3 徒競走
徒競走、つまりみんな大好き、かけっこです。
「なら、みなさんで運動会をしてみませんか?」
アレクさんたちは私の言葉にポカンとした。
︙
「自分たちの訓練の結果が感じられればやる気が出るんですよね?」
「ああ、それはそうだが、一体何を…」
来る直前まで気持ちは運動会一色だったこともあったし、いろいろ課題があったクラスの子どもたちが運動会の練習を通じて成長し自信をつけたこと、それは自分自身もそうだったことを思い出した私は、いささか強引とは思いながらも運動会をすることを提案した。
そう、だって海外の企業で日本の運動会が人気っていうニュースも見たことがあるし。それに何だっけ、社員の絆が深まる、だっけ?きっと悪いようにはならない。自慢じゃないが小・中・高と運動部、大学では小学校専科ではあるが保健体育コースだったんだから、うん、ちゃんと伝えられるし、できる!はず!
「大丈夫です!やってみるのが一番なので…まずは足が速い人を4人選んでください」
「え?あ、ああ…?」
戸惑うアレクさんたちを無理矢理外に連れ出し、4名の選ばれし人たちに広場で並んでもらう。
「その鎧とか、脱いでもらっていいですか?」
「えっ?」
「ええと…」
何やら顔を見合わせてモジモジしている。
「重たいから勝負の不利になりますよ?」
「…」
私の言葉にアレクさんが4人を見つめると、彼らは上の金属っぽいものを脱いで、上下ともよれた下着姿みたいになった。彼らを見て遠巻きにしている他の人たちはニヤニヤしている。靴はちょっとゴツい皮のブーツみたいなのだからアンバランスだ。でも
「いけませんよ、見た目で笑っちゃ。これは勝負です。できるだけ速くゴールするためには軽さが必要なんです。実際他の人よりも足が速いから選ばれたんですよね?本当はシューズも別なものがいいのですが…今回はそれでいきましょう。みなさんの走りが楽しみです。さ、みなさんそこに並んでください」
教師としてああいう態度はきちんと指導する。ここが別な世界であってもだ。笑っている人たちを軽く諌めて4人を並ばせる。
『おい、なんかさっきまでと違わないか?』
『ああ、泣いてたのにな…』
『俺達のこんな格好見ても平気な女性って…』
ヒソヒソ話が聞こえてきたがスルーだ。ここで反応するといろいろ進まなくなるのはクラスの子どもたちで経験済みだから。もちろんちょっと怖いけど、アレクさんが隣で彼らを見ているので多分大丈夫。いつも見守ってくれる主任を思い出す。
「では、私は先に向こうまで行って待っています。向こうで私がこうして手をあげたら全力で走って来てください。真っ直ぐ走りますよ?人の邪魔をしてはいけません」
そう言って何度か『ヨーイ、ドン』の練習をさせる。『ヨーイ』で片方の足を一歩後ろに引き、『ドン』で走る。私は手を踏切の遮断器のようにあげる。足でズリズリと地面に線を引き、
「『ヨーイ』の時に、ここから出てはいけません。それから、『ドン』の前に飛び出さないように。あの、アレクさん、もし早く出た人がいたら一旦止めてくださいね?」
「あ、ああ、わかった」
アレクさんが了承してくれたのを見て、他のみんなもオッという感じで頷く。良かった。
伝え終わって広場の向こうまで移動する。軽く跳ぶような一歩を1mと考えて70歩。100歩いきたかったけれど、この広さがあっても直線でそれは無理だ。
到着した場所でゴールの線をまたもや足で引いて、スタート地点のみんなに手を振る。ちゃんと振り返してくれたのを見て、『ヨーイ』で手を下げる。遠目にも一歩足を引いているのがわかる。ヨシ。『ドン』で勢いよく手をあげた。
一斉に走り出した4人の顔は真剣だ。私の頭の中には『チャッチャッチャーン、チャッチャッチャーン、チャチャチャチャチャーン♪』とクシコスポストが流れる。
「頑張って!もっと!!走り抜けーっ!!」
私の声が響いた。
「クソ〜!!もう少しだったのに!」
「ははーん、残念だったな」
「俺とお前、どっちが速かった?」
「俺だろ!」
ゴールした4人はものすごい笑顔で肩を叩き合っている。1番だった背の高い金髪の人はドヤ顔で隣の人に「お前は腕の振りがもう少しなんだよ」なんてアドバイスしていて、その姿はクラスの子どもたちを思い出させた。
大きな4人に
「頑張りましたね、さすが選ばれた皆さんだけあって、すごい速さでした!」
と声をかけつつ内心シンミリしていたら、アレクさんが走って来た。
「おーい、エリカ殿!向こうの奴らもやりたいって騒いでるんだけど」
やっぱりね。こうなると思った。
「じゃあ、大体同じくらいの速さかなと思う人同士で4人組になってもらってください。準備ができたらさっきみたいに手を振ってもらえますか?」
わかったと言って戻っていくアレクさんを見送りながら、先にゴールした4人に
「じゃあ他の人が来ますから、皆さんはこちらに並んで座って待っていてください。走って来た人を応援してもいいですが、悪い言葉や野次はいけませんよ」
そう声をかけ、1位から4位の待機レーンを簡単に引いて移動してもらった。もちろん足で引いた線だ。その後、次々に走ってくる仲間に
「がんばれー!」
「1番勝ったヤツはここだ!」
「惜しかったな!」
と声をかける彼らは楽しそうだった。
だんだんゴールした人たちが増えてきて待機場所はぎゅうぎゅうで、しかもみんな鎧を脱いで上下よれた服で、地面に座り込んでお尻の部分に土がついている人もいて、でも輝くような笑顔だった。
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