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雷妖大戦記  作者: 日生
20/20

十九

「れえぇぇぇらぁぁあああいぃぃっ!!」


「わああっ!?」


 小雷シャオレイは無我夢中で雷に変じて逃げた。そのくらい妖怪が速かったのだ。

 しかし慌てるとやはりまだ制御ができず、岩壁にしたたか体を打ち付けた。


「うっはぁ雷だあっ!」


 鳥の妖怪は雷鳴になぜか恍惚として、両の翼で頬を押さえる。羽ばたかなくとも宙に浮かんだまま、周囲には小さなつむじ風がいくつも生じていた。


「な、なんなんだお前ぇっ!?」


 焔狗イェンゴウに続き、二度目のおかしな妖怪との遭遇で小雷は混乱している。


 その妖怪の羽の色は暴風の中で見たものにまちがいない。

 爆砕バオスイもろとも小雷らを吹き飛ばした妖怪だ。


「なんだって? 風嵐(フォンラン)を知らない? 雷の子が風嵐を知らないなんて!」


 鳥の妖怪は何やら衝撃を受けている様子で、金緑の瞳を見開いた。風嵐という妖怪らしいが、小雷は聞き覚えがなかった。


「お前なんか知るもんか!」


「風嵐は雷来レイライのトモダチ! 雷来は風嵐とナカヨシ! 雷来と言えば風嵐、風嵐と言えば雷来なのに!」


「ぜったいちがう! お前も焔狗みたいなおかしい奴だな!?」


「なぜ俺の名を出す」


 岩の上で焔狗は不思議そうにしていた。


 一方、雷の子に拒絶された風嵐は悔しげに叫ぶ。


「風嵐はぁ! 雷来が雷雲喚んで暴れる時は、しょっちゅう一緒に暴れてたんだぞ! 風嵐は雷来が大好きだった、大好きだったのに、小雷が生まれてから雷来あんまり暴れなくなったからぁ、風嵐はヒマ過ぎて人界で暴れてたんだぁ!」


「迷惑な」


 ヨウまで思わずぼやいてしまった。


 風嵐は嵐を起こす妖怪である。

 たとえば雷来が人界で暴れる際にはすぐさま駆けつけ、惨事に拍車をかけるなどということをして愉しんでいた。


 単純に雷雨とともに暴れることが好きなだけの妖怪であり、雷来に対して敵意がまったくなかったために、雷来武勇伝の中に風嵐の名は登場しない。


 実は雷来にとって、風嵐は気づくと傍で何やら暴れているだけの、特に覚えておく必要もない存在に過ぎなかったのだったが、風嵐はそんなこととは露にも思わなかった。


「もっともっと、雷来と遊びたかったのにぃ。雷来、喰われちゃった」


 急に風が弱まった。


「風嵐は二度と雷来と遊べない」


 翼で両目を覆う様は他の妖怪たちとは異なる。

 ほとんどの妖怪は雷来の死に驚くだけで誰も悲しんではいなかった。それゆえに、小雷は風嵐の反応に心が動いた。

 この妖怪は、自分と同等に雷来の死を悼むのかと、そう思った。


「あ……」


「だから小雷と遊ぶ!」


 ぱっと翼が再び開いた時、もう風嵐の顔は次への期待に輝いていた。


「さっき焔狗の縄張りでやってたの、ちょぴっとだけ良かったよぉ! 一瞬、雷来かと思って急いじゃった。でも足りない」


 小雷はぎくりとした。

 風嵐の瞳孔が大きく広がる。


「もっと激しくやって! 雷来みたいにっ、いっそ雷来よりもっ! この世の全部壊れるくらいに!!」


 つむじ風が嵐に変わってゆく。

 瞬く間に風嵐の妖気が膨れ上がり、小雷は総毛だった。


(こ、れ、水璃シュイリーや焔狗と同じっ!?)


