閑話 ミヒャエルの恋 後編
「……ミヒャエル様!お話が……!」
いつも通り勉強を見て、これまたいつも通りフィリアの話を聞いた後。
僕を呼び止めたセシリアは、何故か今日も涙目だった。
獣人は、魔物の血を引くと言われるけど、相当薄まっているのは間違いない。
ただただ可愛い女の子だ。
まあ、フィリアの侍女に手を出す気なんてないけどね。
「なに?」
「あ……あの!ミヒャエル様は、フィリア様のことが……お好きなの……ですか?」
ストレートに質問してくるセシリアは、ぷるぷる震えている。
(侍女が、僕に話しかける無謀さは分かっているみたいだね。)
だけど話しかけてきた。
果たしてこの質問の意図はなんだろう?
「気になるの?それは、僕への好意かな?」
「へ?」
心底意味がわからないという顔をされた。
「……いや、なんかごめん。これまでそのパターンは何回かあるもので。」
主につれなくされる僕にすり寄って、あわよくばと思う使用人は少なくない。
そういう愚かで可愛い子も嫌いじゃないんだけど。
セシリアはそうじゃなさそうだ。
純粋にフィリアのことが気になるのだろう。
「……うーん。好きになってほしいとは思ってる、かな?」
そんなふうに返すと、セシリアは、きゅっと唇を結んでまっすぐこちらを見た。
「フィリア様をもし害する事情があるならば、やめてください。ミヒャエル様から悪意は感じませんが、フィリア様への気持ちも感じません。フィリア様の幸せをもし、阻むおつもりなら、ほっておけません。」
(なかなか鋭いな。)
はたから見れば、さり気なくフィリアにアピールしながら距離を詰めているように見えていたはずだ。
そうじゃなければ、きっと潜り込んでいるであろうレオンの部下に何を報告されるか分からないから。
「大丈夫だよ。君はフィリアが大事なんだね。……替わりに僕と付き合う?」
そんなふうにからかえば、真っ赤になってしまう。
「冗談だよ。」
そう言ってポンポンとセシリアの頭を叩くと、セシリアが少し睨みながら、戸惑ったように言った。
「……ミヒャエル様は、私が怖くないんですか?そんなふうに気軽にからかったり触れたりしたら、獣人から噛み付かれるとか思わないんですか?」
ああ、この子はずっとそういう中で生きてきたんだ。
でも、肩書きや生い立ちは、今を形作る要素ではあるけど、その子を理解する決定打にはならない。
「君を見てれば、魔物だとか怖いとか全く思わないはずだけど?」
その瞬間、セシリアはきょとんとした幼い顔になって、それから不意に笑った。
「……確かに、いろいろ言う人は私を見ていない人です。」
その笑顔が何故かすごく柔らかくて。
僕は不覚にも見惚れてしまったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから、やたらとセシリアが目につくようになって、よく喋るようになった。
もちろん、情報収集が目的、だ……ということにしておく。
セシリアはフィリアのことを本当に慕っていて、それはこれまでの経緯を聞くと当然にも思えた。
そんなセシリアが、僕に言う。
「ミヒャエル様はフィリア様に似ています。他の人のことはよく見ていて尊重しているのに、自分はなんだか求められるあり方を決めつけているところがそっくりです。」
フィリアが他人である僕を尊重してくれているようには思えないけど、それは僕が『攻略対象』だからで、それから外れている人に対しては違うらしい。
「まあ、僕は女の子限定だけどね?」
そんなふうに軽く言ってもセシリアは笑ってくれるようになった。
そんな心を開いた彼女の笑顔は可愛くて、なんだか胸が締め付けられる。
多分、今までこんなふうに自然に隣で笑う女の子に出会ったことはなかったから。
セシリアは、僕を手に入れようとしない。
自分からその手の中に納まりたいと思ったのは、これまで生きてきて初めてのことだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「逆ハー?」
