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第104話 初めての担当を任される

後日、島田さんの聞いた話では、この伝統ある極道の世界では世襲に重きを置いているのだということらしかった。

伊東さんがどんなに優秀な人間だったとしても、カタギ育ちの成り上がり者を簡単に組長の座に据えるほどこの世界は甘くない。

それは俺も同じだ。

だからこそ、伊東さんは俺を受け入れたのだろう。

同じ土俵の上で戦おうとしている俺を。



「ひとまず土方君はこの店担当ね。今後、少しずつ担当箇所増えていくから、頑張って」


吉村は俺を錦糸町にあるタイル張りのビルの一角に連れてきてそう言った。

今日から俺の職場はこの錦糸町になるらしい。


「店って言ってもここだけじゃないからね。錦糸町にはここ以外にあと6つあるから。ああ、心配しないで。どこも小さな店だから。管理は難しくないよ」


そういうことじゃないと俺は心の中で吉村に突っ込んだ。

いきなり飲食店の管理と言われても困る。

俺はただの下町零細企業の営業マンであって、飲食店の経営など全くの素人なのだ。

食品を扱っていた企業との取引は何度かあったが、直接料理を、ましてや酒まで出す店と関わったこともない。


「わからないことあったらひとまず店長に聞いて。話は先につけてあるから」


吉村はそう言って笑顔で俺の肩を叩いた。

もう完全に他人に丸投げするつもりだ、この男。

俺は店の前で大きく肩を落とした。

そして、去り際に吉村はさらに告げた。


「その店が終わったら、次の店に移動してくれよ。今日のノルマは三軒だから。場所は携帯に送っとく」


彼はそれだけ言って、立ち去っていった。


「今日はここだけじゃねぇのかよ……」


俺はげんなりしながらも仕方なく店の扉を開ける。

扉が動くと同時にカランという鈴の音が響いて、薄暗く、どこか煙たい香りがする小部屋の中に入った。

カウンターで煙草をふかしていた女が俺の顔を見て、一度いぶかしげな顔をして見せたが、すぐに吉村の話した相手だとわかり、表情を変えた。


「なんだい。客かと思ってびっくりしたじゃないか。うちの営業は6時から。今はまだ準備時間だよ」


その割には客を迎え入れるような表情じゃなかった気がするが、ひとまずそれを置いておいて、俺は店の中を見渡すことにした。

やけにごちゃごちゃとした落ち着きのない店だ。

こんなので本当に客は来るのだろうかと思う。

すると女はそんな俺の行動を不快に思ったのか俺を睨みつけ、手に持っていた酒をカウンターに叩きつけた。


「じろじろ見るんじゃないよ。今から酒出してやるから、あんたはおとなしく座ってな」


俺は一瞬驚いたものの、小さく息をついてカウンターの椅子に座った。

もうこの時点でこの店の問題点をいくつか見つけてしまったような気がする。


「俺は仕事できたんですよ、お母さん。酒なんて飲めませんよ。それより、店の準備始めた方がいいんじゃないですか?お酒の瓶には埃が積もっているし、カウンターももう少し片づけた方がいい。客からのお土産か何かは知らないですが、店内の装飾品が多すぎて、ただでさえ手狭な店がより狭く見えますよ」


その言葉を聞いて女はさらに腹を立てたのか、鬼の形相で俺を睨みつけ怒鳴った。


「私はあんたの母ちゃんじゃないよ!あんたみたいな中年の息子なんて持った覚えはない!!」


いや、怒鳴るところそこじゃないでしょうと心で突っ込みながら、確かに彼女は俺の母親よりは若く見える。

俺より一回り上といったところだろうか。


「わかりました。ママさんって呼びますね。今、お客さんは週で何人来ていますか?売り上げがあまりよくないと聞いています。呼び込み活動など今されていることはありますか?」


俺はひとまず気になることを聞いてみた。

するとママさんは少し困った顔をして、自身もカウンター内の椅子に座った。


「はん。昔はね、もっと繁盛してたんだよ。土日は店に入りきれないぐらいの客がいて、売り上げだって良かった。けどねぇ、最近になって景気も悪いせいかどんどん客足が遠のいて、常連客も年寄りばっかになるし、気づけば公民館の集会所のようになっちまっているよ」


なんとなくその想像はつくのだが、ママさんは全く数字が頭に入っていないようだった。

錦糸町のこの規模の店なら、最低でも一日当たり10人以上は欲しい。

常連が多いとは聞くが、それが定年退職者ばかりであれば、売り上げは見込めない。


「呼び込み活動?そんなの知らないよ。とにかく今は人件費が高いのなんの。呼び込む人員なんて一人だって雇えやしないよ。今だって、店の子たちを7時出勤にさせてんだよ。客が来るのは7時過ぎだから。その間まではあたし一人がやるんだよ。インスタ?ツイッター?あたしはそういうのが苦手でね。興味もないよ」