 幼子のような相手の見た目と雰囲気に油断していた。この妖怪もまた大妖と呼べる力を持っている。爆砕や焔狗をまとめて吹き飛ばしたことを思えば、当然のことではあった。


 大妖に挑めるのは大妖のみ。

 小雷は慌てて石宮のほうへ逃げ込み、後を水璃などにまかせようとしたが、


「お前がどうにかするのよ!」


「ふぎゃっ!?」


 小雷の考えなどお見通しの水璃が先に待ち構えており、小雷は暴風の中に蹴り出された。


(なんで我ばっかりこんな目に?)


 あちこち体をぶつけて痛い。

 助けてくれない水璃は嫌いだ。

 いいように風に翻弄されて小雷はもう腹が立ってきた。


 ともかくも元凶は風嵐だ。この妖怪のせいで爆砕を仕留め損ね、今も面倒が続いている。小雷は風の中心にいる標的へ想像の紐を張った。


 常のとおり閃光は一瞬。しかし、いつもとは異なる感覚が生じた。


(あれ?)


 軌道が逸れる。

 横に押しやられ、まっ白な視界から抜けた時、羽ばたきの音が聞こえた。


「――で?」


 風嵐の真顔が頭上にあった。

 翼の先に焦げ一つすらない。


「なんっ……」


 小雷は焦って再び奔ったが、今度は明確に何かに弾かれた。


「ぎゃっ!」


 落ちた小雷は鼻を打った。的に当たらなかったどころか、そこまで届きすらしないなどということは、初めてである。


 風嵐は少しも笑わない瞳で見下ろしている。


「全っっ然足りない。そんなものじゃ簡単に押し返せる」


 小雷を弾いたものは風だった。

 風嵐の作る風の壁を雷光がまったく抜けられなかったのだ。


「なんで小雷は弱い?」


 地に伏せる者へ、旋回しながら風嵐は不満を落としていく。


「雷来の子のくせに。なんで雷来と同じことができない? もっと気を集められるよねぇ?」


 これまで何度も聞いてきたような言葉だった。だが風嵐の声に嘲りは含まれていない。馬鹿にしているのではなく、当然のこととして要求しているのだ。


「っ……!」


 鋭く息を吸い、もう一度小雷は駆けた。

 もっと疾く、強くと意識したが、風嵐にやはり軌道を逸らされ岩壁に激突する。


「ぃっ、ぁああーっ!」


 痛みに耐えられず泣き叫んだ。

 小雷、と風の向こうで攸が呼んだが、一歩でも進めば飛ばされてしまう暴風の壁があり、助けに向かえる状況ではなかった。


 鼻血と涙でべしゃべしゃになっている幼子の痛ましい姿に、妖怪はほんの一欠けらも情けをかけない。


「まだまだ。なんで力抑える? 雷来は一撃で敵をぐちゃぐちゃに壊すつもりでやってたよぉ。我慢しないでぇ、魂魄の内側広げてぇ、天地の気を使い果たすくらいやってぇ? ダイジョーブ! ぐちゃぐちゃにするのはすっごく愉しい!」


