるわけねぇだろう!!」


俺が胸倉を掴まれたまま、里奈に向かって叫ぶと、そんな俺にやっと母親は口を開いた。


「この子がいいって言うんだからさ、ほっといてやってくれない? あんたもさぁ、他人の家の事情に首突っ込んでもいいことないよ? そもそもさ、あんたはこの子の何なのさ? 援助交際の客?」


俺の怒りは頂点まで達しそうだった。

こんなに自分の子どもを粗雑に扱う親がいるのかと思うだけで、吐き気がしそうだ。


「ふざけんじゃねぇ! 子供は親の所有物じゃねぇんだぞ!」


俺が叫ぶと、父親は俺を突き飛ばし、家の奥にあった錆びた鉄パイプを引きずり取り出してきた。

嫌な予感がする。


「てめぇ、しつけぇんだよ! 死ねや!!」


父親が俺に向かって、その鉄パイプを振りかざしてきた。

突き飛ばされ、尻もちをついていた俺はそれを避けようとしたが、眉の上を掠り、血が流れていた。

それを見た里奈が悲鳴を上げる。

その血が筋になって俺の目にまで流れ、痛みで目を閉じる。

手にしていたスマホもさっきの衝撃で飛ばされたらしく、すぐに見つけられそうになかった。

俺は必死になって、周りに防御できそうなものを探した。

すると庭の端に1メートルちょっとある角材を見つけた。

俺は父親の目を盗み、それを何とか掴んで、父親の前で構える。

体が自然と、剣道の時に培った構えになっていた。


「なんだ? やる気か? そんな木の棒で、鉄パイプに勝てると思ってんのかよ。ばかか、てめぇは!」


そう言って、父親は再び俺に向かって鉄パイプを横から振り回してくる。

俺はそれを角材で必死に受け流し、回避するが、こう何度も鉄パイプで力任せに殴られると、角材の方が耐えられそうになかった。

父親のむちゃくちゃな攻撃をなんとか躱しながらも、俺は里奈に向かって叫んだ。


「里奈、頼む! ちゃんとお前の口から言ってくれ。俺はお前を助けたいんだ。でも、お前が助けを求めてくれなきゃ、俺は助けられない。俺が今、ここでこいつを抑えても、お前がここから逃れたいと思わなきゃ、何も変わんねぇんだよ。だから、頼む!俺を信じて、手を差し出してくれないか?」


俺の必死な言葉に、里奈は耳を傾けながらも、顔を何度も横に振る。

その顔には涙が溢れていた。

きっと里奈も苦しいのだ。

抵抗するよりも、諦め、従う方が楽だと感じてしまう。

けど、俺はその先にちゃんと希望がある事を、里奈に伝えたかった。

耐えて凌いだって、本当の救いはそこにない。


「里奈! 俺を信じろ! 俺が必ずお前を助けるから!!」


俺がそう叫んだ瞬間、父親は鉄パイプをめいいっぱい頭上から振り下ろし、衝撃とともに俺が受けていた角材が真っ二つに叩き折れた。

角材の折れた衝撃のおかげで、パイプが俺に当たることはなかったが、危なかった。

里奈は目をぎゅっと瞑り、悲鳴を上げる。


「お願いだから、もうやめて!!」


父親は疲れてきたのか、ぜいぜいと荒い息遣いをしていた。

強がっている割には、喧嘩慣れはしていないのだ。

父親が俺にとどめを刺そうと再び殴りかかろうとした瞬間、里奈が叫んだ。


「――敏郎! 助けて!!」


里奈のその言葉をやっと聞けた気がした。

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