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第105話 本気のコンサルタント業を始める

午後6時の開店時間になっても客は一人も来なかった。

俺の隣では例の外国人従業員がものすごい勢いでスマホを打っている。

彼女が情報を拡散してくれるのは嬉しいが、すぐに来客数が増えるような現象は起きないだろう。

店に散々飾られていた統一感のない装飾品も一掃され、以前よりすっきりして見える。

ボトルの整理は全くできていないが、無造作に並べられていたカウンターのお酒の瓶は少しずつ片付けられ、本来の広々とした姿に戻った。

掃除にもすっかり飽きてしまったママさんは、客のボトルを勝手に拝借し、客がいないうちから飲み明かしている。


「ママさん、お客のボトル勝手に飲んじゃだめですよ」


俺は一人で瓶に積もった埃を拭き取りながら、ママさんに話しかけた。

なんで従業員でもない俺が、こんなに働かされているのかわからない。

ママさんは既に酔い気味で、緩んだ表情のまま軽快に答えた。


「いいのよぉ。このお客さん、もう何年も来ていないし、こんなお酒、もう出せないもの。店のことなんてすっかり忘れているのよ」


そう言って、ママさんは再びお酒を口にする。


「今はこんなんだけどねぇ、昔は繁盛していたんだから。開店から閉店まで席が空くことなんてなかったわぁ。本当に、バブル絶頂期は最高だったわね」


繁盛していたのはバブル期かよと心の中で突っ込む。

今から約35年以上前だぞ。

というか、その内容を踏まえて考えると、このママさんはいったい何歳なのだろうか。


「その頃あたしは二十歳でね。新人の頃から客にちやほやされて、何不自由のない生活をしてた。なのに、たった一年よ。たった一年でその最高な時期は終わって、バルブが崩壊した。繁盛していたスナックにも客が減って、当時のママも酒に溺れたわぁ。働けなくなったママに変わって、あたしが経営者になったけど、売り上げは散々でね。ヤクザの手を借りるしかなかったのよ。ほらあたし、スナック育ちの女だから、他に金の稼ぎ方、知らなかったでしょ?だから、こうしてやってきたけど、もう限界なのよね。いい男でも現れて、あたしをこの地獄から連れ去ってくれないかしら」


最後は乙女が夢見る白馬の王子様的な妄想まで始まったが、この人がこの店で働き始めて繁盛したのはたった一年であったことが判明し、呆れるほかなかった。

よくそんな状態でやってこれたなと思う。

むしろ、ここまで生き残ってきた方が奇跡なんじゃないだろうか。


「ああ、こんなことになるならヤクザなんかに金借りないで、あの時、店をたたんでおけば良かった。さっさと婚活でもして年収800万以上の男と結婚しておけば良かったのよ」


確かに俺も、ヤクザに助けを借りたのが最大の過ちだったとは思うが、だからといって急に婚活を始めて、年収800万ほどのハイクラスの男を簡単に捕まえられたとは思えない。