 さあ、と風嵐は翼を広げて待っている。


 小雷は暁色の瞳が溶けそうなくらい、涙をたくさん溜めて嵐の妖怪を睨みつけた。


「なんでっ、みんな我にやらせようとする!?」


 小雷は何度も怖いと言っている。できないと言っている。

 雷来のようにはなれない、力をうまく使えない、そう訴えているのに誰も聞いてはくれない。そのせいで痛い思いをし続けている。


「我は、爸じゃない!」


「うん知ってる。小雷だ」


「だったらあきらめろ! 我は爸みたいにできないっ!」


「じゃあ死ね」


 小雷は息を呑んだ。


 殺気の片鱗すらなく、風嵐の口調は人が明日の天気の話でもするかのように何気なかった。


「弱っちい小雷は死ぬしかない。風嵐が殺すんじゃないよぉ。小雷が勝手に死ぬんだよぉ。死にたくなかったら全部殺す気でやれって、風嵐そう言ってる。わかんない?」


 すでに小雷がいじけていられる時は過ぎている。

 怯え、甘えてみせ、それでどうにかなったのは雷来が生きていた頃の話であり、もうそのやり方が通用しないことを小雷はいい加減自覚せねばならなかった。


 それは幼い小雷にとっての絶望であったが、同時に、成長と言い換えられるものであった。


「さっき焔狗のとこでやったやつもっかいやろー?」


 そう言って風嵐は空に雲を集め始めた。

 大きくなればなるほど雲の中で激しくぶつかり合う水気が雷気を生み出し、小雷の力の源となる。


「……ゔゔぅっ!」


 どうにもできない感情を抱えながら、小雷は雲に向かって手を伸ばした。


 大量の雷気が小雷の中に流れ込んでくる。あまりに過剰な力に性懲りもなく恐れが頭をもたげるが、それを見越した風嵐が風を操った。


「止めるな!」


 小雷が怖がっても無理やりに雷気を送り込む。

 大気を操る風嵐は、あらゆる気を集めたり散らしたりすることができる。風嵐によって妖怪の力は底上げされるのだ。


「んゔ~っ!」


 小雷は恐怖の限界を超え暴れ出したくなった。

 苦しみに近い快感が今度は魂魄にまで侵食してくる。


 この世の全部壊して力を使い尽くしたい。

 すべての力を一挙に放ち雷を落としてやったら、どうであろう。

 嫌なものも好きなものもすべて、破壊し尽くせばきっと、とても爽快なのではないか。


 だがそのためにはもっと力が必要だ。だから天地の気を大いに吸い上げる。風嵐が運んでくる気もまだまだ足りぬと貪り喰らう。

 もう限界がどこであったかわからない。


 小雷は、愉しくなってきた。


「それだ!」


 傍観していた焔狗が立ち上がる。

 抑えていた火気を放ち体が一回り膨らんだ。


「俺と()れ小雷!」


「黙ってろ」


「うっ!? ぐぅ……」


 乱入しようとした焔狗は、すかさず水璃に頭から冷水を浴びせられ、燃えかすのように岩にへばりついた。


 最前線で小雷の放つ雷気と殺気を浴びる風嵐は、牙を剥いてこれ以上ないほど興奮していた。


「来い小雷っ!」


 嵐の煽るままに。


「――落ちろっ!!」


 雷轟が駆け上がった。


 狙いをつける必要すらなく、水璃の宮の周りの一帯をすべて範囲に含めた巨大な雷塊が地から天を貫いた。

 間もなく暮れゆく世界が一瞬、真昼よりも白くなった。


 小雷が我に返ったのは上空である。


「……ぁ?」


 力を放つ前後で記憶が途切れ、自分が何をしていたのかよくわからない。

 何に怒っていて何が悲しくて、何があんなにも怖かったのか。まるで夢を見ていたようだ。


(なんか……きもちかった)


