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第121話 金を借りた理由を理解する

「だから、てめぇは甘いっていうんだよ!」


楠は車を運転しながら、俺を非難し始めた。


「350万なんて借金、まともに働いて返せると思うのか?うちの管轄で働かせるのはいいけどよぉ。全然、回収見込みが立たねぇじゃねぇか」

「でも、実際にうちの人手が足りないのは確かだろう?わざわざ、海外に貴重な人材をやる必要もない。うちにとって好条件で働いてくれるっていうんだ。やれる限りやればいい」

「けどよぉ。あいつらがまともに働くとも思わねぇんだよな。すぐに根を上げて逃げ出すに決まってる」

「もしそうなったら、次こそは他の二つの条件をのむって話になってるだろう。身分証明もこっちで預かってんだ。勝手なことはできねぇよ」


俺がどんな言葉を返しても、楠は納得しそうになかった。

結局、伊東さんが貸し出してくれた人員は楠と島田さんだった。

仕事はできる男たちなので大変助かるが、俺的には指示しづらい存在でもある。

今は回収を楠に手伝ってもらいながら、島田さんには店長代理をお願いした。

島田さんのあの雰囲気、威圧感がありすぎて、さすがにあの店のメンバーでも勝手なことはできないだろう。

俺は回収が必要な顧客をリストアップし、順番に回っていた。

普通に訪問すると逃げられる恐れがあるので、楠に頼んで運送業者のふりやウーバーのふり、時には不動産のふりをして相手を油断させ、家の外へと誘い出した。

当然、中には家に戻っていない顧客もいたので、勤め先やいそうな場所を調べ上げて向かう。

やはり最初は気づかれないようにそっと近づくのがポイントだ。

その後は、さっきのやり取りと同じようなことを繰り返す。

ほとんどの顧客がうちとの雇用契約を結ぶことで話をつけたが、中には臓器売買に承諾するような奴もいた。

さすがに異国に行くというやつはいなかったが、そこまでして金が欲しいのかと呆れてしまった。

そして、俺には一つ懸念していることがある。

松原課長と谷が来た日、俺が違和感を覚えた客のことだ。

当然、彼が提示した資料は偽の書類で、彼に遺産や生命保険が入る予定はない。

彼の両親は既に他界しており、そんな金はとっくに失っていたのだ。

そして、今からそんな彼の住む住所に向かう。

そこにはまだ、彼の妻と娘が住んでいるという。

俺は彼に対して、他の顧客と違うものを感じていた。

彼は遊ぶ金欲しさに金を借りに来たわけではないのだ。

きっと並々ならぬ事情があって金を必要とし、見つかれば殺されかねない覚悟で金を借りに来た。

彼の容貌はほかのどの客よりもみすぼらしく、痛々しいほど荒んでいた。

そんな彼から金を回収すると思うと、気が重くなった。

俺たちは家のチャイムを鳴らす。

すると中から年配の女性が一人出てきた。

俺の顔を見るなり、何かを理解したように表情を沈めた。

俺は他の客とは異なり、この家の住人には本当の身分を最初から明かそうと思っていた。


「こんにちは。DPGパートナーの者ですが、ご主人はいらっしゃいますか?」


俺がそう答えると女性は黙って顔を横に振った。

後ろから俺たちに気づいた娘さんが顔を出してきた。

まだ、若い女性だった。

高校生ぐらいだろうか。


「どうぞ、お入りください」


年配の女性はそう勧めてくる。

俺たちはお言葉に甘えて、家に上がらせてもらうことにした。

きっと彼女はなぜ、俺たちがこの場所に来たのか理解している。

部屋に通されて、座卓の前に案内された。

しばらくの間待っていると娘さんが俺たちに茶を入れてくれた。

こんなに丁寧に迎え入れてくれた顧客はこの家だけだ。

他の顧客は自分たちが借りた恩義も忘れて、堂々としたものだった。

娘さんと入れ違いに奥さんが部屋に戻ってくる。

手にはうちの店の封筒を持っていた。

そして、それを座卓の上に置くと、滑らすように俺たちの前に置いた。


「お金は一切手を付けていません。あの人がこれを借りてきた日、突然私たちに渡してきたんです。お金は俺がどうにかする。それで娘の大学費を払ってやれって。なんだか、嫌な予感がしました。だから、お金は使っていません」


