5 騎馬戦
騎馬戦、最近やらないところもあるそうですね。危ないのでせめて物語で。
朝食の片付けが終わり外に出ると、みんなは剣の練習をしていた。真剣な顔なのは当然だろうが、やはり大きな剣で戦う姿は少々怖いと感じた。
『でも、こんなに頑張っているのに怖いとか思われるなんて…しかも活躍できる場面がないなんて、気の毒だな』
そんなことを考えながら見学していると、休憩になったのかそれぞれ井戸の水を汲んで飲みだし、その後は鎧を脱いで何やら柔道のように二人組になって相手を倒す練習を始めた。
襟を掴み合うのでますます服がビロビロ伸びている。その姿を見て、高学年の騎馬戦を思い出した。担任していたのは4年生だからうちのクラスの子たちは騎馬戦は出なかったけれど、5・6年生の練習を見てあの子たちは興奮していた。
真剣に戦う先輩たちに、自分たちも来年は出るんだと楽しみにしていたのだ。教員はみんな騎馬が崩れて怪我をしないように一騎に一人ずつは張り付いてサポートしていたし、私もできれば来年のためにと予行練習に真剣に参加していた。
「騎馬戦どうなったかな…」
「騎馬戦とはなんだ?」
「ヒェッ!」
「あ、すまない!急に」
独り言が出ていたようで、いつの間にか隣にきていたアレクさんに質問された私はびっくりして変な声が出た。いや、大丈夫です、独り言出てましたね、すみませんと言いながら騎馬戦の説明を考える。
「あ、ええと、騎馬戦…はですね、その…騎馬を組んで、上の人がハチマキを取り合う競技です」
「騎馬…馬に乗ることか?それで戦う…馬が必要なのか?」
「いえ、そうではなく、人だけで騎馬になります」
「人が騎馬?どういうことだ?」
「あー…ええとですねぇ…」
これは言葉での説明は無理だなと思ったので、昨日の徒競走のように実際にやってもらうことにした。今日も4人組だが、小柄な人、体重が軽い人を1名入れて、他はなるべく同じくらいの身長の人で組んでもらう。
「じゃあ、大きめ3人が前一人後ろ二人で立ちます。後ろの人は内側の手を前の人の肩に置きます。そうそう、手は伸ばしてお隣さんとクロスさせるといいですよ。それから前の人は手を後ろに、その手を後ろの人が上向きに握って…」
実際に手取り足取りしながら騎馬を組ませ、最後に騎手を乗せる。
「これが『騎馬を組む』です。この後、騎手は頭にハチマキを巻いて、そのハチマキを取り合います」
途中でハチマキの説明をしたり、似た物として古い包帯を持ってきて切って巻いたりしながら説明すると、みんなは当然のように『さぁやろう!』という顔をしている。
あー…まあそうなるよね、昨日の徒競走の時と同じワクワクした顔だし…え、でも本当にするの?大丈夫かな…ちょっと面白そうだからと始めたがマズかっただろうか…と反省し始めたのは、本職が本気でやったら怪我をするのではと考えたからだが、もう止められないっぽいし、そのまま自分たちだけでやり始めたら怪我をしそうなのできちんとやったほうがいいと判断した。
「首から上はハチマキ以外には触らない、髪の毛を掴まない、脚を蹴ったり踏んだりしない。絶対に守るルールです。騎馬を崩すのはありですが、正々堂々と!それと、高いところから騎手が落ちるのは危険なので必ず一人は騎馬に補助がつきます」
怪我をしないようにルールを伝え、騎馬への補助のつき方を教え、一騎ずつでやってみることにした。危なそうなので補助は2人ずつ。大きめの円を足で描いて、向き合わせる。
最初にやったのは背が高い騎馬と体格ががっしりしている騎馬だったため、高い方の騎手が上からサッとハチマキを取ってしまった。負けた方はとても悔しがってもう一回とねだるので、後で敗者復活戦をすることにした。
「敗者復活…」
なんだか変なことを考えているようだったけど説明されるのもするのも面倒なことになりそうだったのでスルーした。
2回目は同程度の騎馬同士だったので接戦だった。騎手が手と手を握って押し合う。グラグラしつつ、時々手を離してハチマキに手を伸ばすが相手に阻まれ、再度手を組む。そのうちに片方の騎馬が相手をグイグイと押したことで相手の騎馬が崩れた。騎手が落ちそうになったところを補助2人が受け止める。
「はいっ、こっちの勝ちです!騎馬が崩れました」
手で勝った方を指すと、彼らはウオーっと歓声を上げて喜んでいるが、負けた方は地面を拳で叩いて悔しがっている。そんなにか…。
「なるほど、あの高さから落ちたら危ないな。あの補助役は必要なんだな」
アレクさんがボソッとつぶやく。
「そうです、騎馬戦は危険なんです。だからルールは守らなければいけない。正々堂々することが大切なんです。最近は危ないからって騎馬戦をしないところもあるけど、私はやっぱり好きだな」
みんなで力を合わせて全力でやれば、結果はどうであれ自分たちの力になる。勝てば次もと自信とやる気が湧くし、悔しければもう一度と自分たちを奮い立たせる原動力になるし、と思う。
「…そうか」
次の対戦をしようと騎馬を組み始めるみんなを見ながらちょっと清々しい気分になっていたら
「ところで、エリカ殿の世界ではなぜ騎馬戦をするんだ?」
「え、なぜ?えーと…なんでかな?運動会では定番というか…」
「ああして子どもの頃から戦い方を覚えるということは、大人は実戦があるのか?」
「えっ、実戦?そんなのはないです」
「ではなぜ戦うんだ?しかも騎馬と言いつつ馬を使わず」
「えっ、その、なんで…だろう?」
アレクさんが真剣に見てくるので、しどろもどろになっていた私は開き直ることにした。
「あー、昨日ちょっと言ったように、私がいた世界では運動会は子どもに楽しく運動させるためのの行事っていうか、催し物?なんです。私は子どもに勉強を教える立場だったんですが、なったばっかりでよくわからないことも多くて。だからどうして運動会で騎馬戦をするのか、ごめんなさい、わからないです!」
頭を下げて謝る。そして顔をあげて、
「でも大昔は武士っていう人たちが馬に乗って戦っていたので、その名残かもしれません!」
と一気に話した私を呆然と見ていたアレクさんだったが、すぐにプッと吹き出して
「っ…そんなに必死に…ご、ごめん、軽い気持ちで聞いたんだけど…っ」
とクスクス笑い出した。
「…っだ、だってアレクさんの顔が真剣だったから…」
ちょっとムッとして言い返すと、
「ああ、すまない、俺は油断すると真顔になるんだ。怖がらせたか?」
気付いていなかったけど、アレクさんの瞳は明るい緑色だった。笑ったアレクさんはだいぶ爽やかで、カッコよ!!とビビった私は『いいですよ、もう…』とゴニョゴニョ返した。
「エリカ殿〜次の対戦するんで来てくださ〜い!」
隊員のみんなが呼んでくれたので、ホッとして彼らのところへ向かった。
お読みくださり、どうもありがとうございます!