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もののけ話集  作者: ロジーヌ
河童の皿
7/9

小豆と子供(2)

 赤飯は炊き上がると、緊張で強張っている小豆洗いのもとへ運ばれてきた。子供は隣で、塗りの御膳を前に座っている。


 おたべ。


 番頭は存外に優しく言った。

 子供はすでに食べ始め、うまいな、などと言っている。

 小豆洗いは自問した。妖怪の自分が、どうして人間の家で赤飯を振る舞われているのか。そして、自分は明日から何を洗えば良いのか。

 洗う必要は、ないよ。

 子供は赤飯を食べながら、小豆洗いにも食べるよう促す。番頭と女中はじっと見ており、小豆洗いは躊躇いながらも赤飯を口に運んだ。

 美味い。

 小豆洗いは目を丸くした。そして赤飯を無我夢中で食べる。そういえば空腹ではなかったか。そもそも川にいた時から、自分は飯を食べていない。妖怪に飯は必要ないのか。いや、それならなぜ、人を取って食うなどと歌う。

 小豆洗いの頭の中を、答えが出ない疑問がぐるぐると回る。しかし、空腹が満たされていくうちに、そんな疑問はいつしか消えていった。

 女中がおかわりをよそってくれた。番頭も、温かい汁物が入った椀を、妖怪の目の前に置く。

 赤飯に、塩でもかけただろうか。そう思い、小豆洗いはすぐに、自分の目から涙が溢れていることに気づいた。子供はそれを、じっと見ている。泣きながら赤飯を食べる、小さな妖怪を。


 真夜中、空になったざるを小脇に抱え、小豆洗いは裏口から帰っていった。小豆の代わりに、赤飯のおにぎりを持って。

 まさか、おにぎりは洗わないよな。子供は思案するような顔で言う。

 そうですね、まあ、川に入る前に食べきれれば良いですけど。番頭の言葉に、子供は、迷わないといいけれど、と返す。


 翌朝、子供と番頭は駕籠で再び山を下っていた。いまは降っていないが、山道にも幾らか雪は残っている。寒さのせいで、食べられる植物は育たない。丁稚は山菜ひとつも採れず、泣きそうになって帰ってくる。そのたびに番頭は自分を責めぬよう宥めていた。

 駕籠を降り、歩きながらがさがさと枯れた野草を掻き分けると、すぐに川原にでた。

 水に浸かるぎりぎりのところ、雪が溶けて少しだけ覗いた石の上に、ゆうべ女中が持たせた赤飯のおにぎりがある。そして、浅瀬の岩に引っ掛かり流れないようにたゆたうのは、ざるだ。適度な枯れ枝を拾い上げ、番頭はざるを水面から掬い雪の上に置くと、そこへ丁寧におにぎりを乗せた。

 最後のは、食べきれなかったのか。ゆうべは満腹になっただろうか。

 子供は言った。

 大丈夫です。沢山食べてました。きっと、人だった時の分も。

 番頭と女中は目をつむり、静かに手を合わせた。子供も同じように合掌する。

 未練があったから、妖怪になったのか。

 子供の問いに番頭は、さあ、とだけ答える。子供は、雪に覆われた山と、村を見た。家々の屋根は、まだ白い。長者の家には蓄えがたくさんあり、それは貧しい村人から徴収したもの。生まれる場所が違っただけで、それらを不自由なく口にできていることを疑問に思ったのは、同い年の仲のよい奉公人が痩せ細り病死した時だ。実家のものは、稼ぎが減る、とだけ言い、死骸を山へ無造作に埋めた。

 その、埋められたあたりも今は雪におおわれている。


 早く春になって、みんな沢山ご飯を食べられるようになればいいのに。

 この優しい子供の言葉に番頭は頷いた。番頭も、貧しい生家から奉公に出されて大人になったのだ。

 さあ、帰りましょう。

 三人はゆっくりと、川を背にして歩きだす。

 子供は番頭たちのあとについて山道を戻る間、何度も川を振り返ったが、耳を澄ませても、川からはせせらぎの音がするだけだった。


 小豆と子供 終

次回は座敷わらしの話です

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