新生活の始まり
どうもシファニーです! これから始まるリネルとリィナの2人暮らし、楽しみですね。
第54部、第2章第8話『新生活の始まり』です。どうぞ!
「えっと、それじゃあ、しばらくの間会えないけど、元気で――」
「さっさと行くわよ」
見送ってくれたレイカとリアサに別れの挨拶をする途中、リィナに遮られてしまった。手を引かれ、引きずられる俺に向かって、レイカは泣きそうなくらいに目元を赤くし、目元に手を添えながらも手を振っていた。リアサは腕組しながら、その姿勢のままで小さく手を振っている。やる気のない見送りは平常運転と言ったところか。
そして、俺はリィナに手を引かれるままにシンラシンラの中に――もともと中にいるからこの表現は少しおかしいけど――入るのだった。
歩き始めてどれくらいが経っただろうか。大きな草を掻き分けながら、リィナはどんどんと進んでいた。言葉を発することも無く、ただ黙々と。
「な、なあリィナ? もうちょっとゆっくり行ってもいいんじゃないか? それに俺、あんまり準備とかできてないぞ?」
「別にいいわよ。大抵のものなら用意できる」
「ええ……」
なんか、初めて会った時以上に剣呑な雰囲気を纏っている。過去最高史上の嫌われ度合いかもしれない。
「……何か勘違いしているようなら言っておくけど、私は別に怒ってないわよ」
「えっと……」
そう言うことを自分から言うやつは大抵怒ってるって、俺知ってる。
だがそんなことを言ってしまえば火に油なので口を塞ぐ。
「ただね。リネルには自覚を持って欲しいのよ。次期王になる自覚を」
確かに俺は、王になる心構えが出来ていないかもしれない。この場所の王は、他の人間の国の王より楽そうだと思っているくらいだ。
「そりゃ、出来てないけど。突然王になるって言われて、まだ数日だぞ? 自覚なんて出来るわけ――」
「だからこうして連れ出してるのよ」
「連れ出すことと王様になることに、何の関係が?」
一見何のつながりも無いふたつだが、もしかして何か重要なものがあったりするのだろうか。
「別に難しいことじゃないわよ。この森の中で実際に生きてみる。そうすることで、とりあえずはシンラシンラについての理解を深めて欲しい。それから徐々に街を、そしてエルフを知っていく。ここを知らないリネルにとって、必要なのは時間よ。ただがむしゃらに王になるって言われても分からないことだらけのはずよ。もちろん、それは私も同じこと。だから私たちのするべきことを知るために色々なことに挑戦すべきなの。今回は、たまたまいいきっかけが出来ただけ。どうせいつかはこの森を出るつもりなんだもの。その足掛かりを作ろうって算段もあるわ」
顔を合わせることも無く、リィナは淡々とそう告げる。
この子、本当に10歳か?
正直考えていることがまったく読めない。人間の10歳って、もっと未熟で単純な気がするんだが。
それとも、王族として生まれるとやはり違うのだろうか。でも重要なのはどうしてこんな風に成長したかではない。
「リィナの考えは分かった。俺だって、まだまだいろんな経験が必要だと思うし、今回のことについては賛成だ。けどやっぱり、いきなりすぎたんじゃないか? もうちょっと色々準備してからでもよかったんじゃないか?」
「……それはちょっと反省してるわよ。でもまあいいじゃない、これもある意味修行よ。私は外のことを知らなすぎるし、自分だけで生きる力がついてないことも分かったばかりよ。己を鍛えるなら、より厳しい環境のほうがいいと思わない?」
そう言いながら振り返り、向けてきたのはどこか申し訳なさそうな、それを誤魔化すような曖昧な笑み。どうやら、本当に悪いと思っているらしい。
こういう時、気の利いた言葉のひとつでもかけて上げられればいいんだろうけどな。生憎と俺はそんな言葉を知らない。だから今はただ、肩をすくめてついて行くことにした。
それから1時間くらい経っただろうか。ずっと手を引かれたまま歩き続けて、ようやく足を止めた。
そこは、少し目を凝らせば森の外が見えそうな場所。少し開けた空間が出来ていて、小川が流れている。すでに傾きかけている日は程よく差し込んでいて、リィナが足を止めた理由も頷ける絶好の場所だった。
「ここが良さそうね。野宿の支度を始めるわよ」
「支度って言うが、何をするんだ? 道具も何もないし」
「ひとまず食事でしょ。腹が減ってはなんとやらよ」
「まあそれはそうだな」
リィナの言う通り、野宿と言ったら最重要なのは飲み水と食べ物だ。それがなければ何も始まらず、疎かにするものから死んでいくと言ったほど。前世ではプロの冒険者を生業としていたリネルにとって、そこら辺のことは常識と言っても差し支えない。
「ならどうする? ここに来る間に食べれそうな植物は見かけてたし、魔の荒野に出れば食べられる魔物もいるはずだけど」
「そっちは任せるわ。ついでに料理もね。その代わり、その間にリネルを驚かせて見せるわよ」
「ん? どういうことだ?」
「楽しみにしてなさい」
リィナは少しずつ機嫌を直してくれているらしい。悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺にそれだけ言ってさっさと行けと追い払うように手を振ってくる。
俺は気になることも多々ありながら、食事任せてくれるなら逆人安心か、と思うようにして、まずは魔の荒野へと繰り出した。
それから半刻が経った頃、日が完全に沈もうとしていた。
「そろそろ帰ったほうがいいか。にしても、今日は数が多かったな」
魔の荒野。勇者時代、そして冒険者時代共に世話になった勝手知ったる場所。魔物の種類も生息場所も、訪れたことのある場所のことならしっかりと記憶している。シンラシンラに近づくことは滅多になかったが、周囲の生態系から予測することくらいはしていた。
実際、予想通りアークバイソンの群れがいた。それを目当てに狩りを始めればポイズンアントの群れ、巨大パラソルポイズン、ソニックワイバーンと言った魔の荒野の捕食者たちがセットで付いて来た。
特にパラソルポイズンは厄介だ。顔の周りに着いた傘のようなえらが由来したトカゲの一種なのだが、吐き出す毒が触れるだけで体が解けるほどに強力な酸性毒で、今回現れたのが全長3メートルに迫る巨大な個体だったために処理に困った。
俺とリィナで食べられるだけのアークバイソンだけ狩ってさっさと逃げてきたが、今度出る時にはもっと周りを警戒するべきかもしれない。今の俺では太刀打ちできなさそうな捕食者にはいくらか覚えがある。警戒して損はないだろう。
そんなことを考えながらリィナの元に戻る。アークバイソンは風魔法で浮かせて移動させ、俺も低い草葉を避けるように若干浮かぶ。
そうしてリィナの下に帰った俺を待っていたのは、衝撃的な光景だった。いや、本当に驚いた。この短い時間で何をどうしたらこうなるのか。リィナに聞こうとするよりも早く、驚愕の言葉が口から漏れていた。
「いや、どうして家が建ってんだよ……」
さっき熱計ったら微熱があって、感染症も流行る時期なので自室療養を命じられた今。正直普段から部屋に引き籠っているので何も変わらないという。
正直体は元気なので小説書いてます!
それでは!