自己嫌悪の先
どうもシファニーです! 気付けば2月は後半戦に突入しているらしい……。どうやら私に残された実家暮らしの時間はわずかなようです。待っていればご飯が出てくる生活を思う存分楽しむことにします。
第86部、第2章第40話『自己嫌悪の先』です。どうぞ!
「……」
リィナは、感情を爆発させるでもなく、腕を組んで俯いていた。
ただ、怒りを蓄積させていることが、肩の震えで分かった。本当は色々吐き出したいのに、冷静に物事を判断しようと努めているのだろう。
本当に成長したなと思う反面、抱えすぎないかと心配になる。
きっと、リィナは気付いているんだ。
俺も予想でしかない。けれど、ローラが濁した時点が確信に変わった。
ニケロイアの攻撃からリィナを庇ったリーヴァ。その時すでに、ローラから死を告げられていたのだろう。けれど、リィナに心配をかけたくなかったし、良くなる希望が完全に無いわけじゃない。だから黙っていて欲しいとお願いした。
ローラ以外に、誰が知っていたのだろうか。ライラ辺りは知っていてもおかしくない。リアサは、もしかすると魔眼病の力で見抜いていたかもしれない。反応から見るにレイカは知らなかったんじゃないだろうか。
そしてもちろん、俺やリィナは知らされていない。
リィナが俺と同じ感情を抱いているのなら、きっとリィナは責任感に心を締め付けられていることだろう。
けれど、そうじゃないのを俺は知っている。
ついに、堰を切ったようにリィナの怒号が響いた。
「どうして私たちに何も言わないのよ! そんな状態で送り出して、何も知らせないで挙句倒れた!? ふざけないでよ!」
「リ、リィナ殿下、今はリーヴァ殿下がお休みに――」
「寝てるから何よ! むしろ叩き起こしてやるわ! 問いただして、いらない気遣いなんてしないでって怒鳴りつけてやるわよ! 私は、何も知らされないままお母様がいなくなることの方が、よっぽど嫌だってね!」
気付けば、リィナの目元で光が輝いていた。
一通り叫び終えたリィナはそれを拭い、リーヴァの顔を見下ろす。今のリィナの叫びを聞いても起きる気配はなかった。
「何で、なんでよ……。私ってそんなに信頼できないかしら? お母様の体を心配しすぎて何も出来なくなるほど、ひ弱だと思われてるの? そんなわけないじゃない。私はそんな、お母様に影響されるような娘じゃない!」
「……リィナ殿下、それくらいにしておいて欲しいです~。私も治す方法を探していますが、現状どうすることも出来ないんです~。せめて、リーヴァ殿下を責めないで上げて欲しいのです~。……リィナ殿下はリーヴァ殿下に取って最愛の家族、そんな家族に嫌われてしまうのは、可哀そうです~」
「っ! ローラ、あんた……っ! 私は、そんな……」
静かに言ったローラに、リィナは怒りを露にした。何度も叫び声を上げようとして、けれど、何度も声を詰まらせた。リィナの中の何かが、それを言ってはいけないと食い止めているようにも見える。
「……いいわ、分かった。あとのことは任せるわね」
「はい~、お任せくださいです~」
「それじゃ」
「お、おいリィナ、待――」
「ひとりにして!」
リィナが言葉を遮るのは、何度目だろうか。
本音をひとつも語ることなく、愛可は俺の手を振り払って部屋を出て行った。
そうして生まれた静寂は、気まずさとなって俺を包む。
無力感ばかりにさいなまれ、心にぽっかりと穴が開いたような感覚に陥る。
リーヴァを守ってあげられず、助ける方法も分からない。リィナの心のよりどころにすらなれないのなら、俺は一体、何が出来るのだろうか。
俺に出来るのは、戦うことだけ。やはり俺が誰かを守るだなんて、高望みが過ぎたのだろうか。
自責の念が募りかけて、隣から声が聞こえて来た。
「リィナ殿下、お変わりない様子でした。随分大人びて、私よりも、背も高くなりそうだと思っていましたが、何時まで経っても素直じゃないんですね」
「レイカ……あれでも、幾分かましになったはずだ。俺のことも、少しは信頼してくれていたと思う」
「そうでなくてもは困りますよ。そのための年月を過ごしたはずなんですから。でも、もう少し暗い誰かを頼ることを覚えてくれたら、私たちも安心出来るんですけどね」
「……だな」
リィナはまだ、どこかで線引きをしている。俺のことをどこか信頼してくれていながらも、どこか信頼していないんだ。心のよりどころとしては、見てくれていない。