状況が少しずつ理解できるようになってきた。

奥さんはきっと夫が闇金で金を借りてきたことを知っている。

すると楠が横で机に肘を立てながら、奥さんに言い寄った。


「そうは言ってもね、奥さん。金を借りたら利子っていうのが付くんですよ。借りた分の金を返して終わりとはならないんですよ」

「わかっています。足りない分は必ずお返しします。ですから、今日のところはこれで帰っていただけませんでしょうか」

「そんなわけ――」


楠がそれでも押し切ろうとした時、俺は彼の前に手を伸ばして止めた。

これ以上催促したところで意味はない。

彼女だって十分理解しているはずだ。


「わかりました。今日のところはこれで帰ります」

「土方!」


楠は納得いかなかったのか、俺に叫んだ。

しかし、俺は封筒を手にして、それを無視した。


「ただ、一つだけ教えてください。ご主人は今、どこにいらっしゃいますか?」


その質問をすると、奥さんの肩がびくっと動いた。

俺はその瞬間を見逃さなかった。


「わかりません。たぶん、もう、ここには戻って来ません。あの日が最後だったんです。久しぶりに戻ってきたと思ったら、このお金だけおいて出て行ってしまいました」


俺の嫌な予感は的中していたと思った。

俺はすぐに立ち上がり、玄関に向かう。

楠も不満が残るものの、俺の後についてくる。

俺たちが靴を履き、早々と家を出ようとしたとき、後ろから娘さんが俺たちに声をかけてきた。


「父はたぶん、港にある廃工場だと思います。父が昔勤めていた会社です。随分前に倒産して、今は誰もいません」


彼女のその瞳から、父親を憂う気持ちが流れてきた。

きっと彼女も父親のことが心配なのだろう。

俺は深く頷いて家の外に出た。

そして、その廃工場に向かうように楠に頼んだ。

相変わらず不快そうな楠だったが、とりあえず黙って車を走らせてくれた。



俺たちは廃工場の前まで行くと急いで工場内に向かった。

中は思いのほかがらんとしていて、殺風景だった。

その中に男が一人立っていて、何かと懸命に葛藤しているようだった。

彼の背中の先には包丁らしい物が天井に向かって突き刺さっていた。


「そんなことしても無駄ですよ」


俺はその男に向かって話しかけた。

男は驚き、声を上げる。


「日本の警察は優秀です。そんなことをしても他殺に見せかけた自殺だってすぐばれる。そしたら、保険金なんておりないですよ」


そう、この男は最初から死ぬつもりだったのだ。

死ぬつもりで金を借り、負債分は保険金で返そうとしていた。

彼は死ぬ前に家族に何かを残したかったのだろう。

しかし、これはあまりに身勝手だ。


「それでも金が必要なんだ。なんなら、あんたたちが殺してくれたっていい。その方が確実に金が下りる。そしたら、あいつらも……」


その言葉に楠は爆発しそうになっていた。

今にも飛びかかろうとしていた瞬間を俺が止める。


「あなたは本当は死ぬ気なんてないんだ。時間はたっぷりあったはずですよね。誰かに殺されるより、自分で死ぬ覚悟を決めた方が簡単だったはずだ。けど、あなたはできなかった。そうでしょ?」


男はただ震え上がっていた。

死ぬに死ねず、困り果てている状態だった。


「死ぬ勇気があるなら、生きる勇気だってあるはずだ。もう自分にできることがないと諦めていたかもしれないけれど、そうじゃない。あなたはまだやり直せる。家族だってそれを望んでいる」

「……でも」

「幸いにもあなたの負債はまだ少ない。あなたさえ辛抱できるのなら、まだ返せる見込みはあります。諦めないでください。死ぬ覚悟ができるのなら、人間やってできないことはないんですよ」


俺はただ、この人に死んでほしくなかった。

俺たちのような仕事は人間を人間とも思わない非道な行為が多いけれど、だからと言って無暗に命を失っていいものだなんて思っていない。

彼はまだ誰かに求められている。

それだけで生きている価値はあるのだ。

男はその場でおいおい泣きながら、膝をつき蹲った。

楠は困った表情で男に駆け寄り、腕を引く。

そして、小声で「死ぬなんて考えんなよ」と小さな声で呟いていた。

案外この男は優しいのだ。

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