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第17話 女子高生が家に訪れる

第17話 女子高生が家に訪れる


独身中年男の休暇に語れることなど、何もない。

俺にとっての休暇とは『仕事の疲れを癒す日』、ただそれだけだ。

同世代には意識の高い奴もいて、ランニングをしたり、ジムに通ったり、投資の勉強なんかを始めたりするらしいが、俺には一切興味がない。

ただでさえ仕事で疲弊しているというのに、更に体を酷使する運動や頭を使う勉強など、したいとは微塵も思えなかった。

俺の休日は、前日の金曜日の仕事終わりから始まる。

金曜日は出来るだけ仕事を早く終わらせ、定時に帰れるように努めていた。

昔は金曜日の夜になると、毎週のように上司に飲みに誘われたものだが、最近では行きたがる者も少なく、飲み会自体が盆前の『暑気払い』か、年末の『忘年会』のみとなっていた。

時折、送別会が行われているようだが、それも内々の社員だけで、歓迎会などここ数年見たことがない。

そもそも、うちの会社に新卒が入ってくることがほとんどなく、歓迎会という雰囲気もないのだ。

たまに近藤さんに飲みに誘われることもあったが、近藤さんは俺以上に忙しい人なので、年に数回しかない。

それこそ、奥さんが実家に帰った日ぐらいだと思う。

それに比べれば、俺の休日は実に自由だ。

退社すると寄り道もせず、真っすぐに帰る。

もともと一人でいるのが得意でない俺は、時間がない時以外、外で一人飯や一人飲みはしない。

俺が唯一寄り道する場所と言えば、コンビニだ。

帰り道のコンビニに行き、まずは缶ビール三本、酎ハイ二本、炭酸水一本、おつまみのあたりめとサラミ。

最近では枝豆やキュウリの塩漬けもすぐに食べられるようになっているから、それらを買って、家で一人晩酌を楽しむ。

誰に気を遣うわけでもないから、家に帰ればスーツを脱ぎ捨て、タンクトップにトランクス一丁でテレビを観ながら、ビールを煽る。

これ以上の幸せがあるだろうか。

俺の知り合いにも几帳面な奴がいて、家ではルームウェアを着ているらしく、パンツはトランクスではなく、ボクサーパンツらしい。

俺としてはボクサーなんて気取っていると思っていたのだが、最近ではトランクス男は女子に人気がないと噂に聞いた。

だから、万が一のためにも、勝負下着として一着は用意している。

俺は結局、流されやすいんだなぁと、自分の意志の弱さを痛感した。

ということで、金曜日の夜はそのまま晩酌を楽しみ、次第に眠気が襲うので、そのままカーペットの上で寝てしまうことが多い。

目が覚めると体が痛むため、起きるたびに後悔するのだが、やめられない。

だから当然のこと、翌日の訪問客の予測など、微塵もしていなかったのだ。



俺にとっては早朝、家の呼び鈴が鳴った。

休日はいつも正午過ぎまで寝ているので、俺にとっては朝8時でも十分に早朝だった。

こんな時間に訪問など、口うるさい大家さんぐらいだろうと思い、俺は身近にあったハーフパンツを掴んで履き、椅子の背もたれに掛けてあったパーカーを羽織って、眠気眼で玄関の扉を開けた。

