時を経て
どうもシファニーです! いやぁ、2月が始まってしまいました。そして2月は1年で最も短い月でもあります。……あれ、2月もうすぐ終わるのでは? そんなわけないですね。
第71部、第2章第25話『時を経て』です。どうぞ!
「そういえば、今年で俺たち何歳になるんだったか」
「えっと……18じゃないかしら」
「マジか。この生活もあと2年しかないんだな」
「言われてみればその通りね。案外早かったわ」
前髪をまとめて人差し指と親指で遊びながら、リィナは他人事のようにそんなことを言う。
ソファの上で足を組むリィナは、どんどんと愛らしさとはかけ離れて行き、代わりに可憐になっていた。いつの間にか子どもと言うのが失礼なくらいに大人びて、伸びた背丈以上に纏う雰囲気がリィナの成長を顕著に示していた。
かくいう俺もだいぶ身長が伸び、筋肉質になってきている。体格としては初めての人生の時が1番近いだろうか。鍛錬を始めたのも10歳ころと同時期だし、実力も似通っているかもしれない。
1つ違うところがあるとすれば、1度目の人生の時にはこの年で国からの支援を受けて当時最高級の防具やアイテムを貰っていたこと。自給自足で何とか食いつないでいる今とでは財力が違い過ぎた。
まあ、そんなことはどうだっていい。今はあの頃と違って明確な使命があるわけではない。ただここでこうしてリィナと生活していればいいだけなのだから、強すぎる装備も必要になったりはしない。
あれ、でも……。
当時の俺は何にそこまで夢中になって、どんな使命のために必死になっていたんだったか。あまりに長い時間が経ちすぎたせいか、よく覚えていなかった。
過去のことを思い返しながら少しモヤモヤしていた俺を現実に引き戻したのはリィナだった。
「ねえ、リネル」
いつの間にか目の前まで迫り、俺の名前を呼ぶ。
8年前よりも引き締まったボディラインや顔の輪郭。冷たく攻撃的だった目元は、あの頃と比べてさらに鋭くなった気もするが纏っているのは柔らかさと温かさ。
そんな瞳は、椅子に座る俺と視線を揃えて向けられていた。どうやらわざわざ前屈みになっているらしい。身長差があるので、それだけでもだいぶ目線が合う。
「ん? どうした?」
「いえ、なんだかぼーっとしているようだったから。何かあったのかと思って」
「別に何もないぞ。ただ、ちょっとであった頃を思い出しててな。それを思うと、リィナもだいぶ成長したな、と。心身ともにな」
「あの頃は、まあ……やんちゃだったし」
「ほら、そういうところも」
「え? どういうこと?」
リィナは体を起こして疑問符を浮かべる。
わざわざ気分を害すつもりもないので言わないが、昔だったら俺の言葉に対して馬鹿にしているの? だとかあんたよりはましだったわよ、とか言っていそうだ。
まあ今でも嫌味を言ってくることはあるが……だいぶ減った。優しくなったというよりは、大人しくなったというか、そうする意味がないことに気付いて来たと言ったところか。
流石の俺でも言葉遣いがきつすぎると思っていたので、これは良い成長と言えるだろう。
「まあ、分からないならそれはそれでいいんだ」
「ちょっと何よ、気になるじゃない」
「大したことでもないから」
「むぅ、リネルの隠し事は大抵ろくでもないってのは分かってるけど、なんだか気になるわね。失礼なこと考えてない?」
少し屈んで視線を合わせ、目を細めた不機嫌面でリィナは問い詰めてくる。
こう言ったあどけない仕草は昔のままなんだよなぁ、って思う。いや、前までならもっと感情を露にしていただろうから、まったく同じではない。ただ、無意識のうちにか可愛らしい仕草と取るのは昔と変わらない。
「考えてないぞ。昔も可愛かったなって思っただけだ」
「ふーん……まあ、私ならいつドン時だって可愛いから、当然ね」
そう言ってリィナは右手を腰にあてて胸を張る。相変わらずスレンダー体系ではあるが、むしろリィナのクールさに似合っている。
それに、いつだったかアーロが大きな胸は邪魔だとか言っていた気がする。生憎女性に転生した経験はないから分からないが、邪魔ならないほうがいいだろう。
「ああ、そうそうリネル」
「ん? どうかしたのか?」
再び思考を遮ったリィナは、ダイニングテーブルの上に筒状に丸められていた紙に手を取る。