これは困ったと、言葉が出なくなってしまった。

しかし、今の世の中、こういう昔気質のスナックが多く残っていて、経営難に陥っているのかもしれない。

現代風のネットワークを使った営業のスタイルだってきっと追いついていないのだろう。

そして、何よりも悪手なのは、その店の子を客がいる間だけ働かせていることだ。

確かに今の人件費は高い。

予算を見込もうと思えば最初に削りたくなる部分だと思うが、今はその人の力が最も必要だと思った。


「ああ、もうあたしも年だしね。店、たたんじゃおうかと思ってんだよ。このまま続けても借金増えるばっかだし、限界感じてんだ」

「その考えは早計かもしれないですよ」


俺の言葉にカウンターで項垂れていたママさんが顔を上げた。


「店をたたんだら、ママさんにはもう一銭もお金は入って来ません。ここは借店舗なのでしょ?これまでの負債の借金もある。これだけ物のある店です。片づけるだけでも相当な金がかかりますよ」


その言葉を聞いてママさんはあっけにとられ、泣きそうな顔で叫んできた。


「じゃあ、あたしにどうしろっていうんだい。首吊って死ねっていうのかい。あたしにはね、生命保険なんて掛けられちゃいないんだよ。死んだって一銭も絞れやしないよ!!」


そこまで追い詰めたつもりはないのだが、話が大ごとになってきた。

俺はひとまずママさんを落ち着かせて、優しく、そしてママさんにもわかるように説明した。


「まずは店内をすっきりさせましょう。時給はかかってもひとまず店の子を呼んでください。まずは店中にある装飾品を減らして、一人でも多くのお客さんが店の中に入れるようにしましょうよ。そのためには人手がいります」

「そんなことやったって、客は増えやしないんだから、変わんないよ」


ママさんはふてくされたように顔をそむけた。

俺は困った表情になりつつも懸命に説得する。


「その店の子は若いですか?もし、SNSなどの知識があるのなら、宣伝はその子に頼んだっていい。とにかく人目に触れさせるのが大切です。それとボトルですが、ネームのついたものをまとめ、わかりやすく並べましょう。その方が繁盛している店に見えます。酒の種類より、人気の銘柄が揃っているかが大事です。人気定番の酒は見える場所に、それ以外はカウンターの裏で管理して、グラスや器はもっと取り出しやすい場所に。作業する場所ももう少し確保しましょう」


俺は思いつく限りママさんにアドバイスした。

最初こそ、不満そうに聞いていたが、渋々とカウンター内の整頓を始めた。

俺はママさんの許可を得て、店内の装飾品を片づけることにした。

すると30分後、誰かが店の中に入ってきた。

それはやけに露出の高い服を着た東南アジア系の外国人の女性だった。


「ママ来たヨ!前から言ってるけどネ、急な呼び出し、良くない!前日アポ必須って言ってるでショ!」


この片言の言葉を聞いて、何かデジャヴによく似た感情が沸き上がった。

嫌な予感しかしない。

そして、彼女は部屋を片付けている俺を見て、不愉快そうに顔を歪めた。


「この男何?ママ、また道端で男拾ったネ?趣味悪いヨ!」


俺は拾われてないし、初対面から趣味悪いなんて言われる筋合いはない。

そもそも、ここのママさんに道端で男を収集する趣味があるのか?

俺は改めて彼女の前に立って挨拶をした。


「俺はDPGコンサルティング会社から来ました土方です。今日はお店の減収の報告を聞いて、実地調査に参りました」


一応怪しまれないようにビジネスマンらしく挨拶はしておく。

このDPGコンサルティングとは表向きの名前で、活動しやすいようにつけているものだ。

それっぽく聞こえるのが、なんとも恐ろしい。


「ああ、ヤクザネ。うちには金ないヨ!わかったらとっとと出ていくネ!」


ヤクザとわかった時点でも怖気づかない彼女はすごい。

というか、この会社名意味あるのだろうか。

むちゃくちゃバレているじゃないか。


「……あの、一つお伺いしたいのですが、SNSとかお得意ですか?」


俺はひとまず目の前の女性に聞いてみる。

どう見ても海外からの出稼ぎの女性に見えるのだが、やはりママさん同様、SNSには疎い方だろうか。

正直に言えば、俺もあまり得意な方ではない。

すると彼女はカバンから瞬時に携帯を取り出して、ものすごい勢いで指を動かした。

そして、そのスマホの画面を見せて、自慢げに答えた。


「お得意どころじゃないネ!ワタシのフォロワー数1万人越えネ!」


なんていう数だ。

もうちょっとしたインフルエンサーと呼んでもいいレベル。

どうしてそんな彼女がこんな場所で働いているのか意味が分からない。

しかし、ならばこれは好都合だと思った。

彼女にこの店の広報を務めてもらうしかない。

しかし、一体、彼女はどんなことをしてフォロワー数をそんなに稼いだのだろうと画面を覗いてみると、そこには見たこともないような美女が映っていた。


「これ、お友達?」


俺がさりげなく聞いてみると、彼女は不愉快そうな顔を見せて答えた。


「あんたバカなのカ?これ、ワタシね!見たらわかるネ!」


そう言われてもう一度彼女の顔を真剣に見てみるが、やはり同じ人物には見えない。

化粧こそ妙に濃いが、よく言って山姥ギャルといったところだろう。

これはきっとこの撮影技術と特殊メイクが評価されて登録数が増えたのだなと理解した。

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