「逆ハーレム。攻略対象が全員ヒロインを好きになって、みんなで幸せに暮らすの。」
フィリアは自分の夢物語を語る。
「その分、達成感があるっていうか、クリアしたなって思えるのよね。カッコいい男性たちに取り合われる快感っていうか…あれ?ミヒャエル先生どうしたの?」
(うわあ………。)
「…何だか、自分を別性で見せられてるみたいだ。僕って、こんな感じなんだ…。」
セシリアが言うように、僕とフィリアは似ている。でも、だからこそ言えることもある。
「君には向かないよ。だって君は、相手に合わせて自分を変えていくんだろ?相手の一番望むように、相手が、一番君を愛するように。」
僕がやっていたこと。
今ならその不毛さが分かる。
「君が君のままでいられるならいいさ。でもそうじゃないなら、君は相手が嫌な気持ちになれば、それを自分の失敗だと思い、相手は勝手に幻滅して裏切られた気持ちになる。そんな関係でもやっていけるのなら…。」
「…なに?」
「そんなやり方でみんなを本当に平等に愛せるとしたら、それは、全員ゼロってことだ。誰も愛していないのと同じさ。」
「ミヒャエルは、ヒロインに本当の愛を教えてもらうのよ。なんでミヒャエル先生から愛を教わらなきゃいけないのよ?」
(それなら、僕にとってのヒロインは……)
柔らかい耳としっぽを思い浮かべて笑みがこぼれる。
「それは、君より先に、僕のほうが本当の愛を知っちゃったからかな?」
「…何よ?」
「君だって、可愛いし、いい性格してるみたいだし、意外とすぐ側に愛はあるのかもしれないよ?」
僕はそれを掴みたい。だから、僕は、フィリアに攻略されない方法を考えるんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
セシリアの話や、観察から、護衛のリオネルの思いを確信して。
僕は少しずつ現実をフィリアに伝え始めた。
不自然にならないように。
彼女の語る世界と、僕が知っている現実は、重なるようで全く違う。
でも、どの部分がどんな風にフィリアを揺さぶるのかは分からなかった。
(まさか、一番の決定打がアマリエとはね。)
悪役令嬢だなんて、とんでもない。
悪役なんて生ぬるい言葉じゃ表せない魔王レオンに、大事にされている、いわば被害者。
彼女が第一王子の婚約者ではないことが、彼女の物語の根幹を揺るがした。
全ての前提が崩れたフィリアを、支えて、どこへ導くのか、リオネルにとりあえず託す。
それが難しいなら、また方法を考えるしかない。
これでも、一番フィリアにとって救いがある道を考えている。
セシリアを悲しませたくないし、何より嫌われたくないからね。
「セシリア。」
「……ひゃい!」
「フィリアは、学園には行かないらしい。」
「……はい。リオネルから聞いています。」
「僕は、家庭教師を続けることになったよ。」
そこだけは家に感謝だ。
愛人の息子とはいえ、一定の教育はちゃんと受けさせてもらえた。
社交がいらないなら、学園に行かなくてもやっていける。
「そうなんですね!これからもよろしくお願いします!」
明るい笑顔。
何なのだろう。このモヤモヤやイライラは。
「セシリア。僕がここにいて、嬉しい?」
「?はい。」
「なんで?」
「え?……それは、えーと、フィリア様の家庭教師で、貴族様なのに気さくに話してくださいますし。」
「一緒にいると楽しい?」
「もちろんです!」
違うんだよなあ。
「ねえ、どうしたら僕のこと、手に入れたくなる?」
不思議そうな顔は予想済。
こちらのほうが大変そうだ。
ラルフェン領地をやがてフィリアが継ぎ。
リオネルと共に歩むその隣で。
参謀としてにこやかに他領との交渉を進めていくミヒャエル=カメリアの原動力は、彼がとんでもなく努力して手に入れた、柔らかい耳としっぽの女性。
そんな情報がレオンにもたらされるのは、まだもうしばらく先のことになる。
ミヒャエル編でした。
今構想中なのは、フェルナンド様視点と、ルイのお話です。
ごくごく平凡な群像劇がいつまで続くか……
またいつか、再会させてください。
ありがとうございました!




