狩りの恐怖
どうもシファニーです! 共通テストのせいですかね。若干曜日感覚が狂っていて、まだ休みじゃないのか、なんて思ってます。
単に休みたいだけです、はい。
第61部、第2章第15話『狩りの恐怖』です。どうぞ!
砂埃に追いついたリィナは、岩陰に隠れて声を殺した。
「いたわ! あれね!」
「ああ、間違いない。アークバイソンだ」
荒野にも草木は生えている。どれもわずかしかないが、アークバイソンたちはそのわずかな草原を巡って生活している。どうやらここは食事場のひとつらしく、アークバイソンたちは足を休めながら食事をとっていた。
「さあ、狩りの時間よ! とりあえず1匹でいいかしら」
「昨日狩った1匹分の肉、まだ少し余ってるぞ」
「じゃあ1匹で十分ね! ほら、さっさと仕留めちゃって」
狩りを楽しみにしていたリィナだが、自分で狩ることに拘りは無いらしい。実際、ここからアークバイソンの群れまではそれなりの距離があって、魔法で攻撃するのは少し難しい。俺が持ってきた弓で狩るのが最適だ。
俺は、リィナに促されるままに弓を構え、狙いを定める。正直乗り気はしなかったが、まあ失敗から学ぶことも多いだろう。あえて失敗経験をさせると言うのも、いい教育かもしれない。
俺は群れの、最も手前にいたアークバイソンに向けて矢を放つ。
流石は神林弓と言ったところで、弓初心者の俺でも軌跡は直線を描き、狙い違わず目標を撃ち抜いた。脳天を貫かれたアークバイソンは即死。力なく崩れ、音を立てて地面に倒れた。それと同時に他のアークバイソンたちが走り出し、砂埃が巻き上がる。仲間が仕留められたことで逃げたのだろう。
それを見届けてからリィナは立ち上がり、仕留めた獲物に向かって歩き出す。
「やったわ! ほら、何の問題も無いじゃない! 私が出るまでも無かったわ!」
自分事のように誇らしげな様子でそう言って、リィナは軽やかな足取りで向かう。
俺もリィナに続くが、しっかりと周りを警戒する。昨日見た感じだと絶対に敵わないような相手はいなかったので、一応大丈夫だとは思うが……警戒して損はないからな。
しかし特に何も起こることないまま目的の場所にたどり着く。
「よし、持って帰るわよ! 今晩は私に料理の仕方を教えなさい! すぐにマスターしてあげるわ!」
「そういうことなら喜んで」
どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
そう思いながら獲物を見下ろし、運んで帰るために風魔法を準備したころで乾いた風が頬を撫でた。
思わず目を瞑った瞬間、リィナの頭上に影が落ちるのを見た。
「え?」
リィナも突然暗くなったことで異変に気付いたのだろう。見上げ、驚いたような表情のまま固まった。
神林弓を引き、リィナに迫る標的に矢先を向ける。
紫色の体を持ち、2枚の羽の先端から鋭い爪を伸ばす魔物。魔の荒野の空中で行われる覇権争いの、常に上位に位置する種族、ソニックワイバーンだった。
高高度からの滑空が音速近くまで加速し、一瞬にして獲物を攫う俊足の狩人だった。
だからきっと、リィナの数メートル上空でそいつを射抜いた時、それはリィナの命が奪われる一瞬前だったのだろうと思う。
「《エア・パニッシュ》ッ!」
風魔法で加速をかけた矢は、ソニックワイバーンの滑空する軌道上、その先に向けられた。そして俺からわずか5メートルほど離れた地点でソニックワイバーンの胴体を射抜く。その衝撃で軸がずれ、風を切って俺の頬近くを横切る。
すぐ後ろで爆発音のようなものが響き、纏まりきらない思考で見ると、ソニックワイバーンが頭から地面に激突し、血しぶきを浴びて伸びていた。
「心臓、止まるかと思ったわ……」
リィナが茫然と呟いた。
俺としても、同意見だった。今、下手をすればリィナは死んでいただろう。その鋭い爪が頭を捉え、顔を引き裂いてそのまま連れ帰り、今頃は巣に連れていかれて食い殺されていたかもしれない。
ソニックワイバーンは魔力量の多い生き物を好む。その栄養源の主なものが、肉ではなく魔力だからだ。魔の荒野にはそう言った魔物が少なくない。だからこそ、食べる部分の少ない人間でさえ魔物たちの標的になりうる。