リィナ手製のその紙は、ここ数年で記録した一帯の地図が書かれている。地図を描くのも冒険者に必要な能力だ、とどこかで言って以来、リィナが自主的に制作を続けている物だ。
シンラシンラ内部のみならず、魔の荒野の地形もかなり緻密に記録していて、リィナの観察眼と手の器用さに驚かされたほどだ。
そんな地図を広げて、リィナはシンラシンラから少し距離のある魔の荒野のある地点を指差した。
そこは、シンラシンラを出てすぐの場所からも見える、魔の荒野内の数少ない森林だった。
「ここ、まだ行ってないじゃない? 少し遠いけど、森林の中なら得意分野だし、そろそろ探索したいのよね。明日あたりどうかしら」
「あー、どうだろう。その森林は人間も使うことがあるん場所なんだよな。結構人間の国から近くって。それを越えて少しすると獣人たちの集落もあるし、他の種族と鉢合わせる可能性がある」
俺も魔の荒野全域を探索したわけではないが、見て回った中だと魔の荒野にある森林はあそこだけ。規模としてはシンラシンラの1割ほどになるが、そもそもシンラシンラが人間の国ひとつを覆うほどの大きさなのでそれでもかなり広い。
それゆえ多くの種族が立ち寄る場所になり、荒野の中での安全地帯と認識されている。
俺がそんな説明をすると、リィナは考え込む様に顎に手を添えて目を閉じる。
「なるほどねぇ。種族間の問題はあんまり作りたくないわ。でもそこが誰かの領土、ってことはないのよね?」
「この数年で変わってなければな。まあ、もし内部じゃなくて大きさを確認したいだけとかなら周囲を探索するのはありじゃないか? ここからその森、確かセーフサイドって名前なんだが、そこに向かって南下しすぎると獣人の領土、東に行きすぎると人間の国だから、そこさえ気を付ければ」
「あら、そんな地形になっていたの? てっきり、人間の国はもっと遠いものだと思っていたわ。もしかして、私が想像しているよりもずっと近いのかしら」
話しているうちにリィナの話題は人間の国に移ってしまった。
まあ、この機会に話をしていおくのもいいかと思い質問に答えることにする。
「まあな。セーフサイドまで真っ直ぐ行って、そこから真東に向かうとフェルムス王国って言う国がある」
「リネルは行ったことあるの?」
「まあな。あそこは獣人とかの亜人を結構受け入れている国だし」
人間はこの国で最も多くの領土を占める種族だ。エルフや獣人、偽天使さえ押しのけて多大な領土を収めているのは、繁殖能力が高く人口が多いから。短命な分、より多くの命が生まれる。
まあ、人間だった当時の俺からしてみれば、人間以外が長命すぎるという認識だったが。
「人間は数が多いし国もたくさんあるんだ。その国同士で争ったりいがみ合ったりする。思想も違うから、中には亜人一切お断りの国も、そもそも他の国の住民すら受け入れていない国もある。ああ、ちなみに亜人は人間が人間以外の人類をまとめて言う時の呼び方だな。エルフとかドワーフとか獣人とか」
「へえ、勉強になるわね。じゃあ、もし私が人間たちの国に行くとすれば、その、フェルムス? って国に行くことになるのかしら」
「まあ、1番近くて受け入れてもらえそうなのはそこになるな」
4度目の人生、冒険者として活動していた俺の活動地にしていた国でもある。リィナと一緒に訪れることになっても、いろいろと案内できるだろう。
「と言っても、まだしばらく人間の国に行くことは出来ないだろうけどな。今はひとまず、セーフサイドで我慢してくれ」
「元々そんなに焦るつもりもないわよ。ここ数年で、リネルと出会うまでの私は時を焦り過ぎていたと痛感したもの。私たちの人生は、自分で思っているよりもずっと長そう。機会はいくらでもあるわ」
「だな」
それから日が暮れ、寝る支度を始めるギリギリまで俺とリィナは明日の計画を練り続けるのだった。
この数話で8年が経過しましたね。まるで私の1月くらいあっという間に過ぎ去りました。
初めて書いた作品で、時の流れが連続しすぎて助長になり過ぎた気がしたのでこうしてみたわけですが、これはこれで物足りない気がしてしまうという。実際どうかはよく分からないですが、はしょりすぎたかなと思ったり思わなかったり。
塩梅って難しい。
それでは!