英雄の目覚め
どうもシファニーです! 章の区切りに少し悩みましたが、今回から2章ってことで。
第47部、第2章第1話『英雄の目覚め』です。どうぞ!
「汝。今は確か、リネルと言う名だったか。魔王復活は近い。神器を集め、対抗する戦力を整えろ。それが新たな汝の使命だ」
何か、夢のようなまどろみの中で声が反芻していた。どこか聞き覚えのある、懐かしさすら感じるその声。いや、声ではないのかもしれない。心の中で直接響く、思念のような何か。それが聞こえなくなった頃、今度は、別の声が耳元で響いているような気がした。
「リネル様は、いつお目覚めになられるんでしょうか」
「心配いらないですよ~。外傷は塞がりましたし、じきに目覚めるはずです~。それじゃあ私はリーヴァさんにお伝えしなければならないことがあるので、後はお任せしますね~」
「あ、ありがとうございました!」
どこからか、声が聞こえる。それは遠いようで近くて、暖かくて、優しい。包み込むような、そんな声。
「レイカ、リネルの様子はどう?」
「あ、リィナ殿下。先程ローラさんに改めて視ていただいたところ、すぐに目覚めるだろうと」
「それ昨日も聞いたんだけど……はあ、この寝坊助は、いったいいつになったら起きるのかしらね」
どこか鬱陶しそうな声が聞こえる。
これに応えなければ後が怖いよな……。仕方ない、起きるか。と思うが中々体が動かない。まああれだけ疲弊と負傷が重なれば体もボロボロになるもんな。
なんて考えながら、俺は自分の意識が覚醒していることに気付いた。今の今まで、特にそういったことを認識していなかった。大分夢と現実の狭間を遊覧飛行していたらしい。
改めて、目覚めるために意識を集中させようとした時。体の、それも顔の一部。恐らくは頬のあたりに何らかの圧を感じた。ただ、突き刺さるような痛みではないし、重圧でもない。何か柔らかく、弾むようにぶつかるものがある。
ちょうどそこに意識が向いて、俺は五感を取り戻し始めた。
「あら、今動いて……」
最初に目を開いた。まばゆい光が入り込んできて、瞼をうまく開けない。しばらくして全身の痛みが響いてくる。傷が痛む、というよりは筋肉痛のような感じ。そして最後、右頬の辺りに、ちょうど指1本分くらいの局所的な圧を感じた。
「リ、リィナ?」
視界が少しずつ鮮明になっていく。
そこには、思わず見とれるほどに凛とした顔つき、淡い花の甘い香りの漂う金髪、宝石のように輝く瞳。それらを全て兼ね備えた絶世の美少女、リィナがいた。
どうしてリィナをそこまで脚色するかと言えば、目覚めたばかりの雛鳥が最初に見た人物を親だと思うように、俺にとって、今この瞬間リィナが、世界で最も美しいと思ったから。
俺がそんな風に見惚れているのを知ってか知らずか、リィナは俺の頬へ突き立てた指に力を籠める。
そして、いじけたような、我が儘を言うことものような表情で頬を膨らませ、不満げに言った。
「おはよう、お寝坊さん」
その後、体の具合やら何やらを整えてから体を起こす。
全身にあったはずの傷はすべて完治していた。これまたローラのおかげらしい。本当に頭が上がらない。まだ肉体疲労のせいで全身が痛かったが、日常生活に支障があるほどではなさそうだった。
続いて、俺が倒れてからのことを聞いた。
「あの後無事スピアーモンキーたちは森に帰っていき、魔族からの襲撃ももうありません」
「あんたが寝てた丸1日何もないってことは、私たちの勝利と言って間違いないでしょうね」
レイカからの生命に補足するように、リィナは誇らし気に言った。
実際、今回の戦いにおけるリィナの活躍は目覚ましい。まず、シンラシンラ全体を巻き込んだ超広範囲のリヴェラル・ワームス。あれによってスピアーモンキーとの勝負はエルフ側に好転、一気に押し返すきっかけとなった。
それにプラスして俺の窮地を救い、ニケロイアを倒すことにも手を貸してくれた。今回、リィナの活躍がなければ負けていたのは俺たちだっただろう。
「でもレイカに怒られちゃったわ。森の魔力をああも簡単に使っちゃ駄目、ってね。シンラシンラの木々が持つ魔力は生命そのもの。その生命を吸って森を守ったんじゃ、本末転倒だって」
