2 運動会しましょう!
前向き主人公です。
その後はこれまで自分たちが話していた内容がわかっていたのか、とか、名前は、とかきかれたので素直に答えることにした。
棚にある物を見て、文字も読めることがわかった。異世界あるあるだろうか。とにかく、アニメなんかでは最初に会った人が悪者だったりすることがあるけれど、もしそうだとしても自分にはどうにもできないと思ったし、隠して嫌な目に遭うより役に立ちそうだと思ってもらうほうがいい気がしたのだ。
私は彼らに自分のことを簡単にではあるが、話した。
ここではない世界で生きていたこと、学校で教師として働いていること、出勤しようとしていた時にどうも事故に遭って、それをきっかけにここに来てしまったのではないかということを。
彼らは信じられないという顔をしていたが、私の持っていたコンビニの袋や中にあったおにぎりやサンドイッチ、ペットボトルを見て、信じるしかないという雰囲気になった。そして、
「そう言えば、いきなりどこかから人が現れたっていう話があったな」
「ああ、あれか、『からくり箱のジャック』」
「なかなか開かない秘密の箱を作るやつか!」
「王様のわがままで酷い目に…って…」
「酷い目って…」
「ま、まあ、そういう話もあるから、エリカ殿の話もさ、し、信じるよ、なぁ?」
『え、そんな、それっておとぎ話じゃないの?そんなのを根拠にこんなわけのわからない人の信じていいの?しかもなんだか幸せじゃない感じ?』とびっくりする私を尻目に、彼らは私の話を完全な嘘とは捉えないことにしてくれたようだ。
微妙な心持ちでなんと言って良いのかわからず黙ってしまった私を気の毒に思ったのか、こちらをチラチラ見ながらみんなで頷き合う。気を使わせてしまっているな、と申し訳なく思うと同時に本当にこれまでにもこうしてこの世界に来た人がいるのか、と驚いた。
それにしてもジャックってことは日本の人ではないようだけど、『からくり箱』は箱根の寄せ木細工みたいなものだろうか…本当であれば、少なくとも私よりは『ものづくり』でこの世界に貢献できそうな人だな、と思った。私はこのあとどうなるんだろう。
でも、黙っていても仕方がないし、気まずい雰囲気をなんとかしようと、努めて明るく、おにぎりやサンドイッチを食べてみませんか、と一口分ずつ切り取ってもらって…私には刃物は貸してもらえなかったので…一緒に食べたところ、彼らはそのおいしさにすごく驚いていた。そうでしょう、日本のコンビニ優秀だから。
「そうか、で、エリカ殿は仕事に行こうとしていたのにここに来てしまったと」
試食の盛り上がりが一段落したところで、最初に私を見つけたアレクさんと名乗った人が代表としてなのか質問してきた。
「はい、本当は今日は塚小オリンピックだったのに…」
「塚小…オリンピック?」
「ああ、それは今年度だけの名称で本当は運動会です」
「運動会…?」
「はい、みんなで走ったり戦ったりして勝ち負けを競うんです」
「戦って勝ち負けを競う」
「はい、そして優勝すると優勝旗がもらえて」
「優勝旗」
「はい、大きな旗です。準優勝は銀のカップです」
「銀のカップ」
「紅組と白組に分かれるので、優勝と準優勝です。その他に応援賞やリレー戦があって」
「応援賞」「リレー戦」
「…はい、あの?」
なんだかみんなの様子がおかしい。そわそわしているというか。
「あの、私、何か変なことを言ったでしょうか?」
「いや、その、なんだ、戦うっていうのは、どういうものかと思ってだな。君、エリカ殿は戦いに向いているようには見えないんだが。活動的…には見えるが」
「ああ、そうでしょうね、皆さんに比べれば…」
自分を見下ろすと通勤用のポロシャツにチノパン、手には三角折りにしたコンビニ袋、背中には着替えが入ったリュック、髪型はミディアムボブ、黒髪で多めだからボワっといい感じにボリュームが出て…ってまあ、「戦う」人ではないだろう。思わず苦笑して
「でも、私は実際に出場するんじゃなくて、教える方、指導する方だから」
「指導っ?教官ということか?」
どう見ても弱々しい私が戦いの話をするのが奇妙に感じていたらしいところに、指導者発言で、周りの人が先程よりも警戒したような雰囲気だ。やだ、忍者的な?これはいけない。
「あ、あ、違います。私が働いていたのは塚原小学校といって小さい子どもたちが通う学校で、運動会というのは子どもたちの体力づくりや発表のための行事です。戦うっていっても点数制で誰も怪我はしないし、安全なんです!私が戦うなんて、そんなの無理ですから!」
慌てて説明した私の様子にアレクさんもちょっとホッとしたようで
「おい、まだよくわからないのに興奮するな、エリカ殿が怖がるだろう」
と言ってくれた。
他の人たちもそれもそうか、という顔で立ち上がりかけたのをやめて各々腰掛けた。数名はアレクさんの言葉に『本当にこの人物を信用していいのか?』と思ったようで怪しむように私とアレクさんを交互に見ていた。そうですよね…。なんかすみません…。
その後アレクさんを中心にこの世界について教えてもらった。わかったのは、この世界は私の感覚だと昔のイギリスを更に小さくしたみたいな感じで王様がいるということ。そして少ないながらも魔法使いがいるのだそうだ。それはすごいとびっくりしたら、そんなもんかねぇという顔をされた。
「魔法使いと言っても今はそんなに大きなことはできないしな」
「大きなこと?」
「ああ、爆発とか、大水とかは戦いの時くらいしか使わないから」
その流れで、数年前から平和になり彼らのような軍人の存在意義が揺らいでいること、身体や技を鍛えても発揮する場がなくてもやもやしていること、数少ない魔法使いも生活魔法ばかりを望まれて鬱憤が溜まっていることなどを教えてくれた。
そんな内情を教えてもらっていいのかなと思ったけれど、見るからに弱っちぃ、保護の必要な私にそんな心配は無用ということのようだった。
「まあ、うちの隊も今日は訓練としてこの森まできたんだが…行軍と広場での剣術、体術、野外での生活の訓練をしても、実際に発揮できるところはそうないんだ」
「そうなんですね」
「ああ、だからさっきの話で勝ち負けを競うっていうのがどんなものなのかって、なあ?」
アレクさんが周りにそう言うと、みんなもウンウンと頷いている。
「でも、みなさんも訓練を披露する場はあるでしょう?ええと…御前試合みたいな?言い方はわかりませんが」
「ああ、剣術大会だな、それはある」
「でも予選を勝ち抜けるのは上の人たちで、俺たちなんて、なあ」
「そうですよ、こんな訓練していても…」
「俺達、本当に国のためになっているのかな…」
聞いていた周りの人たちが寂しそうに項垂れる。そうか平和なのはいいことだけど、軍人さんたちには仕事がないってことで。災害時とかには出動しているのかもしれないけれど、それだって年間そんなに回数はないかもしれないものね、と、ここで思いついた。
「なら、みなさんで運動会をしてみませんか?」
アレクさんたちは私の言葉にポカンとした。
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