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第117話 仕事に違和感を覚える

順風満帆とはいかなかったが、仕事はそれなりにうまくいっていると俺は思っていた。

従業員とはしっかりとしたコミュニケーションが取れていて、ここがヤクザの経営する闇金だなんて忘れてしまうほど、のどかな日常だった。

だからと言って、トラブルがなかったわけじゃない。

金を借りに来る客だ。

問題のある客も多かったが、俺はこれまでのセールススキルを駆使し、なんとか他の部署の力を借りずにやってこられていた。

なぜだか、あのモーニング以来、鉄矢には懐かれてしまい、小姓部屋にいるときだけでなく、暇ができると店にまで遊びに来るようになっていた。

小林同様、俺のことを『兄貴』と呼ぶようになり、俺も段々、本当の弟のように感じていた。

そんなある日、突然、店に監査が入ることになった。

その情報をくれたのも鉄矢だった。

なぜ、鉄矢がそこまで情報通なのかはわからなかったが、事前に知れただけでもありがたかった。

監査に来たのは、以前鉄矢が教えてくれた要注意人物の松原課長とその部下の谷だった。

俺たちの経営状態の確認と、貸し付け内容のチェックだった。

谷は店の書類を見ながら、絶えず険しい顔をしていた。

そして、俺に何かを確認しようと口を開いた瞬間、店に武田さんがやってきた。


「遅くなってすいません。土方さんは新任のものですから、詳しいことは私がお答えします」


彼はそう言って二人の前に立ち、彼らが広げている書類を見ながら一つ一つ丁寧に説明を始めてくれた。

正直、俺一人では対応しきれないと思っていたので、とても心強かった。

そして、俺もその中に加わろうとした瞬間、武田さんは笑顔で俺に言った。


「土方さん、こちらの仕事は私がしておくので、土方さんは店の様子を見に行ってもらえますか。それも店長の仕事なので」


武田さんの言葉に、確かにと俺は頭の中で頷いた。

それを見ていた谷や松原課長はいい顔をしなかったが、武田さんの手前、口出ししてこなかった。

俺は武田さんの厚意に甘え、店の様子を見に行った。

すると、ちょうどその時、新たな客が店の中に入ってくる。

男は挙動不審で、一瞬、強盗か何かかと思ったが、こんな街金に強盗が入るとは思えない。

監視カメラもそこら中についているし、強盗なんてした日には、強盗犯の方が返り討ちにされそうだ。

男はおどおどしながらも、男性社員に誘導され、席に座る。

そして、上目遣いで目の前の男性社員と俺を見ていた。

俺はどうも目の前の男が気になっていた。

年齢はおそらく50歳すぎぐらいだろうか。

何日も洗っていないような油でべとべとした髪。

手入れのされていない荒れた肌。

落ちくぼんだ隈だらけの目。

そして、剃り残しの激しい斑になった髭。

着ているジャンパーは布が擦り切れていてボロボロで、ジーンズもダメージジーンズとは呼べないぐらい痛んでいた。

しかも、少し近づいただけで鼻につんとくるひどい体臭がした。

こんな相手にすら笑顔で対応する男性社員を見て、彼はなかなかのプロだと感じた。

しかし、こんな男に返済能力はあるのだろうか。

聞くだけ無駄ではないかと頭をかすめた瞬間、男性社員が振り返り、俺を客から少し離して、答える。


「安心してください。ああ見えて、返済能力がある場合もあります。街金はただでさえ、客を確保するのが大変な店なんです。僕に任せて、店長は黙って見ていてください」


男性社員にそこまで自信をもって言われると、俺は何も言い返せなくなった。

彼は淡々とその客に話しかけ、内情を確認していく。

すると、客の口から、今は金がないが来月には親の遺産と生命保険金が入る予定があると、それに関連のある書類を出し始めた。

男性社員の言う通り、今しがた金がなくても、金が入ってくる目途が立ったので金を借りに来る客もいるようだった。

男性社員は丁寧にその書類を改めて確認していく。

いくつか書類をコピーした後、彼は書類を客に返した。

しかし、それでも俺はその客のことが気になっていた。

どうもさっきからおどおどしている。

もし本当に金が入る目途が立っているのなら、こんなにおびえる必要はあるのだろうか。

俺が一度、その客との契約に口を挟もうとした瞬間、後ろから武田さんに呼び止められる。


「土方さん。終わりましたよ」


どうやら、松原課長と谷の書類確認は終わったようだった。

俺は振り返り、二人に対応する。

相変わらず険しい表情をしていたが、武田さんがうまく対応してくれたのか、何も言わずに帰ってくれた。

俺はほっと胸をなでおろして、武田さんにお礼を言った。


「気にしないでください。土方さんが就任する前の書類もありましたし、こういう対応をするのも私の仕事ですから。それに、あの二人には少し、懸念する部分もありますしね」


やはりと俺は心の中で呟いた。

鉄矢の言っていた通り、あの二人は社内でも目をつけられているということだろう。

しかし、そんな二人がなぜ、会社の監査を任されているのかはわからなかった。

そのタイミングで、例の客の書類を男性社員が持ってきた。

そして、融資の許可をもらいに来たのだ。

俺はその書類を見ながら手が止まった。

確かに、書類上は返済能力があることになっている。

しかし、あの怪しさを無視できないような気がしていた。

俺が躊躇していると、その書類を武田さんが取り上げ、中を確認した後、俺の机の上にあった判子で書類に押印した。

驚きのあまり、俺は固まる。


「ちょっと武田さん。まだ、俺は承認したわけじゃ」

「前も言いましたよね。彼らを信じてくださいと。彼らは土方さんよりここに長く働いているんですよ。勝手もよくわかっています。任せて大丈夫です」

「でも……」


俺がためらっていると、武田さんは困った顔で俺の顔をじっと見た。


「それとも何ですか。土方さんは彼らがまだ信用できないんですか?」


その言葉で受付にいた三人とも俺の方へ目線を向ける。

そんなふうに言われたら、否定できない。

彼らとはここまでそれなりの関係を築いてきたと思っているし、信用していないわけではない。

しかし、ここで俺が断れば、彼らをがっかりさせてしまう気がした。

せっかくここまでうまくやってきたのだ。

彼らとの関係性を壊したくなかった。


「わかりました。俺も彼らを信用してますし、感謝もしています。ただ、あの客だけどうも気になって」

「わかります。最初はみんな不安なものです。しかし、安心してください。彼らはプロなんですから、判断は出来ていますよ」


彼はそう言って、男性社員に書類を渡した。

そして、例の客は金を受け取ると怯えるようにそれを袋に詰め、抱きしめるようにして店を出て行った。


「そういえば、お伝えすることがありました」


武田さんは俺の顔を見て、手を叩く。

俺は何事かと思い、彼に目線を向ける。


「実は明日、本社で年間表彰式が行われるんです。その式に、ぜひ、土方さんも参加してほしくて。この店も表彰に上がっているんですよ」

「けど、この店は前年も売上が悪かったと聞きます。それでも表彰ですか?」

「はい。土方さんが来てから右肩上がりですから、ぜひ、山南さんが表彰したいと」


山南という言葉が出た瞬間、俺の胸がざわついた。

山南が俺の好調な実績を喜ぶとは思えない。

それでも無視することはできず、承諾し、俺は頷いた。

それを聞いていた周りの社員も嬉しそうに拍手を送る。


「さすがですね、店長。僕たちも鼻が高いです!」


男性社員が喜びの声を上げた。

この時の俺は、とりあえず彼らのモチベーションだけでも下げさせないようにと努力することだけを考えた。

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