第116話 二度目のクリスマスパーティーを開く
今年のクリスマスはサプライズにしようと、あれやこれやと一人で考えていたが、なぜだか小林は今年もやる気気満々で、いつの間にか島田さんまでが参加することになっていた。
小野家は厳格な神道だ。
こんなクリスチャンの真似事を堂々とはできない。
俺は周りに見つからないように小林と島田さんにクリスマスパーティーの準備をするように頼んだ。
小林には市子の部屋に飾るパーティー用の飾り付けを。
島田さんにはクリスマスケーキの予約と用意をお願いした。
イブは平日だったため、俺は手伝いができず、二人に準備を任せないといけないのが申し訳なかった。
だからせめて、帰宅は早めにしようと仕事の調整をし、定時には店を出てタクシーで帰宅した。
そして、そのまま直接市子の部屋に向かい、室内を見た瞬間、悲鳴が出るかと思った。
それほど、衝撃的な飾り付けになっていたのだ。
「兄貴!どうっすか、俺の飾り付けは。なかなか粋でしょ?」
粋というか、斬新を通り越してもうカオスである。
まずは部屋中を囲むのは祝い事などに使う紅白幕だった。
そこになぜだか、風船文字で『HAPPY BRITHDAY』と飾られている。
スペルの順番間違えているし、クリスマスは『ハッピーバースデー』じゃなくて、『メリークリスマス』だろう。
確かに、キリストの誕生日を祝う日ではあるにはあるのだけれど。
他にも飾られているものが、和風のものが多く、節分に使う鬼の面や雛人形、桜の造花や鯉のぼりまで飾ってある。
クリスマスと言うより、正月のようだった。
「なんで、こうなるんだよ。クリスマスって言ったら、普通サンタとかトナカイだろう。こんな和風なクリスマスパーティーがあってたまるか!」
「だって、うちにあるもんでやろうと思ったらこうなったんすよぉ。それでも見てください。この風船。百均でわざわざ買ってきたんすよ。今、こういうのが流行ってんでしょ?」
いや、たしかに流行っているのだが、文字が違うんだよ。
せめて、『ハッピーニューイヤー』のほうが誤魔化せた気がする。
俺は小林にすぐに飾り付けを外すように言った。
小林が渋々飾り付けを外していると、後ろにケーキの箱を抱えた島田さんが立っていた。
なぜだが顔は蒼白で、今にも倒れそうだった。
何事かと思い、声をかけようとした瞬間、島田さんが目の前で土下座をし始めた。
「すいやせん、土方さん!買ってくるケーキを間違いました。面目次第もございません!!」
あまりにも大きな声で叫ぶので驚いてしまった。
しかも持っていたケーキが豪快に床に着地する。
そんな置き方をしたらケーキが潰れてしまいそうだ。
島田さんは慌てて、俺にケーキの中身を見せた。
それはまさに昔ながらのバタークリームケーキでこれでもかというくらいクリームで飾りつけされ、その上に金箔が散りばめられていた。
ケーキの上に可愛く添えられていたのはサンタではなく、真っ赤な梅の花だ。
これはケーキの上によく載っている飾りつけのマジパンではなく、おそらく和菓子などでよく売っている練り切りだろう。
和洋が合わさり、明治時代の人間が試行錯誤して作ったなんちゃってクリスマスケーキといったイメージだった。
むしろ今の時代にどこでそんなケーキが売っているのか聞きたいぐらいだ。
「ケーキなんてなんでもいいですよ。とにかく、準備しましょう。小林はそろそろ市子を迎えに行く時間だろう?」
小林もそれに気が付き、慌てて出かける準備を始めた。
俺はその間にできる限りの準備をしたが、付け焼き刃にできることは少ない。
後は気持ち次第だろう。
島田さんがずっと申し訳なさそうに部屋の隅で座っていた。
せめて雰囲気だけでも明るくいきたいのだが大丈夫だろうか。
市子が帰ってきたのは、それから30分後のことだった。
小林の迎えが遅かったこともあって、市子はすでに里奈と一緒に駅に向かっていたところらしかった。
こういうことはざらにあるらしい。
市子は自分の部屋の中を見て唖然としていた。
そして、一言こう言った。
「前倒しの正月?」
まぁ、そう思うよな。
俺は仕方なく、市子に詳細を説明した。
市子は大きなため息をつきながら、壁に飾っている風船文字を見て答えた。
「だから、『HAPPY DAY』なのね。クリスマス感はゼロね」
ごもっともです。
言い返す言葉がなかった。
ひとまず、ケーキを食べようと島田さんに皿とフォークの準備をしてもらう。
実質、何もできていない小林が一番嬉しそうだった。
ケーキの中を開けるとあら不思議。
中から大量のあんこが出て来た。
もう、これはケーキというより巨大どら焼きといった感じだろうか。
どんな注文したらこんなケーキが出来上がるのだろう。
