壊してはいけない祠
皆さんは知っているだろうか。
日本各地には壊してはいけない祠があることを。
私が住んでいる◯×市に流れている有名な噂がある。
山奥の巨木に埋まるようにスロット台ほどの大きさの祠がある。
その祠について、土地の開発の為に壊そうとした作業員や、その周囲で事故が相次ぎ、祠の破壊を断念したという話だ。
そんな話、嘘に決まっている。
たまたま不運が重なっただけだろう。
私は別に現場作業員でも不動産屋でもないし、競馬やパチンコで自転車操業をしている人間なので、時間だけは有り余っている。
なので、私が祠を壊してみようと思う。
『壊してはいけない祠を壊してみた』という動画をアップすれば、バズりまくって視聴回数稼ぎまくりだろうし、投げ銭による収益もウハウハだろう。
祠を破壊する為のチェーンソーと配信用機材を車に乗せて、その祠があると言われている山へ向かった。
今日は快晴で、美しい富士山を横目にハイキング気分で走った。
その山までは特に苦戦せずに辿り着いたのだが、肝心の祠の場所を知らなかった。
舗装のされていない山道をガタガタ走っていると、寂れた印象の集落に辿り着いた。
そこで私は、集落に住む人に祠の場所を聞こうと考えた。
集落を訪れるよそ者を阻むように、辺りに霧が立ち込めている。
これだから山は怖い。
山の天気は女心の様で、快晴だった空はいつの間にか霧で覆われている。
私は車を集落に差し掛かる手前で停めて、徒歩で散策をすることにした。
チェーンソーを背負って、持ってきた機材で生配信を開始する。
画面には、私の顔と霧しか映っていない状態だ。
視界の悪い中、小石で多少舗装された道を進む。
霧の中を手探りで進んでいると、よく街中で見かける重機を発見した。
恐らくだが、過去に祠を壊そうと試みた業者の重機だろう。
重機の中は当時そのままのようで、タバコの吸い殻や新聞などが乱雑に置かれていた。
適当に手に取った新聞には、昭和◯◯年と書かれていた。
少なくとも、今から四十年以上前の新聞だ。
随分と昔にも祠を壊そうとしていた業者がいたようだ。
何故、重機を集落に置いたまま放置されているのかは若干気になるところだ。
重機から降りて再び霧の中を進む。
いくつかの平屋を見て回ったが、誰一人として人間を見つけられなかった。
そもそも現存している平屋が少なく、殆どは昔の業者によって解体されているか、老朽化から崩壊していた。
複数の家から神棚や神具のような鏡や剣や、富士山が多く描かれた巻物や絵画?が見つかった。
帰りに持って帰って古物商に売り付けよう。
どれだけ歩いたのだろう。
孤独と、霧で視界が不明瞭である不安から押し潰されそうになる。
配信画面をチラリと見ると、コメントが来ていた。
「帰レ帰レ帰レ帰レ帰レ帰レ」
そのコメントを見て背筋がヒヤッとした。
悪戯にしても悪質だ。
同じコメントを連投しているようで、「帰レ」の文字列が流れ続けている。
「帰レ帰レ帰レ帰レ帰レ帰レ」
私はそのコメントを見て恐怖心に押し潰される訳ではなく、逆に心に火を付けた。
絶対に祠を壊してやる。
私は小さい頃から頑固な人間だった。
私がいい歳にもなって無職なのは、夢を追っているからだ。
一度決めた事は達成するまで諦めない。
その信念が私にとっては何より大事なのだ。
「帰レ帰レ帰レ帰レ帰レ帰レ」
自身の信念を振り返って士気を高めたものの、配信画面を見るとげんなりするので見るのをやめた。
雑草が伸び切って分かりにくいが、石畳で造られた階段を見つけた。
階段の先は霧で見えない。
雑草を掻き分けながら一段ずつ慎重に登っていく。
一段、また一段。
私の雑草を踏み締める音とは別に、周囲からガサガサと聞こえるような気がする。
動物だろうか。
見渡してみても、この霧の中では原因が特定出来る筈はなかった。
一段一段登っていく。
やはり周囲からガサガサ聞こえる。
