19話 真夜中のコンビニで女子高生に会う
真夜中のコンビニは苦手だ。
「17番 フィリップスモーリス3K 一箱!」
「10ナンバー? テスウリョウ? モット? チュウカイテスウリョウですか? コンビニでは家賃、払えナイヨ?」
「だから、たばこ!17番! えぇと、セブンティーン! ワンボックス、プリーズ!」
夜勤の外国人バイトは手強い。
新人が多いし、話が通じなくても他の助っ人を呼べない。
おそらく彼も日本語はしっかり理解できているのだろうが、どうしても俺の声を聞き取るのは難しいのか、ちんぷんかんぷんな返答をされることが多い。
何よりも俺が英語を全く話せない。
最近では、簡単な単語でさえ出てこなくなってきた。
店員はやっと理解したのか、OK!OK!と頷いて、後ろのカウンターを見た。
やっと伝わったと安堵した瞬間、期待は裏切られる。
俺の前には紅白で彩られた紙の箱が出され、にこやかに突き出してくる。
「大丈夫ヨ! まだ、十七番残ってるカラ! ファイトね!」
これは完全に『一番くじ』という、くじを引いて景品を受け取る商品と間違えている。
後ろを振り返るとそこには、かわいらしいクマのようなキャラクターのイラストが笑顔を向けていた。
最近、巷で流行っているキャラクターらしい。
しかし、俺が欲しいのは煙草であって、クマの景品ではない。
「ノー! ノーサンキュー! 俺はぁ、たばこが欲しいの! た、ば、こ!」
俺はそう叫んで、後ろに並んだ煙草の箱を指さした。
店員もやっと気が付いたのか、ソーリーソーリーと言いながら、煙草を取り出す。
こんなやり取りも今日が初めてではない。
どうしてか、俺は外国人と意思疎通を取るのが苦手だ。
店員は煙草と一緒に買った、お菓子やアイスのバーコードを読み込んでいく。
そして、こう尋ねる。
「温めマスカ?」
そう言って翳してくるのは、冷やしうどんだった。
冷やしうどん、温めちゃダメでしょ?
たまにわざとやっているのかと思うことがある。
俺は首を横に振った。
「ストロー? フォーク? いりマスカ?」
どう考えてもストローやフォークが必要な商品はない。
俺は再びノーと答える。
そして、店員は商品を袋に入れるが、肝心な箸はない。
「お箸入れてください!」
俺は忘れないうちに店員にそう伝えると、店員は一拍置いて、ウインクしながら手でグッドサインを見せてくる。
だから、なんなんだよ、そのジェスチャー。
俺はますます、この店員が俺をからかっているように思えてきた。
「ポイントカードありマスカ?」
「ないです!」
俺は、今度ははっきりと日本語で答える。
するとその店員は大きな目を見開いて、ホワーイといった両手を広げるポーズを見せた。
「持ってナイノ? もったいナイヨ? ポイント大事ダヨ?イイノ?」
なぜ、店員にそこまで言われるのかわからなかったが、ここでははっきり問題ないと答えた。
俺はポイントカードを何枚も作るのが嫌いなのだ。
最低限の数だけでいい。
そして、最後にお会計の選択をするのだが、そこでも店員が余計な一言を入れてくる。
「現金払い? オー、モッタイナイ! お兄さん、カードがいいヨ。クレジットカード。ポイント溜まるヨ? タダで買い物できるヨ!」
だから、いらないって言っているのに、強引に勧める店員。
俺は段々イライラしてきた。
「私、最近、電子マネー、覚えたネ。あれ便利ヨ。お兄さんもぜひ使うネ! オススメヨ!」
確かに最近の支払いは、現金払いより電子マネーで払う人の方が多い。
それでも俺は、ニコニコ現金払いを主軸としているのだ。
いくら便利になったからと言って、このスタイルを変えるつもりはない。
最後に店員は俺にレシートを渡して、「また来てネ」と言った。
あの店員、フレンドリーなのはいいが、ちょっと馴れ馴れしすぎないか?