それでもせっかく用意したのだからと食べることにした。
食べながらもこれは絶対にクリスマスパーティーなんかじゃないと思った。
その瞬間、島田さんがケーキの乗った皿をテーブルに豪快に置いて、自分の背中に常備してあったドスを引き抜いた。
あまりにも突然のことで驚いていると、島田さんは自分の掌を床に広げ、叫び始める。
「この度の不始末、弁解の余地もございません。島田頼、男としてきっちり落とし前つけさせていただきやす!」
これは指詰めだとすぐに気が付いて、急いで小林に止めさせる。
ケーキを買い間違えただけで指詰めとか、どれだけ極道の世界は厳しいんだよ。
俺はひと悶着が終わった後、市子を庭に面した縁側に誘った。
せっかく買ったクリスマスプレゼントだ。
アイツらの前で渡したって、なんのムードもないと思った。
俺は久しぶりに緊張しながら、市子にクリスマスプレゼントを渡す。
市子は少し驚いて見せたが、なんとなく予測はしていたのだろう。
快く受け取ってくれた。
「中身、見てもいい?」
市子が尋ねるので、俺は鼻の頭を掻きながら頷いた。
それを見て、市子が嬉しそうに箱の中を開ける。
中から現れたシルバーのネックレスに感嘆の声を上げた。
喜んでもらえて、俺はひとまず安堵する。
すると、しばらくの間、それを見つめていた市子が俺にその箱を差し出し頼んでくる。
「ねぇ、つけてよ」
「は?」
俺は驚いて、体を引いた。
まさか、そんな頼みごとをされるとは思わなかったからだ。
「いいでしょ?今つけたいの。だから……」
そう言って、市子は俺に箱をぐいぐい押し付けてくる。
最初こそためらったが、仕方がないと箱からネックレスを取り出し、フックをはずそうとした。
女性用ネックレスのフックは思いのほか小さく、はずすだけで一苦労した。
なんとかはずし終えると、市子が自分の長い髪を前に集め、俺に背中を向けた。
白くてほっそりとしたうなじに俺はどきどきした。
しかし、こんなところで緊張している場合じゃない。
俺は不慣れな手つきで市子にネックレスをつけてやった。
つけ終えると市子は嬉しそうに、ネックレスを何度も手でなぞり、俺に尋ねる。
「ねぇ、似合ってる?」
「おう、完璧だ!」
なんだか、俺はつい変なテンションになって、市子に向かい親指を立てて勢いよく答えた。
そんな俺の姿を見て、市子がくすくすと笑う。
年甲斐もなく、恥ずかしい。
「私も買ったんだ」
そう言って市子もカバンの中からプレゼントを取り出し、それを渡した。
開けてみてと頼まれたので、俺はその場で箱を開く。
中には高そうなジッポライターが入ってあった。
そして、そこには俺の名前が刻んである。
「敏郎、タバコ吸うでしょ?だから、いいかなって思って。ほら、好きな人には自分のプレゼントしたもの持っていてほしいものでしょ?」
その言葉に俺はなんだか嬉しくなった。
プレゼントをもらったこともそうだが、一番は市子の口から好きな人と言われたことが嬉しかったのだ。
市子は立ち上がり、目の前の窓を開けて、常備してあった下駄を履き、寒空の下に降りた。
彼女の吐く息は白く、白い肌はいつも以上に透き通って見えた。
「ねぇ、敏郎。私ね、もう一つ欲しいものがあるの」
彼女は振り向いて俺に話しかける。
俺はそんな彼女を見つめながら首を傾げた。
「なんだ?」
「『愛してる』って言って」
その言葉に俺の心臓が高鳴った。
何とも慣れていない言葉だ。
「はぁ?」
「私、敏郎から一度も愛してるって言ってもらったことない。せっかく両想いになったんだもの。言ってよ」
俺の顔はみるみる赤くなって、口ががくがくと動いた。
外の空気はこんなに冷たいのに、俺の体は妙に熱かった。
「ば、ばか。そんなの言えるかよ!」
「なんで?クリスマスじゃない」
「クリスマス、関係ない。そんなの簡単に口にできるか!!」
俺は強がってそう答えた。
とても恥ずかしくてそんなこと面と向かって言えるはずはない。
俺は昭和生まれの男だぞ。
その辺の平成、令和生まれの若造と一緒にしてほしくなかった。
すると市子は残念と俺に背中を向ける。
「実はね、私、大学を受験できることになったの。これからは女も社会に貢献する時代だってじいちゃんが言ってくれて。とは言っても、それも全て組織の為なんだけど、それでも嬉しかった。本当にありがとうね、敏郎」
彼女はそう言って俺に微笑みかける。
俺も嬉しくなって笑った。
俺にとっての最高のプレゼントはやっぱり市子の笑顔だと思う。
だって俺はこの笑顔を見たくて、ここまで追いかけてきたのだから。
明日も、そしてその先もずっと市子のこの笑顔が絶えぬよう、俺は生きていこうと思った。