秘密を持つこと
どうもシファニーです! 今日は体調不良に見舞われてしまいました。立っているのが辛いので座って小説書いてます。いつものことです。
第48部、第2章第2話『秘密を持つこと』です。どうぞ!
「それじゃあリネル、私は祝勝会の準備の様子を見に行くわ。レイカ、リネルを任せたわよ」
「はい、お任せください」
「すぐ行く」
「無理するんじゃないわよ。まだ始まるまでは時間があるから」
そんな言葉をかけてみて、私は自分がどれだけリネルに心を許しているのか、少しだけ分かった気がした。
出会って間もない相手をそこまで信用してしまっていること。そしてその相手が婚約者だということを意識すると、思わず頬が熱くなる。それを隠すように背を向けて、足早にリネルの部屋を出た。
今回の戦いを通じて、エルフが負った傷は決して浅いものではなかった。
その主な原因は、私はシンラシンラの魔力を消費してしまったから。
エルフが風属性の魔法に対して高い適性を持つのは、シンラシンラが纏う風の魔力が影響しているらしい。詳しいことは昨日リアサから聞いたばかりだが、その風の魔力は、外の魔物を近づけさせないような効力も持っていたらしい。
具体的にその効力がどの程度減少したのかは計り知れないけれど、間違いなく以前より外敵が侵入してくる可能性が高くなっている。
森を頼むためだから仕方ないとはいえ、それで更なる脅威を呼びよせては本末転倒だ。そのこともあり、エルフたちは今ある平和から少し離れ、身を守るための力を蓄えていく必要が高まった。
「そのせいで、しばらく外の世界はお預けよね……まあ、王族としての責任は果たしましょう」
この前、私は意図せずシンラシンラの外に出た。そこで景色を見れたのは一瞬で、ほんの1面でしかないのだろうけど、正直、綺麗だった。
赤く照らされた砂が延々と続いていたし、外側から見るシンラシンラは壮大で神聖さを醸し出していた。遠くに雪山が見えたりもした。そこに見えた景色のすべてを、自分の足で歩きたいと思った。
だけどあの時はリネルが倒れてしまってすぐに帰らなくちゃいけなくなったし、そのまま旅に出るわけにもいかなかった。
私は、目の前に餌をつるされた状態で、ずっと待てと命じられている使役獣のような面持ちでいた。
しかし、それも自業自得のことだ。
「まあ、しばらくは大人しくしておきましょう。まだここのことを知っていないと、よく分かったからね」
リネルのことを知って、お母様が倒れて。私の中で、ここ、シンラ・カクのエルフたちについての考えが少しだけ変わった。この違った価値観で改めてみんなのことを知るのも、十二分に刺激になるだろう。そう考えれば、多少の我慢も出来るということ。
「っと、リアサはどこかしら。この辺にいるはずだけど……」
そんなことを考えるうちに戦場跡のひとつにたどり着く。
リアサはここで後片付け、つまりは矢の回収や荒れてしまった植物の手入れをしていたはずなのだが、さてどこにいるだろう。
そろそろ終わる頃だろうしと迎えに来たのだけれど……。
周囲を見渡すと、エルフたちが忙しそうに駆けまわっている。空を飛んで木の周りを回ったり、草をかき分けて覗き込んでいたり。その様子からしてまだ作業は続いているらしく、リアサとの合流は諦めようかと思っていると、すぐ後ろから声が聞こえた。
「リィナ殿下、こちらに御用ですか?」
聞き慣れた声に振り返れば、相変わらず両目を負った平坦な顔が見えた。落ち着いた佇まいで空に浮かぶ、リアサだった。
「いえ、作業が終わったようなら一緒に祝勝会の準備を見に行こうと誘うつもりだったのだけれど。忙しそうだからいいわ」
「そう言うことでしたらお供します。ちょうど、私の分の仕事は終わったところですので」
「いいの?」
「はい。十二分に仕事はしたかと」
リアサは森の方を少し眺めた後、静かに地面に降り立った。
「それと、お話したいこともありますし」
シンラ・カクの広場には祝勝会の準備を進めるエルフたちの笑顔が満ち溢れていた。テーブルが並べられ、木々の間には光の結晶で装飾されたランプが吊るされ、場の空気は次第に華やぎを増している。その中で、広場の隅、人目につきにくい場所にリアサとリィナが静かに佇んでいた。
リィナが先に口を開く。
「それで、どうしたの、リアサ?」
顔を向けると、リアサの表情はどこか硬く、普段の柔らかい雰囲気とは違うものだった。
