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18話 俺のプライバシーが侵害される

三十分後、俺のアパートの前に一台のミニバンが止まった。

そして、その後部座席からバケツと大きなトートバッグを下げた小林が出てきた。

俺はその様子を二階の廊下の上から、唖然としながら眺めていた。

そんな俺の隣で、市子が小林に向かって、大きな声で一喝した。


「小林、遅い!」


市子自身が突然呼びつけたというのに、ひどい言いようである。

俺は止まっている車を見ながら、最近の組員の車はミニバンなのかと改めて思った。

俺のイメージでは、高級車のベンツやレクサスを乗り回している認識だったからだ。

その車は小林を下ろすと、すぐに出発し、大通りへと消えていく。

車がいなくなった小林はどうやって帰るのだろうと、俺は少し心配になった。

彼はバケツを突き上げながら、犬のように笑顔で市子に駆け寄った。


「お嬢! 言われたもの、全部持ってきやした!」


小林の言葉に、市子はむっとした。


「『お嬢』って呼ぶのやめてって言ってるでしょ。その呼び方は古いのよ」


古いとか新しいとか、そういう問題なのかと思う。

まぁ、今どきの女子高生に『お嬢』もないだろうけど。

小林は市子にそう言われて、叱られた犬のようにしょんぼりし、頭を下げた。


「で、何を持ってこさせたんだ?」


俺は改めて、市子に尋ねた。

すると彼女は嬉しそうな表情をして、小林の持っていたバケツを取り上げ、俺に突き出した。

そのバケツの中には、掃除道具一式が入っている。


「あんたの部屋が汚いから、掃除するの!」

「はぁ!!」


俺は今日一番の大声で叫んだ。

なぜそうなるんだ!


「ちょっと待て! なんでお前が俺の家を片付けるんだよ」


俺が必死になってそう訴えると、市子は不思議そうに首を傾げた。


「私だけなんて無理よ。里奈や小林にも協力してもらうわ。当然、あんたもね」


市子はそう言って、俺の顔を指さした。

冗談じゃない!


「俺はそんなこと頼んでない! それに、俺にだってプライバシーがあるんだ。他人に見られたくないものだってある」

「見られたくないものって何よ!」


俺の言葉に、世間知らずのお嬢様、市子が瞬時に聞き返した。

そんなの、言わなくても察してほしい。

健康な男子の家には、女子に見られると不都合なものがいろいろと眠っているものなんだよ。

俺が蒼白な顔をして、黙っていると、にこやかな顔で市子の後ろにいた小林が答えた。


「あ、わかった、エロ本でしょ? 俺、兄貴の趣味知りたいなぁ」


エロ本って、中学生じゃないんだから持っているわけがないだろう。

しかも、いつの間にか俺のことを『兄貴』呼ばわりしているし。

小林という男が、どういう男なのか、段々わからなくなってきた。

確かに、エロ本はないかもしれないが、いやらしいDVDやパソコンの中には、いかがわしい動画や画像が保管されている。

いや、エロ本ではないが、アイドルのヌード写真集ぐらいは置いてあった気がする。

とどのつまり、女子高生に見られたくないものが俺の部屋にはたくさんあるってことだ。

独り身で彼女もいないおかげで、隠すことなどしていなかった。

そんなもの、見せられるわけがない!

しかし、市子の態度は平静なものだった。


「そんなことを心配していたの? 馬鹿ね。男なんだから、そんなものの一つや二つ持ってるでしょ? いいからどいて。掃除始めちゃうから」


そういう問題じゃないと、俺は大の字になって玄関の扉を死守した。

市子はその様子を見て、怪訝な顔を見せた。

そして、ぱちんと指を鳴らして、小林に指示を出した。


「小林、確保!」

「へい!」


その言葉で小林は俺を羽交い絞めにして、扉から遠ざけた。

その間に市子と里奈はエプロンとマスクを装着し、手には掃除道具を持っていた。

なんて、手際の良さだ。

小林の腕の中で暴れている俺を横目に、躊躇なく俺の部屋に足を踏み入れていく。

マスクは二重、厚いビニール袋を手に持ち、透明なゴーグルをつけ、土足で部屋に入る。

そこまでして掃除する必要があるのだろうか。

そんな俺の疑問に、市子は無表情で答えた。


「これは地球環境保全のためよ。放置したら、世界が汚染される」


俺の汚部屋は地球規模の公害ですか?