ほとんどタメ口だし。
まぁ、今どきの若い店員なんてそんなものだろうと思うことにしてレジを離れると、後ろの客との接客が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ!」
「タバコ、55番、ケントル・ネオスティック」
その客は俺以上の不愛想で答える。
すると店員は、すぐに反応して煙草を出した。
商品も間違っていない。
しかもてきぱきとレジをこなし、先ほどの俺との対応とは全く違っていた。
やはり、あの店員、俺をからかっていたのかと確信した。
そもそも真夜中にコンビニに行かなければいいのだと、俺も理解はしていた。
しかし、なぜだろう。
深夜になったと実感した瞬間、急に腹が減ってくる。
ひとまず冷蔵庫を開けてみるが、めぼしいものはない。
ストックの食料を見ても、何か違うと感じてしまう。
俺が今、食べたいのはラーメンなんだよと思ってしまうのだ。
しかも、乾麺じゃない。
生麺で、だ。
かといって、今からわざわざ開いているラーメン屋を探して、食べに行くまでの気力はない。
となると、どうするか。
コンビニに行くしかあるまいとなる。
しかし、ラーメンのためだけに深夜に外出するとなると、これもなかなかハードルが高い気がしてくる。
やっぱりラーメンは我慢するかと諦めかけた時、頭に過ることがある。
それは、そういえばそろそろ煙草が切れそうだなとか、ついでに新作アイス買おうかなとか、沖田が絶賛していたスナックが気になってきたぞなどと言った思考になるのだ。
こうなるともう、コンビニに行かない理由はなくなってしまう。
気持ちも高ぶってきて、よし出かけるぞと勢いが付くのだけれど、いざコンビニに来るとラーメンが食いたかった口が、なぜだか冷やしうどんの口になっていた。
沖田の勧めてきたスナックの隣に並んでいた、別のスナックが気になったり、目的以外のアイスも買いたくなったり、真夜中は妙なテンションになって、結局いろいろ買ってしまう。
そして、レジの前に立った瞬間、更に思い出すのだ。
ああ、このコンビニの深夜には奴がいると。
彼以外でも深夜のコンビニには、日本語不慣れな外国人がいることが多い気がする。
まぁ、こうして買い物を無事に終えたのだからいいかとコンビニを出ようとした時、俺の肩に誰かがぶつかってきた。
俺は反射的に、「すいません」と謝ったが、相手は歩を緩めることなく、無言でコンビニの中へ入って行った。
失礼な奴だなと思って振り返ると、その後ろ姿には見覚えがあった。
脱色した長い髪をポニーテールに結んだ若い娘だ。
露出の多い、タンクトップと短パン姿。
俺は一度、スマホの画面で時間を確認し、再びコンビニの中に入る。
その瞬間、例の外国人の「いらっしゃいませ!」という元気な声が響いた。
そんな声も無視をして、俺は急いでその子の腕を掴んだ。
「大槻! お前、今何時だと思ってんだよ」
俺にいきなり掴まれて驚いたのか、その子は勢いよくこちらに振り返った。
一瞬、人違いをしたかと思ったが、やはり里奈だった。
すっぴんだったのもあるが、それ以上にその表情には元気がない。
あの、天真爛漫の里奈と同一人物とは思えない変わりようだ。
里奈も俺に気が付いたのか、慌てて腕を振り払った。
そして、急いで腕で顔を隠した。
今更、顔なんか隠しても意味がないと思っていたが、そうではないのだ。
よく見れば、里奈は体中が痣だらけだった。
昼間には気づかなかったが、ところどころが青くなっている。
それを見た瞬間、俺は絶句した。
その意味を俺はよく知っている。
「里奈、お前……」
俺はそう言ってつい、彼女の肩を強く掴んでしまった。
それを里奈が必死で振り払おうとする。
「いや、やめて!」
その声で、店の店員や客がこっちに振り向いてくる。
若い女の子の前におっさんが掴みかかっていたら、誰が見たって痴漢に見えるだろう。
俺がそれに気おくれしてしまった瞬間、里奈は急いで俺の前から走って逃げていった。
急いで追いかけようとしたが、間に合わなかった。
入り口の前で呆然としている俺に、例の外国人店員が近づいてきて、肩を叩いた。
「お兄さん、ちょっとお話聞いてもいいですか?」
店員のあまりにも流暢な日本語に唖然とした。
「いや……、誤解です」
彼が何を疑っているのか理解し、先回りして答えたつもりだったが、彼はその後、なかなか俺を帰してはくれなかった。