「リネル様のことについて、少し話しておきたいと思いまして」
「リネル? あの寝坊助がどうかしたの?」
場の空気を軽くしようと肩をすくめて笑ってみせたが、リアサはその態度に流されることなく、静かな声で続けた。
「リィナ殿下、リネル様が外の世界から来た存在であること、そしてそのことに関する詳細が未だ明らかになっていないことをご存じですよね?」
自分の表情が僅かに引き締まるのを感じる。それを悟られまいと少しだけ視線を外し、言葉を選ぶように間を置いた。
「確かに、リネルが外の世界から来たことは分かってる。でも、それがどうしたっていうの?」
「失礼を承知で申し上げますが、彼は未だ多くの秘密を抱えているように見えます」
直接的な物言いだった。レイカと違ってこの子は普段からこういう物言いをするが、今回はやけに力が入っている。
「リィナ殿下もご覧になったはずです。本来エルフに適性の無い、炎属性の魔法を扱うところを」
「……まあ、見たわね。でも、リネルは外から来たのよ? 扱えたって不思議はないわ」
「確かにそうかもしれません。けれど、そこに謎が多くあるのは事実です。そのような人物を殿下が完全に信頼するのは、少々早計ではないかと考えております」
リアサの声音にはどこか慎重さがあった。それは、私を少し苛立たせた。
「リアサ、あなたが何を言いたいのかは分かるつもりよ。でも、私はリネルを信じている。それに、彼が今までどれだけ私たちを助けてくれたか、あなたも見てきたでしょう?」
「もちろんです。そのお力添えには心から感謝しております。しかし、それと同時に、殿下が抱えている立場や責任を思えば、慎重にならざるを得ないのです」
リアサは静かに目を伏せ、続けた。
「リネル様の目的が純粋な善意だけとは限りません。外の世界から来たという時点で、私たちが知らない価値観や目的を持っている可能性も否定できません。それがもし、シンラ・カクや殿下にとって脅威となるものであれば……私は、殿下のためにその可能性を無視するわけにはいきません」
しばらくリアサの言葉を黙って聞いていた。
確かにリアサの言葉も一理ある。正直最初は、私だってお母様は気を許し過ぎている、と思っていた。
でも今は違う。
ボロボロになってまでニケロイアと戦うリネルを見た。神林弓に認められ、その力を発揮するリネルを見た。何より、私に笑顔を向けてくれる、優しい言葉をかけてくれるリネルを知っている。あれを疑えと言われる方が無理と言うものだ。
不思議と、私の喉元は熱くなり、口調は強くなっていた。
「リアサ、あなたが私のことを思って言ってくれているのは分かるわ。でも、リネルはそんな人じゃない。少なくとも、私にはそう確信できるの」
「そのお気持ちは分かります。しかし、確信というのは時に誤解や盲信に繋がることもあります。ですから、私は客観的な立場から忠告を……」
「リアサ!」
声が大きくなってしまった。怒鳴っているように聞こえたかもしれない。でも、リアサなら分かってくれるはずだ。これが怒りではなく、確固たる意思の表れだということを。
「あなたの心配も忠告も、本当にありがたいと思ってる。でも、私は私の目で見て、耳で聞いて、感じたものを信じる。彼は自分の命を懸けて私たちを守ってくれた。そんな人を疑うなんて、私にはできない」
リアサは私の言葉に一瞬返す言葉を失ったようだったけど、すぐに目を伏せて静かに頷いた。
「分かりました。殿下のお気持ちは理解いたしました。ただ、私が申し上げたことも覚えておいていただければと思います」
「もちろんよ。……ありがとう、リアサ」
リアサは私の言葉に目を見開いた。リネルの時もそうだったけど、そんなに私がお礼を言うのっておかしいのかしら? まあ、とにかく話に区切りはついたでしょう。
リアサの表情はどこか晴れないままだったが、小さく一礼して静かに佇むばかりとなった。
その後は広場の喧騒を静かに眺めていた。リネルの姿はまだ見当たらないが、彼もきっとすぐに来るだろう。
「私に恥をかかせるんじゃないわよ、リネル。遅刻でもしたら、許さないからね」
小さくそう呟くうちに、空は暗くなっていく。
第1章では、リネルについての深堀りは実はなかったり。何なら1番深堀りしたのはリアサな気がするまである。というわけで、この章ではリネルを深堀り! したいんですけど、そうとも行かないような気がします。
今後の展開をお楽しみください。
それでは!