そんな環境だから警戒を怠らないようにしていたはずなのに、ソニックワイバーンの接近にまったく気付けなかった。
リィナが自分の右頬に触れる。すると、その場所が細く赤色に染まった。触れた右手にも、薄っすらと血が映っている。その瞬間、リィナから血の気が引いた。顔を青くして肩を震わせ、瞳から光を失ったリィナに、俺は一言、言う。
「帰るぞ」
「……ええ」
アークバイソンのことなど忘れ、俺はリィナをすぐ後ろに置きながら連れて帰った。全神経を周囲に向け、一瞬の油断すらしなかった。
足早に、されど慎重に家を目指すこと半刻程。無事に帰ったリィナは、ソファに顔から飛び込んだ。そこに流れていた血は、すでにかさぶたとなって固まった。
「正直、侮ってたわ。その、悪かったわね」
「いい。あれは俺も油断してた」
今までの人生でも遭遇したことがあったし、実際警戒しているつもりだった。それなのに見逃してしまったのは、リィナが死ぬわけないと、心のどこかで思っていたからなのだろうと思う。こんなに楽しそうにはしゃいでいて、プライドが高くて、必死に努力が出来る子が、簡単に死ぬわけないと思っていた。
死ぬ怖さも、命の脆さも誰よりも知っているはずだったのに。
ダイニングの椅子に座り込む。張っていた緊張が解け、どっと疲れが湧いて来た。結局食材も置いてきてしまったし、料理どころではなかった。
まだ、何度も先程の景色が頭をよぎる。悪い想像が頭を巡る。してもいないはずの過去に後悔し、胸が締め付けられるような感覚になる。ニケロイアに感じたよりもずっと大きな恐怖が、体を縛っているようだった。
うつろな視界で、リィナを捉える。大丈夫、リィナは今、生きている。さっきはしっかり守れた。いやな予感が過ぎり過ぎただけで、ちゃんと生きているのだ。大丈夫、心を落ち着けろ。
ここは、リィナが作ってくれた家の中。しっかりと安全な場所だ。そう自分に言い聞かせて、やっと気持ちを落ち着ける。
それから実際に襲われたはずのリィナはどうだろうかと、しっかりと顔を見る。怖かったに違いない。もう外に出たくないと言いだしても不思議はない。
冒険者を志す者たちの中にも、初めて遭遇した魔物との戦闘で恐怖を植え付けられ、冒険者になることを諦める者は少なくない。
リィナには安全な場所にいて欲しいと思うのと同時、あそこまで外の世界を願っていたのだ。冒険者になることを、諦めないで欲しいという気持ちもあった。
なんと声をかけたらいいか分からないまま、数分。
そのうち、リィナは自分から頭を上げた。そして首を曲げてこちらを見た。
そこに浮かんでいたのは、意外にも不機嫌そうな顔だった。いや、いつも通りと言う意味では、意外でもなんでもないのかもしれない。
恐怖や絶望の表情でないことに驚くと同時、安心していた。
「……リネル、その」
やがて、リィナは口を開く。
「さっきはありがとうね。助けてもらったわけだから、ちゃんと礼を言っておくわ」
少しだけ頬を赤くして、リィナはそんなことを言った。それから再びソファに顔を埋めて、動かなくなった。狸寝入りと言うやつかもしれない。言ってみたはいいものの、羞恥心に負けてしまったのだろう。
そんなリィナを見て、微笑ましいと思うと同時、やはり強いな、と思った。
俺が心配しなくたって、こんなことで夢を諦めるリィナではなかった。リィナがそんな人であることを、俺は忘れていたらしい。
恐怖を乗り越えることは簡単ではありません。真っ向から打ち勝たなければならないとなれば、猶更。でもそんな時隣で誰かが支えてくれたり、背中を押してくれる人がいたりするだけで勝算は格段に上がります。そして、頑張る人自身が心のよりどころとなるものを見つけた時、恐怖に打ち勝つことは、何ら難しいことではなくなると、私は思います。
だからどうとかいう話ではないのですが、きっと、リィナちゃんにとってリネル君はすでに、そういう存在なんだろうなと思います。
これから2人の関係がどうなっていくのか、非常に楽しみですね。
それでは!