帰還
さむくなってきましたね。
黒竜の背中はワイバーンよりも掴むところが多く、また逆風も緩和されており、非常に快適だった。
小さくなっていくコロシアムを見つめながら、今頃向こうではどんな騒ぎが起きているのかを想像し、少しだけ笑ってしまう。
「突然無理言って悪かったな。あの一瞬で俺を信じてくれてありがとう」
『……奴隷紋が消せるのなら協力すると言った矢先、本当に奴隷紋が消えましたからね。口約束だろうが、契約は契約です』
「真面目だねぇ。俺にもそんな時期があったよ。ところでなんで敬語なの?」
『自分より強い相手には敬意を払え、というのが竜族の教えです。あのまま戦っても貴方に勝てないことくらいはわかっていますので』
「へぇ、わかるんだ。俺が手を抜いていたって、よく見破れたね」
最初は未知の敵である黒竜を警戒していたが、蓋を開けてみれば相手は戦う前から衰弱し切っていたのだ。
そんな相手に全力を出して一方的に蹂躙するのはあまりにも不公平だし、俺の気も晴れない。
第一、仲間にする可能性がある相手に傷を負わせたくなかった。
『私も最初はまた雑魚が命を捨てに来たと呆れていましたよ。……途中、具体的には履修登録のくだりを観客に笑われたあたりで尋常じゃない魔力を放出されてましたけど、自覚あります? あれを見せられた後に露骨な手加減をされては、いやでも気づきますよ」
「……えー、嘘。そんな自覚なかったけどな」
こいつ、最初の入場の文句を聞いてやがったのか。
同じ会場にいたのだから聞こえているのは至極当然のことだが、黒竜ともあろう高貴な存在が、これから捻り潰すであろう人間の自己紹介に耳を傾けていることが少し意外だった。
「まぁいい、ひとまず協力して欲しい内容を説明するぞ。俺はこれからリフォームした魔王城に住むことになってる。お前には、離島にある魔王城からの足になってほしいんだ」
『……何もかも理解できませんが』
「だから、魔王城に……」
『奴隷紋を解除して頂いたことは感謝しています。しかし、その恩を振りかざして一生私を使うつもりで?』
「悪いが、解除というのは少し違う。俺のスキルの応用で【隷属】のステータスを一時的に書き換えているだけで、効力は一週間足らずで切れる。お前が自由を維持するためには、定期的に俺の側にいる必要があるってことだ。勿論、お前が奴隷に戻りたいならその意思は尊重するけどな」
今現在、俺にマイナスステータスは存在しない。
そのため、「マイナスステータス」の基準を俺に合わせてスキルを発動することで、疑似的に【隷属】を打ち消すことができている。
『……事実上、主人が変わっただけということですか。解放されたと思ってぬか喜びしました』
「そう悲観するな。別に付きっきりで居ろとは言ってないだろ。数日……そうだな、3日の間に1日だけ側に居てくれればいい。【隷属】を解除する方法が見つかり次第、出て行ってくれて構わないぞ」
まぁ、俺が探してやるつもりは今のところないが。
あくまでこいつを助けたのは俺が利用するためであって、良心からではない。
『……わかりました、その条件を受け入れましょう。それともう一点。魔王城に住むといいましたが、一体どこにそんなに気前の良い魔王がいるのでしょう? 私が知る限り、魔王というのは人間を歯牙にもかけない存在です』
「レグルス」
『一番ダメな魔王じゃないですか……』
「なんで?」
『彼は魔王の中でも特に戦闘狂だと聞いています』
「あぁ。だから話が早かった」
『早かった? まさか……』
「戦闘の対価に城を貰い受けた。簡単な話だろ?」
『……』
それっきり、黒竜は黙り込む。
快適な空の旅だった。
◇ ◆ ◇
『……ほ、本当にあそこに降りるんですか?』
「そうだって言ってんだろ。つべこべ言わずに降りろ」
『魔王レグルスが貴方ほどの侵入者に気づかないとでも? 迎撃されるに決まっていますよ!』
「だからもう居ないって言ってんだろ。お前も一度はそれで納得しただろうが」
数分前からこんな調子で、俺と黒竜は島の上空をくるくると旋回し続けていた。
まぁ確かに、100歩譲って人間の俺が魔王を倒したことを疑うのはわかる。
しかし……俺が聞いていた「竜」という存在は、ここまで臆病ではないはずだったんだが。
「この高さから飛び降りたら、いくら身体強化してても最悪足の骨を持っていかれるか……いや、仕方ねぇよな。黒竜様ともあろう者が、ここまでヘタレじゃ」
俺はあえて聞こえるように独り言を呟き、黒竜を挑発する。
『誰がヘタレですって?』
「おー悪い、よく聞こえなかったか。じゃあはっきり言ってやる。お前だ、お前」
『なっ……この人間が! 竜族に恐れなどという感情は無い!』
「おー、やればできるじゃねぇか。その調子だ」
ようやく黒竜を説得(?)することに成功し、俺は再び魔王城前へと着陸する。
食料は……うん、海から取れるし、この島にも動物は沢山いそうだな。
3日程度ならなんとかなりそうだ。
「ありがとな、送ってくれて。じゃ、3日後にまた会おう」
『…………』
「どうした?」
黒竜はバツが悪そうに目を逸らした後、俯いたままボソボソと話し出す。
『……先程は見栄を張ってしまいましたが、恥ずかしながら、私は竜の里の落ちこぼれでして。せっかく奴隷から解放されても帰るアテがないんです』
その言葉を聞いて、俺はたまらず吹き出してしまう。
「ははは、なんだ、お前も同じかよ。俺も最近学生寮追い出されて、住む場所に困ってたんだ。レグルスに家貰わなかったら、今頃そこら辺の木の上で寝てたかもなぁ」
『貰った……? 奪ったの間違いでは?』
「そうともいうかもな。で、ここに住んだらお前も共犯者だけど、どうする?」
『悪魔ですね。私に選択権がないことを見越した上でこんな質問を投げかけてくるなんて』
「悪魔で結構。優等生は単位と一緒に捨ててきたよ」
『……では、お言葉に甘えて罪を背負いましょう』
黒竜は……いや、彼女はそう言うと、初めて人型の姿を俺の前に現した。
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私に三連休の「三」の部分が存在しないのはどうしてですかねぇ……本当に許せない。
個人的には「三」の部分がある人は無い人のことを気遣いながら慎ましく過ごして欲しいと思っていますが、ともかく良い連休をお過ごし下さいな。