不自然なのは、私が足を止めると周囲の音も止むところだ。
耳を澄ますと、誰もいない映画館のように音が染み込んでいく感覚。
そのまま山に吸い込まれていきそうなので、気のせいだと思い込んで先を進む。
不意に背後から声を掛けられる。
突然の声掛けで心臓が止まるかと思った。
背後にいたのは男性だった。
服装は私と似ている、というか私と全く同じだった。
よく見たらチェーンソーや配信機材も持っている。
不意なことで気が動転して、何を言われたのか分からなかった。
「えっと……すみません、何て言いました?」
「遭難してしまったので山を降りたいのです。貴方に道をお聞きしたいのですが」
話を聞く限りは遭難者らしいが、明らかに変な箇所がいくつもある。
私と同じ服装は百歩譲っても、チェーンソーと配信機材まで被るのは変。
霧に包まれた集落内の、雑草に阻まれた石畳の階段の途中で遭遇するのは変。
集落に誰もいないことは確認している。
そもそも私は周囲を警戒していた筈なのに、声を掛けられる瞬間まで気配がなかったのも変だ。
この男性が人間ではないのを直感で察知し、これ以上関わるのは危険と判断する。
仮に、この男性が祠から離そうとする力であるならば逆に、祠が近いということだ。
「こ、この階段を降りれば下山出来ますよ。では私は用事があるのでこれで」
男性は何も返答しなかった。
虚ろに私を見つめるだけであった。
石畳の階段は思いの外すぐに終わった。
登り切った先には屈まずに通れる高さの小さな鳥居があった。
この鳥居も老朽化が相当に進んでいる様で、右肩上がりに傾いていた。
鳥居を潜ると不思議なほどに霧が晴れた。
雲一つない快晴で、太陽は真上にあった。
時計を見ると、気付かぬ間に正午を回っていたようだ。
階段下を見ると、先程の男性の姿はなかった。
やはり、私を阻害する何かだったのだろう。
鳥居を潜ったら神社があるものだと思っていたが、巨木が一本聳え立っているだけであった。
カメラで巨木を上から下へと流れるように撮影する。
下まで撮ったところで木の幹に呑まれている人工物があることに気が付いた。
祠だ。
これが壊してはいけない祠だろう。
噂に聞いていた通りに巨木に埋まっていた。
カメラを三脚にセットし、チェーンソーを動かす。
そして、なんの展開もなく、あっさりと祠の破壊を終えた。
ついでに巨木もズタズタに傷付けておいた。
公衆トイレ代わりにしょんべんもかけておいた。
壊した直後に何が起こるのかを身構えたが、特に何も起こらなかった。
こうして、『壊してはいけない祠を壊してみた』生配信を終えたのだった。
集落に戻ると、一寸先も見えない霧は完全に消えており、石畳の階段で会った男性の姿も何処にもなかった。
恐らく、祠の破壊を拒む守護だったのだろう。
私は集落で見つけた神具や富士山の絵画を持ち出し、近くの古物商の元へ向かうことにした。
「こ、この神具達はなんじゃ!?まさか、あんたあの集落へ行ったのか?」
古物商の第一声だ。
私は、あの集落を知らないであろう、もう少し山から離れた古物商の元へ行けば良かったと思った。
「集落……?って何?私の家にあった物を売りに来ただけですよ?」
「いや、神具はまだしも、この富士山の絵巻が一般家庭にあるとは考えにくい……相当古い絵巻じゃよ」
「御託はいいから早く買取りして下さいよ」
ちょっと脅してやろうと車からチェーンソーを持ってきて古物商にチラつかせた。
そして、魔王の首を討ち取った勇敢な勇者のような酔いしれた気分で言い放つ。
「早くしないと、古物商さんもあの祠みたいに切っちゃいますよ!」
「……ま、まさか……あんた、あの祠を壊したんか!……だとするともうダメじゃ!!」
数日後。
壊してはいけない祠を壊した記憶は真っ赤に塗り変えられた。
私自身に何かがあった訳じゃない。
壊していけない祠との因果関係はない筈だが、富士山の噴火が始まった。
私は何も関係ない。