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リィナの気持ち

 どうもシファニーです! 今週頑張れば冬休み!


 第32部、第1章第32話『リィナの気持ち』です。どうぞ!

「リネル、時間あるわよね?」


 有無を言わさない物言いだった。


 リーヴァから神林弓を受け取った。

 その出来事は俺の想像していたよりもあっさりとしていて通過儀礼じみたものがあった。レイカやライラからの称賛こそあれ、それだけだ。エルフ族の一大事になるかとも思ったのだが、そういうわけではなかったらしい。

 リーヴァからついでのように弓を背負うための道具を受け取り、その場は解散となり、次なる侵略に備えるということになった。


 そして神林弓の具合を確かめるために訓練場に向かおうとしたところ、リアサを連れたリィナに呼び止められた。そして当然のようにレイカとリアサがついて来ようとしたのだが、リィナがそれを断った。珍しいなと思いつつリィナとふたりで歩き出した。

 そして今に至る。


 俺は相変わらず不機嫌顔のリィナに連れられて、シンラ・プライドの下、ガラス張りのドームの前まで来た。俺が放った魔法の影響でその前の地面が一部抉られたりしていたが、問題なくたどり着く。

 真下まで来てみるとその大きさが改めてわかる。ガラスという貴重品をこれでもかと使っているからか、もっと巨大なシンラ・プライドと同等の迫力があった。


「傷、無いわね」

「え? あ、ああ、そうだな」


 思わず見上げていると、同じく見上げていたリィナが呟いた。

 それに曖昧に返事を返すと、リィナがこちらを見つめてくる。そして、少し間を開け、心なしか恥ずかしそうにしながら、しかししっかりと目を合わせたまま言った。


「その、感謝するわ。守ってくれて。……お母様のことを気にしていたみたいだけど、全部私の我が儘のせいだもの。リネルはここを守ってくれただけで、十分すぎる働きをしてくれたわ」


 思わず思考が停止した。

 まさかリィナから感謝を受け取る日が来るとは、と言うのもそうなのだが、リィナは今、リーヴァが庇ったのを、自分のせいのように言った気がした。


「私が我が儘を言って、リネルはそれに答えただけ。その結果として私が狙われて、お母様が庇ってくれた。その責任は、私にあるの」

「い、いや、それは違う! 俺はリィナのことをリアサに任されてたんだ! だから、悪いのは――」

「私は、自分の身くらい自分で守れると思っていたわ」


 リィナは居住まいを正していた。いつものように腕を組むのではなく、手を体の横に下ろし、真剣な表情でこちらを見つめた。


「でも、とっさに何も出来なかった。自分の未熟さを悟ったわ。自分は周りとは違う、だから自分ひとりで何でもできる、そう思っていた。……そして今日、思い知った。まったくそんなことはない。私はまだ、何も出来ない子どもに過ぎない、って」


 最初は真っ直ぐだった視線が揺れ、俯き、やがて地面に落ちた。悔しそうに歯を食いしばり、両手は服を強く握りしめる。


「私、お母様に謝ったの。全部私のせいだ、私が未熟だった、って。そしたらお母様言ったのよ、母親として、当然のことをしただけよ、って。普段から反抗ばっかりする私のことを、大切だから、って。馬鹿にするなって、叫びそうになった。それこそ子どもよ、怒りたいのはお母様のはずなのに。そう思って何とか堪えていた時、お母様はさらに言ったの」


 気付けば、リィナの眼の淵は赤くなっていた。やっとよくなってきていた目の腫れが戻り、頬に涙が伝うのが見えた。


「リィナが無事でよかった、って、笑いながら言ってたの!」


 前のめりになり、すべてを吐き出す勢いだった。


「自分は痛かったくせに、苦しかったくせに!」


 喉が焼けるんじゃないかと言うような叫びが響いて、リィナは荒くなった息を吐きだした。

 そのまま俯いて、ゆっくると呼吸を整える。涙が流れたのは、一瞬だけだった。


 それから歯を食いしばる力が弱くなり、服を握っていた手も緩まる。何度も深呼吸を繰り返して、冷静さを取り戻そうとしていた。

 やがてもう1度俺の目を見たリィナの顔は、目が少し赤くなっていた以外は、普段通りのリィナだった。少し不機嫌顔で、それでも可愛らしい顔だった。

 そしてリィナは、驚くくらい冷静な声で話し出す。拳を握り締め、真剣な眼差しを浮かべた。


「……私、自分を責めないようにするわ。ここじゃあ、それが普通だった。どれだけ自分を責めても、周りが許してくれちゃう。ずっと自分を責めてきたけど、誰も私を責めてなかった」


 きっと、自分の中で何度も葛藤していたのだろう。そして、出していた答えなのだ。それを今、俺に面と向かって告げた。レイカやリアサの同伴を断ったのは、大方プライドが許さなかったからとかだろう。そこで話す相手に俺を選んだことを考えると、信頼してもらえたと思っていいのだろうか。


「リネル、あなたも私と同じように悩んでいるのよね」


 それは質問と言うよりは確認のようだった。そして、答えが分かり切っていたのか、俺が頷くよりも先に言葉を続ける。


「私の話を聞きなさい」


 その言葉は、実にリィナらしい物言いだった。


 ドームの中に入ってきた。リィナはここを、シンラ・アースと呼んでいるらしい。みんなシンラって付くの紛らわしくないか? って聞いたら、地名や施設名にシンラを付けるのは当たり前でしょ? と返された。常識に対する認識の齟齬があった気がする。