以前、大家さんの前でタンクトップとトランクス一枚で出てしまい、あの時は大目玉を食らった。

だから俺はどんなに眠くても、玄関を出るときは、上着とハーフパンツは履くようにしていた。

玄関を開けると、そこには意外な二人が立っていた。


「ちゃりぃすっ!」


一人の少女は片目を閉じ、頭の上にピースサインを掲げている。

もう一人の少女は、WPCの野球監督ほどの貫禄を漂わせながら、腕組みをしていた。

俺は二人を見るなり、大きなため息をついた。


「ちゃりぃすじゃねぇよ。なんでお前らがここにいるんだよ」


目の前にいるのは女子高生の里奈と市子だった。

里奈が嬉しそうに手土産を見せつけて言った。


「近くに美味しいケーキ屋さんがあるって聞いたから、買い物ついでに来た」


意味が分からない。

俺の家の近くに美味しいケーキ屋があったとして、そこのケーキを買ったからといって、俺の家に来る理由にはならない。

このふざけた非常識なJKを無視するように、俺は玄関の扉を閉めようとする。

すると、里奈が慌てて閉まる扉を掴んだ。


「ちょっと待ってよ! なんで閉めるの?」

「なんでじゃねぇ。俺はお前らを家に入れる義理はねぇんだよ。そもそも、なんでお前らが俺の住所知ってんだよ!」


重要なのはそこだ。

俺がこんな女子高生に、自分の個人情報である住所を教えるはずがない。

一度会社の名刺を市子たちに渡した覚えはあるが、こんなプライベートな情報を名刺に載せているわけがない。

俺と里奈が扉越しに押し問答を繰り返していると、それを飄々とした顔で眺めていた市子が答えた。


「小林に調べてもらったのよ」


いやいや、調べさせるなよ。

俺の個人情報はどうなっているんだ。

きっと、小林が市子の個人情報を俺に売ったことへの仕返しのつもりだろう。

それにしても、小林もとんでもない事を二人に教えたものだ。

俺はこれ以上抵抗するのをやめて、ひとまず扉から手を離した。

すると、里奈はしてやったりと言った顔で扉を開け放つ。

その瞬間、二人の表情が硬直した。

それは俺の部屋があまりに荒れていたからだろう。

もう、汚部屋と言っていいレベルだ。

しかも、週末の前日だから汚さが限界を超えている。

里奈は自分の鼻を指で摘まみながら、中を覗き込んだ。

俺はそこまでして見たいものかと不思議に思う。

明らかに二人がドン引きしているのが分かった。

俺は里奈を軽く押し出してから、自分も廊下に出て、扉を閉めた。


「見て分かっただろ? 人を招ける状況じゃねぇんだよ」


二人もしばらくの間、沈黙していた。

これで素直に帰ってくれれば、俺も何も言わないのだが。

しかし、この二人がこんなことで諦めるはずはなかった。

突然、市子が鞄からスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。


「もしもし、小林? 今からすぐに私の言うものを持ってきて」


このタイミングで舎弟の小林に何を頼むのだろうと思った。

持ってきての意味もわからない。

電話を終えると、市子はため息をついて、後ろにある柵にもたれかかるように座り込んだ。

俺は驚き、声を上げた。


「おいおい、どういうつもりだよ。そんなところで座り込みされても困るんだよ」

「違うわよ。小林が荷物を持ってくるのを待っているの」


俺は益々分からなくなり、頭を掻いて同じようにしゃがみ込んだ。

こんなところを、大家さんや近所の住民に見られたらと思うと落ち着かない。

よく見れば二人とも見慣れた制服姿ではなく、私服だった。

里奈はギャルらしく、ショートパンツに丈の短いTシャツを着ている。

露出も多く、今にもへそが見えそうなおかげで、目のやり場に困った。

男の家に行くなら、服装ももう少し気を遣って欲しい。

それと、今日はやけに爪が長く派手で、いつもよりも化粧が濃い気がした。

顔だけでなく、腕にもファンデーションのようなものが塗られているのが、光の加減で何となく見える。

日焼けでも隠そうとしているのだろうか?

二の腕には、少し不自然な位置に白いテープが貼られている。

それに比べて、市子は清楚系の見本のような服装で、フリルの付いた白いブラウスに細かい弁慶縞模様のジャンパースカートを着ていた。

丈は長く、いかにも育ちのいいお嬢さんというイメージだ。

小林が何を持ってくるのかは知らないが、俺は今すぐにでもこの女子高校生二人に帰って欲しいと願った。

力づくで帰すこともできたが、それはそれで問題になりそうだ。

それにこのままここに居座られると、大家さんに見つかる可能性があるのだ。

あの人に見つかれば、いらぬ誤解を生む。

早とちりなあの人が、俺の家の前に女子高生がいるとわかった時点で、ためらいもなく警察を呼びそうだ。

俺は冷や冷やしながらも、帰る様子のない二人を眺めながら、大きな息をついた。

頼むから、俺の貴重な休日を返してくれ……。

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