学園生活の幕切れ
お久しぶりの人はお久しぶりです。
お久しぶりでない人はお久しぶりじゃないです。
1年と少し執筆から離れていましたが、履修登録ミスのショックを未だに拭い切れず、いっそ作品として昇華させることにしました。下手したら世界一不純な動機で書かれた小説かもしれません。
お楽しみ頂けると嬉しいです。
カリスト総合学園。
それは、世界屈指の名門校として知られる4年制の総合学校だ。
学問においても戦闘においてもそれぞれエリート一直線のエスカレーターが用意されており、入学できた時点で勝ち組の人生が確約されたような学校だった。
幼い頃から冒険者に憧れ、チャンスを掴んでカリスト総合学園に進学した俺・リベルは、最後の年にとんでもないミスをしでかし、将来を約束されたエリートから学歴無しの無職へと転落することとなった。
(どうして……どうしてこうなったぁぁぁ!)
卒業した学園の名前はそのまま就職へのアドバンテージに繋がり、偏差値(※)上位から順に希望する最大手ギルドや騎士団の要職に就職することができる仕組みとなっていた。
(※ここでいう「偏差値」は必ずしも学力を指さない。例えば冒険者学科の場合は入試が実技戦闘試験であるため、「戦闘力」を可視化したものと捉えられる)
特にエリートが集う騎士団や最大手ギルドともなると、入団試験を受けるためにはまずこの偏差値フィルターを突破しなければならなかった。
故に、俺はエリートコースから真っ逆様に転落したと言って良い。
俺はカリストに入学できるほど財力のある家に生まれたわけではなかったし、何もなければ田舎の畑仕事を継いでいただろう。
しかし、どういうわけか学園長にスカウトされた俺は、学費免除の特待生としてカリストに通う権利を与えられた。
当時の俺は学園長がなぜ俺のことをスカウトしたのかなんてわからなかったし、田舎から移り住んだ最初の年は同級生や学校のレベルにただただ圧倒されるだけだった。
しかし、結果的に俺は実力を伸ばし、定期試験では実技筆記ともに毎回上位一桁の成績を修められるようになったので、学園長の見る目は正しかったと言える。
……いや、とんでもない大馬鹿野郎を招き入れてしまった結果だけ見れば、やはり節穴だったのかもしれない。
卒業を間近に控えた冬のある日、悲劇は起きた。
俺は学園長に呼び出され、渋々放課後に彼女の元へ向かった。
「……お久しぶりです、学園長。話というのは」
「久しぶりね、リベル。あなたは本当によくやったわ」
「え?」
聞き慣れない学園長の優しい声音に、俺は酷く驚いた。
なんの覚えもないが、何かを表彰されるのだろうか、と思った。
……次の瞬間、そんな淡い期待は粉々に打ち砕かれた。
彼女の微笑みの裏には、およそこの世のものとは思えない「悪魔」が身を潜めていた。
「本当によくやったわ。今までお疲れ様。……本当に、よくもやったわね。リベル。非常に残念ですが、貴方には留年か退学かを選んでもらわねばなりません。内定も取り消しです」
「……はい?」
「規定単位が足りていないため、残念ながら卒業は認められません。いくら貴方でも、学園の規定を私の私情で曲げるわけにはいきませんので」
「なっ……ちょっと待って下さい。俺はちゃんとピッタリ規定単位になるようにカリキュラムを組んだはずです」
「あぁ、貴方はそう思っていたでしょうね。……仮登録のまま放置された選択科目を合わせれば、確かに規定単位だものねぇ! アンタは一体、最初の履修説明会で何を聞いていたのかしら!?」
「……えっ」
一瞬、頭が真っ白になった。
我が校で卒業資格を手にするためには、必修単位以外に自由選択科目の中から数十単位を習得する必要がある。
そして、自由選択の科目は「仮登録」というお試し期間が設けられており、万が一自分に合わない講義や実習を選択してしまった場合でも、期日内なら変更できるという制度があった。
この制度の落とし穴は、「仮登録」はあくまで「仮」の登録であって、本登録をしない限り履修は認められないということにある。
勿論、そんなことは俺も分かっていたし、しっかりと本登録の手続きをした……はずだった。
「い、今から本登録して、単位を取得することは……」
「無理よ。あれだけ履修登録ミスには気をつけろと口をすっぱくして言ったのに、変えなかった貴方が悪いわ」
「ど、どうして言ってくれなかったんですか!」
「はぁ? 私に全学生の履修登録を全て確認しろと? この学校に一体何人が在籍していると思ってるの?」
ざっと、千人近くはいるだろうか。
他の学園と比べると遥かに狭き門だが、こればかりは学園長の言い分が完全に正しかった。
こうして俺は最後の最後に2単位と学園長からの信頼を地の底まで落とし、留年か退学の選択を余儀なくされたのである。
……金銭的に留年はできない。
これまでなんとか通ってこれたのは学費免除の特権のおかげだが、留年する場合、この特権は剥奪されてしまう。
つまるところ、学費を納められずに遅かれ早かれ退学になってしまうのだ。
退学になった場合、本来確約されたはずだった内定先は勿論のこと、俺はこの先の人生で重要となるであろう選択権をことごとく失うことになる。
「カリスト」の名前だけで入れてしまう職業は数え切れず存在するが、それは逆もまた然り。
いかに能力が高かろうと、肩書きがない人間が実力にモノを言わせて入ることはできない職業もまた、数多く存在する。
そしてそれは冒険者も同様だ。
実力だけで冒険者を採用する時代はとうに終わっている。
最近は魔物の活動も比較的落ち着き、昔のように素人の手でも借りたいほどの人手不足には陥っていないからだ。
大手冒険者ギルドに入って単価のいいクエストだけを消化し、優雅な生活を送る。
そんな俺の理想の生活は、ここに幻想となった。
「……はぁ。せめてどこかで名を轟かせて、私に貴方をここに招いたのは間違いじゃなかったと思わせて頂戴。貴方のこれからのご活躍をお祈りします」
「……終わっ、た」
この時の俺には激しい後悔と劣等感、そして「怒り」が込み上げてきた。
なぜ、履修登録を1つミスしたくらいで、その他の完璧な評定まで全て取り消されなければならない!
その日の夜、俺はたいして飲めもしない酒を浴びるように飲んだ。
行き場のない怒りが沸々と込み上げてくる。
自分への怒り、融通の効かない学校への怒り。
……そして、もういっそ死んでしまいたいという絶望感。
目に入る全てを破壊したい衝動に駆られたが、街中でそんなことをして死人を出すのはまずい。
相当に酔っていたが、そのくらいのことを考える理性は辛うじて残っていた。
俺は少し考えた末、俺は覚束ない足で騎竜をレンタルして離島に向かうことにした。
合法的にぶちのめしても許され、かつ俺が全力を受け止められるほどの実力を持つ相手。
そんな都合の良い生物がこの世に存在するとしたらーー
「……魔王、殺す」
ーーこの物語は、「無敵の人」となった一人のトチ狂った青年が、八つ当たりという世界一不純な動機で魔王を叩きのめすところから幕を開ける。
深い絶望に打ちひしがれ、学園のシステムに未来を閉ざされたこの男は、果たしてこの先どんな運命を辿るのか。
……乞うご期待!
所詮はフィクションなのでシチュエーションこそ大きく違いますが、私の苦い経験が多くの人にとっての「面白い話」に昇華できれば嬉しいです。
評価・ブクマ・慰めの言葉(作品の感想でも大丈夫です)など頂けるととても救われます。何卒。