見通す力
どうもシファニーです! あけおめことよろ!
第41部、第1章第41話『見通す力』です。どうぞ!
リアサは、ただ逃げ回っていたわけではなかった。
延々と追い回されるうち、スピアーモンキーたちの視野角、魔族の操作精度、周囲の魔力の流れなどをひとつずつ確認していた。それと並行して魔力を練り上げ、準備を続けていたのだ。
辺り一帯を掌握する準備を。
「あーし、強いんよね。残念だけど」
「調子に乗るんじゃありませんよ! 1度背中を取ったくらいで!」
魔族がそんな叫びをあげた直後、リアサの姿が消える。それに魔族が身構えると同時、その耳元で声が放たれる。
「1度、ね」
「っ⁉⁉」
魔族は飛んで距離を取り、リアサを見つめながらも動揺を続ける。
おかしい、明らかに異常だ。先程は木が倒れてくるのに注目していたせいで見逃しただけ。それなら分かる。だが、目の前に捉えていて、どうして背後に回られたことに気付かない?
「理由知りたいよね、いーよ、教えたげる」
先ほどまで逃げ回っていたとは思えない落ち着きぶりに、魔族は逆に冷静さを取り戻す。
大丈夫、状況が五分になっただけ。それに、1度魔物たちの追跡から逃れたとしても、隙を見てもう1度同じ興を作り出せばいいだけの話。
魔族がそんな思考を働かせる間も、リアサは話を続ける。
「あーしにはね、見えるんよ。ありとあらゆる魔力の流れが。そして、魔力はあらゆるものに付きまとう。生き物、無機物、風、そして音や光。で、その流れが見えるって訳」
「……」
「例えばそーね、あんたが魔物たちの視線を借りてどこを見てるか、とか? あんたが張った魔力の糸が、互いの魔力をきょーゆーしてて、そこから魔力を流し込んだり、目から取り込んだ光の魔力、耳から取り込んだ音の魔力を認識してるってことも分かる」
リアサの目には、今、魔族の指先から伸びる魔力の糸が、どんな情報や力を伝達しているのかはっきりと映っている。
魔力は普通の生物にとってはただの抽象的な力でしかない。ただ、視える人からしてみれば、それはありとあらゆる情報の結晶体になる。
「あんたもある程度見えてんでしょ? でもまー、あーしの目には敵わない、ってわけ。どう、分かった?」
リアサに問いに対して、魔族は沈黙を返した。
無論理屈は分かった。だが、納得がいかないのだ。
(そんな芸当がどうしてできる! いや、視線を読まれるのはまだ分かる。どんな音を聞いているのか、それくらいならいいんだ。だがおかしいだろう! メンタル・ジャックの情報を横取りし、思考まで読み取るほどの魔力観察、100年以上魔力を研究してきた私でさえ、不可能だというのに!)
それに対して、リアサはいよいよ喋る元気がなくなって来たので頭の中で呟く。
(メンタル・ジャックって結局相手の魔力に割り込んで操作したり、流れを読んだりする魔法だからねぇ。情報が簡易化されて流れて読みやすいの、知らんのかな? まあしょーみあーし以外で読める人中々いないと思うけど。だってあーし、400年以上魔力研究してるし?)
リアサの肉体は限界に近づいていた。魔族は焦りのせいで失念しているようだが、全身からの出血は些細と言って済ませられるほどではない。こうして立っている内にも血は滴って地面を赤く染め、後少しでも気が緩めばすぐにでも膝をついてしまいそうなくらいに消耗している。
それでもリアサが功を焦らないのは、少しでも魔族の注意をこちらに引き寄せておくため。
(もし魔族があーしの相手辞めてスピアーモンキーの操作に集中したら狂化したスピアーモンキーに力負けしちゃうだろーからなー。狂化、魔力注いで凶暴になるだけじゃなくて、筋組織の活性化とかリミッター外しとかもするし……)
魔力の流れに素直になるおかげでリアサはむしろ相手しやすくなるが、そうじゃないエルフたちからしてみれば動きが早くなり、純粋な力も増すことで厄介な敵になる。追い詰められ、やけになってスピアーモンキーを暴れさせられるより、意識をこちらに引き寄せ、隙を突いて一瞬で仕留めたい。
今は、そのための準備をしている。
(あーあ、あーしもリネルとかリィナみたいな魔力量があればなぁ。リヴェラル・ノヴァ、準備に時間かかりすぎっしょ)
そんな愚痴を脳内で呟きながらも、リアサは魔族から視線を外さない。すでに一足触発の緊張感がその間には生まれていて、互いに安易に動くことは出来ないでいる。
(どうする? どんな行動をとったとして先読みされる危険性がある以上、安易に動くことは出来ない。だが、あいつもあいつで警戒しているのか動けないでいる。……ならば、いっそ!)