いわく、リィナは森から魔力を借りてあの広範囲のリヴェラル・ワームスを使ったのだそう。まずその発想がぶっ飛んでいるが、それを実際にやってのける実力も化け物だった。他者から魔力を借りるという行為自体形式が確立していない高難易度の技術だ。それをあの規模で。流石はエルフの王族、と言ったところなのだろうか。
それでいて俺の助太刀が出来るほどの魔力を残していたんだから、本当に化け物だ。
しかしレイカの言う通り、これから先はああいったことは控えてもらうようにしないとな。
「って、そう言えばそのレイカは?」
「戦場の後片付けに行っています。今回は負傷してしまったエルフも多かったですから。でも、みんな生還できました。これはやはり、リネル様とリィナ殿下、おふたりの力があってこそだったかと思います。本当に、ありがとうございました」
「そんな改まって……俺、結局リィナに助けられたけどな」
不甲斐なくてそう言うと、意外なことにリィナから援護が飛んできた。
「いえ、ニケロイアとの戦い、私だけじゃ勝てなかったわ。むしろ、私に出来たのはほんのちょっとの手助けだけ。リネルがいなければ、勝てるものも勝てなかったはずよ。シンラ・カクを代表するってのはちょっと大げさだけど、ちゃんとお礼は言わせて頂戴」
それから一呼吸置き、咳払い。それでもまたしばらく時間が空いて、もう1度咳払い。それと同時に少しずつ頬が赤く染まり出し、最終的に、リィナはそっぽを向いて腕を組み、普段の不機嫌そうな態度のまま、それでも恥ずかしそうに告げて来た。
「その、ありがとう……」
尻すぼみで聞こえにくかったけど、しっかりと伝わって来た。
普段からプライドの高いリィナが、目線こそ逸らされてしまったが目の前でお礼を言ってくれた。これだけでも信用してもらえたと思っていいのではないだろうか。
そんな誠意に対して、俺も誠意で答えることにする。
「どういたしまして、でいいのか?」
「好きにしなさい!」
リィナは、ふんっ、と言って背を向けてしまった。どうやら正面から向けられる誠意は気に食わないらしい。と言っても、俺もあんまり慣れないもんだから頬が熱いのだが、気付かれてないよな?
そんな頬の熱を冷ますのに必死になっていると、リィナが何かに気付いたように小さく声を漏らし、振り返った。
「そう言えば、今晩祝勝会をやるそうよ。そこでは主役になるんだから、立てるくらいにはなっておきなさいよ」
「祝勝会?」
俺のそんな疑問に答えたのはレイカだった。
「はい。戦場の後片付けもじきに終わりますし、幸いシンラ・カク内部には被害が無かったので。勝利を祝う宴を、今晩には開こうと」
「そんな余裕があるのか?」
「本来平和な場所ですからね。脅威が去ってしまえば、それくらいのことは。準備はシンラ・プライドのエルフたちが指揮を執る形で進められています。リネル様には、乾杯の挨拶をお願いしたいと思っていますので」
「あんたが目覚めなければ延期する予定だったけど、そうならなくって良かったわ」
最後にリィナがそんな風に言って締めくくり、説明は終わる。なんとなく事の全容は把握できたのだが、ひとつだけ気になることが。
「その挨拶、本当に俺がするのか? リィナとかリーヴァ殿下じゃなくて?」
「今回の功労者はリネル、あんたよ。それに、これは挨拶でもあるの。あんたが私の婚約者としてみんなにする、最初の挨拶よ」
「……それ、なんか緊張するな」
「馬鹿言わないで。私の婚約者ともあろうエルフが、そんな情けないことに緊張しているなんて知れたら恥よ、恥」
ひ、酷い言われようだ……。でも確かに王族になるわけだし、それくらいは……。
なんて思っていると、リィナは先程までの堅苦しい表情を一気に緩ませ、微笑みを浮かべた。それは慈愛の笑みというよりは、揶揄うような、面白がるような楽し気な笑み。
そのことに肩透かしを食らっていると、リィナが悪戯っぽく言った。
「冗談よ。気楽にやりなさい、私たちの、英雄」
というわけで第2章開幕です。いやぁ、これからどうなっちゃんでしょうね。私にもよく分かりませんが、リネル君が楽しい人生、ではなくエルフ生を送れることを願っています。
それでは!