抵抗するのも諦めて、ひとまず玄関の扉と部屋の中の窓という窓は全開放した。

なぜなら、こんな密閉空間の中年男の部屋に女子高生二人も閉じ込めていれば、それこそ世間から何を言われるものか。

彼女たちの安全確保のためにも、閉鎖した空間をなくした。

俺は、袋を持ってペットボトルを集めている里奈に話しかけた。


「お前、そんな長い爪で手袋付けられるのかよ」


里奈は自分の爪を見て、「ああ」と答えた。


「これ、テープでくっつけてるだけのつけ爪だから、大丈夫」


彼女は俺の目の前で爪を一枚剥がした。

つけ爪だとわかっていても、目の前で剥がされるとなんかグロテスクだ。


「ほら、敏郎も手伝う! この部屋狭いんだから、敏郎と小林は廊下でペットボトルと空き缶の分別処理をして」


俺と里奈が話していると、市子がトングでこちらを指してきた。

人使いの荒い亭主だ。

俺は小林の真似をして「へいへい」と返事をしながら、言われた通り作業を始めた。



掃除も終盤に入ったころだろうか。

すっかり忘れていたが、掃除が進むにつれ、例の見られたくないものが発見されることになる。

押入れの奥を掃除し始めていた里奈が、嬉しそうに声を上げた。


「あっ! これっ!」


彼女はそう言ってDVDを保管していた段ボールを引きずり出し、中を確認し始める。

そして、にやにやしながらこちらを見つめていた。

俺は慌てて里奈から奪い取り、段ボールを閉じた。


「これは未成年が見ていいものじゃないの! 今すぐ、忘れなさい!」


俺は大人として精一杯の助言をしたつもりだった。

しかし、ネット社会を熟知している今どきの女子高生は肝が据わっていた。


「ふーん。敏郎ってそういうのが趣味なんだぁ。女教師とか、女医とか、人妻シリーズとかもあったよね。もしかして、敏郎、熟女好き?」


里奈は口を押さえて笑う。

大人をからかうなんて、とんでもない女子高生だ。


「悪いかよ。俺だっておっさんなんだから、そういうの見たって全然おかしくないだろう」


そう言い張った後に、何のコメントもしない市子が気になって、目線を向けた。

あれだけ大口を叩いていても、現実を目の前にしてショックを受けたのかもしれないと思った。

むしろ、そんな純粋な女子高生だと期待した部分もあったとは思う。

しかし、彼女はこちらには目もくれず、アイドルのヌード写真集を真剣に見つめながら、何かを考え込んでいた。

もう、今どきの女子高生が理解できない。

今度は小林まで近づいてきて、段ボールを漁りだした。


「兄貴のコレクションすげぇっすね。これ、借りてってもいいっすか?」

「お前、もう帰れよ……」


俺は少年のような純情な顔の小林を見下ろしながら答えた。

里奈も全く反応のない市子が気になって、声をかけた。


「お市、これ……」


しかし、市子は写真集に釘付けで全く気が付いていないのか、反応がなかったため、里奈は市子に近づこうとした瞬間、足元にある雑巾に気が付かずに踏みつけ、転びそうになった。

その里奈の目の前には背丈ほどの本棚があり、彼女が衝突しそうになっているのが分かった。

耐震対策なんてしている部屋ではないから、このままではぶつかった衝撃で棚が倒れてしまう。

俺は必死に里奈の前に滑り込んで、棚を抑えた。

棚は一瞬ぐらっと動いたが、俺の背中でなんとか倒れることはなかった。

しかし、背中が痛い。

気が付くと、目の前には転んで俯せになった里奈の顔が飛び込んできた。

彼女もこの状況には驚いているのだろう。


「危ないだろう。部屋狭いんだから、気をつけろよ」


俺の言葉に里奈は、言い返すと思っていた。

しかし、口元を震わせながら、素直に謝ってきた。


「……ご、ごめん……」


それはそれで、複雑な気持ちになった俺は、一度自分を落ち着かせてから、市子が持っていた写真集を没収し、小林が夢中になっていたDVDを段ボールに戻して、元のあった場所にしまった。


「もう、満足しただろう。いい加減、帰ってくれないか?」


里奈が事故を起こしかけたのを目撃した市子も、さすがにこれ以上居座ることはできなかった。

掃除道具を小林に回収させ、市子たちはエプロンを脱いでいた。

俺も黙って、掃除のために動かしたものを元の場所に戻す。

帰り際、里奈がしょんぼりした顔で俺の袖を引っ張ってきた。

俺は何事かと顔を覗き込む。


「……敏郎……、怒った?」


里奈の言葉の意外さに、つい俺は笑いが出た。


「なんで?」

「だって、敏郎が嫌がってたのに、勝手に家に入って、本棚まで倒しそうになったでしょ?もう、うちらのこと、嫌になったよね……?」


里奈はうつむいたまま不安そうに答えるので、つい親心というか、兄貴心が出てしまった。

俺は里奈の頭を撫でながら答えた。


「怒ってねぇよ。けど、今度からは勝手に男の一人暮らしの家に来るな。会いたくなったら、連絡してこい。そん時は、飛んで行ってやるよ」


まぁ、手が空いてたらだけどなと最後に付け加えておいた。

こんなことを言って、始終呼び出されても困る。

里奈は気持ちを取り戻したのか、嬉しそうに笑って頷いていた。

その後ろで、呆れながらも微笑む市子の姿があった。


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