この場面、先に動くのはどうあっても魔族側だった。リアサは魔法の準備ができ次第放つつもりでいたが、どれだけ緻密に隠していても、放つ瞬間には魔力の流れを読み取られ、回避行動をとっていただろう。しかしその瞬間には動きを読まれ、的確に魔法を放たれて魔族が負ける。リアサはそのためにわざわざ広範囲魔法を時間をかけて準備していた。
なのでこの場合、魔族の思い切った行動は彼にとって唯一命を救うかもしれなかった一手であり……手段を間違えたことで訪れた、最悪の結末だった。
「猿ども、あのエルフを八つ裂きにしろ!」
メンタル・ジャック。それは魔力の流れを操作し意識や行動を半強制的に触発する魔法。そして、より上位の実力者が扱えば魔力の流れから操作する対象が得た情報を我が物に出来るという、とても強力な魔法だ。人間界ではその非倫理性から禁忌の魔法とされているほどに。
魔族は今まで、数百体のスピアーモンキーたちの意識をひとりで、その詳細にわたるまで操作していた。一挙一動、指先の動きに至るまで。本来であれば方向性だけを示すに留まる魔法を、そこまでの練度で扱って見せた。
だからこそ、リアサをここまで追い詰めた。
それを今、魔族は投げ捨てた。
(どうせ読まれるくらいなら本能で生きるスピアーモンキーたちに自分で襲わせる方がましだろう。数が数だ、相手しきるのは難しいだろう!)
命令内容はエルフを襲うこと。その単純かつ明快な目淹れに従ったスピアーモンキーたちは動き出す。獰猛な瞳を赤く染め、有り余る力の限りに手足を振るい、いっぺんに牙をむいてリアサに向かい――
――そしてふとした瞬間、その矛先を魔族に向けた。
スピアーモンキーの1体が、背後から魔族の腹部を貫いた。それからもう1体が腕を引き千切り、更にもう1体がもう片方の手を噛み切る。
(何が、何が起こっているんだ?)
すでに視界には何も映らない。全身に膨れ上がった激痛が終わりのない苦痛を延々と与える。スピアーモンキーの操作のために高めていた思考速度が、その絶望を引き延ばす。生きたまま食い殺される感覚。筆舌に尽くしがたいその経験は、永遠にも思える数秒の間、続いた。
魔族には、何が起こったのか終始分からなかった。抵抗しようとした時にはすでに遅く、体を動かすことがままならなくなっていた。
魔族の体内に充満していたどす黒い魔力が体中から流れ落ち、段々と力が抜けていくのが分かった。
肉体がどれだけ残っているのか、確認することさえ出来なかった魔族が唯一分かったのは、その瞬間には辛うじて耳が残っていた、という事実だけ。
「魔力の扱いはあーしの方が上、ってね」
理屈は極めて単純だった。
今までは魔族が干渉し続けていたことで奪えなかったスピアーモンキーたちの支配権を、魔族の手から離れたことで奪えるようになった。だから奪い、命令内容を上書きした。
リネルが聞けばそのとんでもなさに驚愕すること間違いなしの荒業だったが、リアサにしてみればほんの些細な事……と言うわけでもない。
(ちゃんとメンタル・ジャックの魔法式観察してたからラッキー。隙があればやろっかなって思ってたけど、まさか自分から支配権捨てるなんて)
魔族からしてみれば、そんな手段で負ける未来など想像していなかったわけだが、リアサは魔族の痛恨のミスに感謝していた。
「とりま、そーじかんりょってことで」
そう言って、リアサは戦場を去る。
リアサを襲った試練は極めて困難なものだったが、リアサは自らの力を最大限活かすことで見事乗り越えたみせた。自分でそれが分かっているからこそ上機嫌だったリアサの心境は、しかしすぐに塗り替えられる。
それは、はるか遠く、合流しようとしていたエルフとスピアーモンキーが入り乱れる戦場に、ピンチを迎えた後輩の姿が映ったからだった。
「あーも、ったく、迷惑ばっかかけるんだから」
最後の仕事を遂げるべく、リアサは空を飛ぶ速度を一気に上げた。
今年も頑張ります!
今日は短めで行きましょうということで。
それでは!