そりゃそうだろう。こんなにも不器用で、教官力なんて言葉と無縁なのだから。どれだけ頑張っても、やはり無理だったということなのだろう。俺にそんな、優しさも気遣いのできる心もありはしないのだから。
「……リネル殿下、ここはローラ様にお任せして夕食にしませんか? 私、お腹が空いてきちゃいました」
「もう、そんな時間か。そうだな。ローラさん、いいですか?」
「もちろん大丈夫ですよ~。リーヴァ殿下がお目覚めになったら、お声がけしますね~」
「よろしくお願いします。……背が高くなった姿くらい、お見せしたいですから。あなたの見染めてくれた男は、ここまで育ちましたって
「ですね~。大切にしていたお子さんの成長程、母親にとって嬉しいことは無いはずです~」
優しい声音の声に、少し心が軽くなる。こんな俺を見て嬉しくなってくれるかもしれないと言うのなら、それだけでも報われた気分になる。
「それではリネル殿下、参りましょうか。以前までのお部屋、お掃除してありますよ」
「本当か? よかったのに」
「いえ。帰る場所がある、と言うのは安心感を与えてくれるものですから。私も、リネル殿下が帰ってきてくださるかもと、期待できますから」
「なんだ、帰ってきて欲しかったのか?」
「へっ!? あ、ああいえその、今のは言葉の綾と言いますか! ……私にとって、リネル殿下が大切なお方、と言うのは、そうなんです。でもそれ以上に、リネル殿下のような優秀なお方がシンラ・カクには必要ですから。この場所を、みんなを引っ張って行って欲しいんです」
リーヴァの部屋を出ながら、レイカはそんなことを口にする。
「いや、俺はそんな大層な人間じゃないぞ?」
「そんなことを言うのは、変わりませんね。リネル殿下は人を惹きつける力を持っていますよ。間違いありません、私が保証します」
「そんなまさか……でも、ありがとうな。自信になるよ」
「はい。常に自信をもってお過ごしください。きっと、リィナ殿下も胸を振っているリネル殿下の方が好みかと」
「好み、ねえ」
いまだに怪しいと思っている。
何がと言えば、リィナが俺のことを好きかどうかって話。
結局俺とリィナは伝統に則って結婚を決めたことになる。そこに恋愛的な感情が存在していなくたって不思議はない。
実際、俺だってリィナのことを好きとは言い切れない。気に入っている部分もある。一緒にいて楽しいのはそうだろう。
だが、これまで一度も誰かを本気で愛したことなんて無い人間だ。
そんな人間が、リィナのような高嶺の花に見向きされるものだろうか。きっと、リィナが俺に寄せる信頼は俺の強さに既存するものだ。一人前になりたい、強くなりたいってリィナの想いを叶えるためのものに過ぎない。
それが、リィナが俺のことを信頼しきれない理由なのではないだろうか。
自己嫌悪に嫌気がさして俯いていると、下から覗き込む様にレイカが見上げて来た。
「うおっ、ど、どうした?」
「また暗い顔してます。リネル殿下の自分を責めすぎる癖も治っていないみたいですね」
「癖って言うか……ああいや、癖なのか?」
「リネル殿下ほど素晴らしい方が自責ばかり続けると、他の平凡なエルフたちが可哀想ですよ?」
「いやいや、そんなことは無いだろ」
「いえ、これは大袈裟でもなんでもないです。……リネル殿下とリィナ殿下、シンラ・カクのみんなにどんな風に言われているか、知らないですよね?」
「え? そりゃ、しばらく離れていたから」
どんな風に、言われていたのだろうか。そんな問いかけをする前に、レイカが悪戯っぽく微笑んだ。
数年前と変わらぬ、あどけなくて可愛らしい表情だ。
「ゆっくりお話しさせてもらいますよ。私たちの、英雄についてのお話しです」
いやぁ、ほんと現状ってだいぶ楽してるんだなって思いますよね。掃除も料理も洗濯も全部両親がやってくれています。私は自由気ままに小説書くかゲームするかです。それを咎めることもせず甘えさせてくれる両親には感謝ですが、少しずつそんな生活から離れて行かないと独り暮らしが心配で心配で仕方ありません。おかげで一人暮らしが独り暮らしになりました。
ですが私はくじけません! 明るいキャンパスライフのためどんな困難もこなす……! ような覚悟は生憎と持ち合わせていないのでした。めでたしめでたし?
それでは!