 それだけを覚えている。

 父がやたらと言っていた《愉しい》の感覚が、ようやくわかった気がした。


 だが今は疲れ果て、意識を保っているのがやっとである。よって、遥か下の滝つぼへ無力に落ちてゆく。


 その小さな体を羽ばたきが受け止めた。


「最っっっ高!!!」


 ぎゃーぎゃーうるさい鳥のような鳴き声だ。

 眠い小雷には不愉快で、ふわふわ頭に埋もれている耳を塞いだ。

 相手は今度こそ防ぎきれなかったのか、焦げた臭いがする。


 だが自身の負傷も嫌がる子供の反応にも構わず、風嵐は頬をこすり取る勢いで小雷にすりついた。


「ねえもっかいやろ~? 次は人界でやろ~? 嵐を起こしてぇ、雷で人間の城ぶっ壊すの! 今すぐ行く? 行くよね行こう!」


「ゔぅんっ!」


 うっとうしくなった小雷は、苛立ちまぎれに残ったわずかな力で雷に変じ、地上へ降りた。

 特に狙ったわけではないが、ちょうど攸の近くに落ちたため男の足をのぼり、その懐に潜って一息つく。


「ここで寝るのかよ」


 攸は先程の大雷が昇った時、水璃の張った結界の中に避難した上で岩陰に伏せてどうにかやり過ごしたが、そうでなければ人の身を焼き尽くされていただろう。


 だが、ようやく雷来の子にふさわしい力を大妖たちに見せつけた化け物が、人の懐に潜り込んで眠る様には拍子抜けしてしまう。


「小雷小雷小雷シャオレイっ! 遊ぼ遊ぼ遊ぼ遊遊遊ぼうよぉっ!」


 風嵐が頭上をせわしく飛び回り、しつこく小雷にちょっかいを出そうとするので、かわりに攸がそれをなだめてやるしかなかった。


「まあ待て。こいつは眠いと機嫌が悪いんだ。少し寝たらお前さんと遊べるだろうさ」


「風嵐は今遊ぶ! 一撃で休んでらんないよ、小雷はもっとできるよぉ。雷来の分までいっぱいい~っぱい暴れよぉ!」


「人界で暴れるのは勘弁してくれ。弱っちい人間より、もっと倒し甲斐のある獲物がいるだろ? お前さん、そのために小雷を焚きつけにきたんじゃないのか?」


「風嵐は小雷と遊ぶのぉ!」


 嵐の妖怪はあまり会話をしようという気がない。

 するとそこへ黒い狗まで割り込んできた。


()ろう小雷!」


 強烈な雷で復活した焔狗は唾のかわりに火の粉を飛ばす。その熱気が暑苦しく、攸は三歩ほど後ずさった。


 風嵐は火気に触れるとその勢いを増す。一度弱まった風が吹き荒れ始めた。


「焔狗もまざりたい? 焔狗は風嵐が吹き消しちゃうかもだけどなぁ、いいのかなぁ?」


「うはは、いいぞやってみろ。お前の気も美味(うま)い」


 焔狗もまた風に煽られ背から噴き出す炎が大きくなってゆく。

 風は火を広げ、火は風を生む。焔狗が真実苦手とするのは水璃くらいのものである。


 大妖たちのじゃれ合いに巻き込まれないよう、攸は気配を消して場を離れた。


「人気者だなあ。ええ?」


 からかい混じりに雷の子の頭をなでてやると、うるさそうに払われた。



 小雷が眠りに落ちた後も、湿気の多い空間には雷気が籠っているようだ。

 鱗の表面を刺すような風を感じながら、騒ぐ妖怪連中を離れたところから見つめる水璃は、これで盤面の整ったことを確信した。


(そろそろ良いか)


 水璃が足を浸している川の流れが、水気を統べる主へ幽界中の情報を絶えず献上している。水璃には闇吞の居場所も、その様子もすべてがわかっていた。


 襲撃しようと思えばいつでもできたが、それには戦力が足りなかった。

 水璃は強大な力を誇る妖怪にしては驕らぬ周到な者だ。そのあまり妖怪らしくない心掛けは、かつて雷来に与えられた屈辱的な敗北から唯一学んだものである。


 水が伝えてくる闇吞という妖怪の禍々しさは、十分な警戒を水璃にもたらした。


 被害を最小とするために、水璃は小雷を使って焔狗と風嵐を引きずり出したのである。

 常ならば大妖が一堂に会してじゃれ合う程度で済むわけがないのだが、始祖の災禍の脅威がそれを可能にさせた。


 そして肝心なのは小雷だ。


(いくらか使えるようにはなった)


 水璃はひとまず及第点をくれてやった。

 どうやらへっぴり腰の小物は追い詰められるほどに目が覚めるらしい。


 まだ不満はあるものの、いずれにせよ時間はほとんど残されていない。

 敵の力はこれからも増す一方。弱っている今のうちに始末をつけておかねばならない。


銀鮒インフー


 こちらも妖怪らしからぬ、忠実な従者を傍へ呼ぶ。水璃が名を与えた鮒の娘は黒い眼で主君を見上げた。


「やるわよ」


「承知」


 天地の崩壊を望む災禍からこの世を救うため、子分の妖怪たちを守るため――などのことよりも、一番は単に目障りだから叩き潰す。


 間もなく竜へ成り上がる理性ある水璃も、性根は妖怪に違いなかった。

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