 その中は外観以上に広大で、様々な植物が植えられていた。まず紅茶畑が視界に入る。人間たちが広大な大地を使って作るものに比べれば広いとは言えないが、立派に育っていた。他にも野菜畑、果樹畑、花畑など、様々だ。

 しっかりと水道が引かれているようで、至る所に蛇口がある。あと驚いたのは、ドーム内の光について。


 シンラ・カクはシンラシンラの中で見れば明るいが、それでも森の外よりは暗い。その暗さに慣れて来たから違和感を感じなかったが、このドームに入って、外の世界を思い出したような気がした。


「この光は何、って顔ね」

「そうだな。森の中なのにやけに明るい、太陽と変わらない感じだ」

「知っているかしら? リヴェラル・ワームスって魔法よ」

「ああなるほど、その魔法なら出来るか。でもこの規模で、凄いな」

「ええ、そうでしょ!」


 リィナの声が不機嫌度を増したような気がしたが、それどころではない。

 リヴェラル・ワームスと言えば光と温度を操作する魔法だ。何かを燃やせるほどの温度は出せないし、目を潰せるほどの光も出せないが、環境を操作するほどの効力がある。実際、ここは本物の太陽の下にあるようだった。


「ここは私が定期的に魔力を込めることによってリヴェラル・ワームスを常に発動しているわ。そして周期的に昼と夜を繰り返している。ここにあるものはお父様が持っていたらしい植物の種とかを植えて作ったもの。育て方も、収穫の仕方も全部記した本もあるの。それを頼りに育ててきたの。あ、リネルは読んだことないはずよ。私の部屋にずっと置いてあるから」


 リィナは誇らしげに話してくれた。質問したつもりはなかったが、こんなにもすごいものを作り上げたともなれば、自慢したくなるのも当然だ。実際、俺も少し興奮していた。


「これ、リィナがひとりで全部やってるのか? 壮観だ、驚いた」

「ふふんっ! そうでしょうそうでしょう! 私の自慢の子たちよ!」


 胸を張り、堂々とそう言い放ったリィナは偉く上機嫌で、浮かべる笑顔も自然で可愛らしかった。本当に、常日頃からこうやって笑っていればもっと可愛いだろうに。


 なんて思っていたのに、リィナの笑顔が少し曇った。


「と言っても、こんなことを自慢しても、何にもならないんだけどね。結局趣味の域を出ないもの」


 その温度変化について行けず、動揺しているとリィナが近くのベンチに腰掛けた。隣を叩くので、そこに座る。リィナが肘を膝に置き、両手で頬杖を作って顔を置いた。その何ともだらしない格好に、リィナのあどけなさを覚えた。


 目の前には、赤く色づくリンゴの木があった。


「私には、よく分からない。もちろん家族だもの、お母様は大切よ? でも、お母様は私と同じくらい、他の人を大切にする。それが私には出来ないの。お母様がおかしいのかと思ったら、そうじゃなかった。みんな、みんなを大切にしようとしていた。私は誰かを大切に思うのが怖くなった。大切に思ってしまったら最期、みんなが取り憑かれている、得体のしれないものに飲み込まれてしまうと思ったの」


 その独白はきっと、リィナの正直な気持ち。周囲の流れに解き込めず、動揺してしまった記憶を話しているのだろう。それに対して、俺も素直に行こうと思った。


「なんか、分かるな。俺も初めは動揺したし、まだ慣れない」

「病気か何かだと思ったもの。誰もを大切になんて、私には出来なかったから。みんながそうするのを見て、みんなおかしいんだと思った。でもいつしかおかしいのは私だと気付いたら、一緒にいるのが怖くなったわ。だから外に行きたいと思うようになった。だから、誰も知らない場所に行きたいと思った」


 みんなが私と違うから、私もみんなと違う場所に行きたい。そう言ってリィナはどこともなく手を伸ばす。その何にも触れなかった指先を引き戻し、大事そうに包み込んだ。


「でもね、お母様が倒れた時、私、思ったの。別に誰かと違ってもいい、自分だけおかしくてもいい。それでも誰かを大切に思って、一緒にいたほうがいいって。だって、お母様を失ったらと思った時、私、胸が締め付けられたもの、悲しかったもの。そんな思いをすると分かって、ただの我が儘でそんな大切な人と離れ離れになるなんて、馬鹿らしいと思ったもの」


 自虐気味に微笑んだ後、リィナはだんだんと瞼を降ろしていった。肩の力が抜け、握っていた手が緩まって。やがてその体がこちら側に倒れてきて、最後にはその軽い体を俺に預けた。花の香りがする頭が肩に重なり、静かな寝息が聞こえ始める直前に、小さく、本当に小さく、呟いた。


「何も、失いたくないから……」

「……そうだよな。みんな、失いたくないよな」


 ほんの少し顔を覗くと、リィナは安心したような寝顔を浮かべていた。うなされたりはしていない様で何よりだ。

 心地よさそうな寝息と、ゆったりとした心拍が聞こえてきそうな距離感で、俺はリィナを支えていた。

 

「……俺が、守ってやるからな」


 俺も、リィナと同じくらい小さく呟いた。

 何かを得る喜びとか楽しさより、何かを失う悲しさとか恐怖の方が大きく感じてしまう。それってなぜなんでしょうね? 誰かが死んだらその代わりの人を見つけたらいい。そんな簡単な話だったら人生は楽だったのかもしれません。

 なんて、恋人のひとりも作ったことない人が言ってます。


 それでは!

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