もしそこまでの技能があるなら、もうとっくにセレブ妻でもやっていただろう。

俺は拭き終えた瓶をカウンターに戻して、棚の中にしまうように言った。

そして、店を出ようとするとママさんが寂しそうな声で俺を呼び止める。


「もう帰っちまうのかい?客もいないんだ。もう少し付き合っていきなよ」


ママさんも随分酔っているのか、ほんのり顔が赤い。

この程度で酔ってしまってスナックなど務まるのかとも思ったが、まあ、色々な経営者がいるのだろう。

俺は軽く会釈をして扉を開ける。


「また来ますよ。俺には次がありますからね」


そう言って店を出て、携帯を取り出すと、次の目的地を確認した。

階段を下りる手前で店の扉が開き、そこから従業員の女の子が出てきて俺を呼び止めた。


「ヒジカタ!ワタシのアカウントフォロー、忘れるなヨ!UPしたら、いいなしろヨ!」


俺は苦笑を浮かべて、わかったと頷いて見せた。

どこまでも抜け目ない女性だと思う。

そして、俺は次の店に向かうことにした。

これ以上店でゆっくりしていたら、今日中に後二軒は回れそうにないからな。

この世界に入ってつくづく感じていたことだが、零細企業といえども、営業をしていて良かったなと思う。



次の店もなかなか個性的な店だった。

さっきのスナックとは違い、店の規模もだいぶ広い。

しかし、その管理は全く行き届いていなかった。


「3番テーブルにお菓子の詰め合わせ持って行って!2番テーブル、まだ片付け終わってない。ほら、5番テーブル素席になってんじゃねぇか!」


店の裏口から入った俺に最初に飛び込んできたのは、店長の怒声だった。

店はそこそこ繁盛しているようだが、バックヤードはまさにカオスだった。


「お菓子がねぇ?そんなもん、スーパーで買ってこいや!でも、値引きシール貼ってるやつな。客なんて中身気にしてねぇんだから、とにかく安くて数の多いものにしろよ」


目の前でお菓子の詰め合わせセットのお菓子がなくなったようで、店長は裏方社員に買い出しの指示をしていた。

やっぱり、質の悪い店はこんなもんだと思う。

そして、店長は俺を見つけるとすぐに愛想笑いに変わり、ひょこひょこと近づいてきた。


「これはこれは、土方さん。吉村さんにはお話し伺っていますよ。今度うちの担当になられるとか。しかも、土方さんは次の組長候補の一人だって聞くじゃないですか。そんな人に担当してもらえるなんて、ありがたいもんですよ」


吉村はそんな話までしているのかと呆れてしまったが、嘘をつくわけにもいかない。

俺は挨拶をそこそこにバックヤードの状況を目にしながら、店長に質問した。


「一見、店は繁盛しているように見えるのですが、売り上げの状況があまりよろしくないと聞いています。店長は何が要因だと思われていらっしゃいますか?」


すると店長は慣れた様子で答えた。


「うちはホストクラブとはちょっと違って、正式にはメンズキャバクラってやつなんですよ。おかげでホストクラブより全体的にリーズナブルですし、客の敷居が低いのはいいのですが、指名料ぐらいしか稼げるところがありません。しかし、あれですよ。そもそもキャストの質が庶民向けなんでね、ホストクラブなんて大層な看板上げられなかったのが現実です。いくら忙しくても、儲けなんて全然ですよ」


俺はこの時初めて、メンズキャバクラというものを知ったが、確かにキャストの質はいいとは言えない。

親近感を覚える外見ではあるが、着ているスーツも靴も俺と変わらないほどの安物だ。

中にはスーツすら着ておらず、パーカーやジーンズのキャストまでいた。

どの客もキャストと楽しそうには話しているが、酒は全然進んでいない。

中にはカクテルでもビールでもなく、缶酎ハイが並ぶテーブルまであった。

さっきの話を聞いている限り、出すメニューにはあまりこだわってはいないようだ。

とにかく粗利率を上げたい。

そんな思惑だけはわかる。

そして何より、繁盛しない店の共通点といえばこれだ。

バックヤードが汚い。

まるで男しかいない部活の部室の中か、男子校の更衣室と言ったところだろうか。

廊下には埋め尽くされるような段ボールが並び、中にはイベント用のおもちゃや衣装が入っていた。

キッチンまでもが騒然としていて、衛生面は皆無に見える。

辛うじてホールだけは清潔感を保てているが、居心地のいい空間とは思えない。

客もそういう手軽に行ける場所として理解してきているのだろうが、滞在時間を増やすのもままならないだろうと思った。


「うちのいいところはね、キャストが近いってことなんですよ。身近というか、距離が近いっていうか。ホストクラブだとなんとなく近寄りがたいし、入りにくいでしょう?だから案外、うちは新規さんも多いですよ」


店長は必死に弁解しているようだったが、おそらく興味本位で一度訪れて、もう二度とこない客も多いのだろうなと思った。

記念や思い出のために訪れるホストクラブもどきってところだろうか。


「では、店長。まずはシフト表から見せてもらってもいいですか?」

「へ?」


俺の言葉が意外だったのか、店長から気の抜けた返事が聞こえた。


「キャスト及び裏方のシフト表です。あと、店のメニュー表も見せてください。料金プランなんかも明確にわかるものがあればそれも」


店長は真っ青な顔をしつつも、慌てて散らかった事務所に入り、資料の準備を始めた。

こんな威厳のない俺だけど、今は腐ってもヤクザなのだということを実感せざるおえなかった。

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