賭けに勝ったら未来が拓けた レオンの苦悩
レオン視点スタートです。
「僕の勝ち。」
そう言ってアイスブルーの瞳を向けながら、俺は微笑んだ。
「勝ったんだから…約束覚えてるよね?」
(もう、逃さない。)
話は幼少期にさかのぼる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
可愛かった…なにあれ?奇跡?
第一王子のために集められたこどもだけのお茶会。
現宰相の父からの言いつけは、
「将来この国を背負って立つにふさわしい子息たちを見極めて、縁をつなぐこと。」
「僕、まだ9歳ですけど?」
という、普通の意見は黙殺された。
まあ、そんなこと、本気で思っちゃいなかったけど。
お茶会はまあまあ面白かった。
三つ子の魂百までとか言うけれど、十歳前後ともなれば、それなりに人格とか今後の予想図とかが見えてくるもので。
しかも、そのだいたいは、あらかじめ仕入れた情報から推測されるものとあまり変わらなかったりする。
少々特別な教育を受けてきた俺にとって、お茶会は、そんな推測の答え合わせのようなもの。
あらかた答え合わせを終えて、挨拶も終えた俺は、唯一気になっていたことを解決することにした。
(アマリエ=フェルダートン…。)
僕と同じ侯爵家。
父いわく、フェルダートン侯爵は、奥様と、アマリエのことをそれはそれは溺愛しているらしい。
金も人も惜しまず注がれた侯爵家令嬢。
さぞかしわがままに育ったことだろうと推測していたのだが、彼女の様子は全く違っていた。
(やたら隅っこにいるなあ。)
俺たちに言い含められているのは、第一王子との縁だけではない。彼女はそれだけかもしれないが、多くは家格が上の家とも縁をつなぎたがっている。
その証拠に、いくつかの場所では高い家格のご令嬢とそのとりまき、というグループができていた。
子どもたちにも派閥はできる。
第一王子にとっても、その側近候補たちにとっても、侯爵家令嬢のアマリエは、その人柄を早目に把握し、今後のことを考える必要がある。
まあ、うちも含めて、有力な婚約者候補なのだから。
つまり、アマリエは、この場において、もっとみんなの輪の中心にいて、ちやほやされるはずの人物なのだ。
(なのに、彼女ときたら…)
数多の視線を受けているのに、決してそれを受け止めず、なぜか特に第一王子付近にいる面々と目が合うのを明らかに避けている。
あちらは、気にしてちらちら視線を送っているのに、だ。
お茶会が始まってから、少しすると、お皿にいくつかのお菓子を載せ、庭園の隅っこの目立たない場所に移動し、静かに1人で過ごし始めた。
場所によっては完全に死角になる場所を選んでいる。
(気になる。)
「何しているの?」
「ひい!」
声をかけると、小さく声を上げて、アマリエはこちらを見た。
侍女たちが張り切ったのであろうその出で立ちからは、使用人からも愛されていることが見て取れた。
華やかに大人っぽく結われた髪は、他の令嬢のようにゴテゴテした飾りがなく負担はなさそうだし、化粧も多分そんなにしてない。
でも、つやつやした形の良い唇と、少しうるんだエメラルド色の瞳に、ちょっとドキッとさせられる。
「君はこんなところにいていいの?フェルナンド様にアピールしないといけないんじゃない?」
その瞳が自分を写していることに喜びを覚えている自分にちょっと動揺しながらそう問いかければ、
「私は…いいの。」
ちょっとその顔に影が差し、また心がざわつく。
(同じ侯爵家の俺にも何も反応なし?フェルナンド様にも興味なさそうだけど。)
「ふーん。」
「あなたこそ、いいの?」
その返しに若干会話を切り上げたそうな気配を感じて、またなんだか心がざわつく。
「いいんだ。」
気がつくと俺は、先程までの観察で得た推測の答えをつらつらと述べていた。
第一王子フェルナンド様、側近候補のアラン。どっちにも転びそうなルイ様に、あざといミヒャエル。
なんでそんなことをしゃべったのか自分でもよくわからない。
ただ、反応が見てみたかったし、目の前の少女に自分の存在を意識させたかった。
アマリエの反応は面白かった。
普通は、怪訝な顔で見るし…まあ、簡単に言うと、ひく。
俺だって、こんな事考える子どもの特異さは理解しているし、気味悪がられてもしょうがないこともある程度は分かっていたのだが。
アマリエの表情から読み取れる気持ちは、
(な、なんで知ってるの!?)
だった。
多分その時なんだと思う。
彼女のことをもっと知りたい、と思ったのは。
俺はそれまで、自分と同じくらいに他人を見ている同世代に出会ったことがほとんどなかったのだ。(多分フェルナンド様とかは例外だけど。)
「君は、不思議だね。なんだかちぐはぐだ。」
「ち、ちぐはぐ?」
「侯爵家の令嬢で、あの両親。甘やかされてわがまま横暴に育つ要素しかない生育歴なのに、全然ちがう。アピールもしないし、空気になろうとしてるみたい。そんなに…(かわいい)のに。」
考えなしにしゃべったせいで、うっかりしていたのは間違いない。
でも、うっかり思ったまま口にしたらよりにもよって初対面の女の子に「かわいい」なんて、普通に言いそうになるなんて。
褒め言葉は、裏に思惑があって、わざと使うもの。
無意識に出るべき言葉ではないはずのもの。
「ねえ、良かったら、僕と友達になって。」
自分でも知らなかったが、俺の中には、手に入れたいと思ったものをなりふり構わず手に入れようとする、そんな野性的な面があったらしい。
本能が、告げていた。
アマリエ=フェルダートンは、自分が手に入れるべき相手だ。逃してはいけないし、誰にも渡さない。
(早速、調べなくちゃ。)
アマリエの趣味、嗜好の全て。
彼女を大事にしている、深い関係の使用人。
フェルダートン侯爵と、侯爵婦人の好むもの。
…ここには今日来ていないが、弟もいたはずだ。
拒否する隙を与えずに、俺はまんまと、アマリエの一番近い男友達の座を独占することになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃい、レオン。」
「こんにちは、キャサリン様。相変わらずお美しい。」
挨拶を交わして、王都で話題のお菓子を渡す。もちろんフェルダートン夫人の好みに合わせて。
それとは別に、アマリエが好きな定番のタルトを預け、後で出してもらえるように頼む。
アマリエ付きのソフィアさんなら、タルトに合う紅茶をきちんと選んでくれるだろう。
あれから、友人として通い、フェルダートン家の皆さんにはもううっすらと
(このまま婚約したらいいのでは?)
という空気が漂っている。
一度かなり際どい打診も受けかけたのだが、
「アマリエの気持ちを先に得たい」
という思いを婉曲に伝え、一同から温かく見守られている状態だ。
一番手こずったのは、弟かな。
実はアマリエ大好きの弟、エドワードは、かわいい風を装ってちょくちょく俺の邪魔をしに来ていたが、下手にマウントをとらずに素直に感心してみせて、アマリエの話をふるうちに、貴重な情報源になってくれた。
代わりにこちらもアマリエに害をなしそうな人物を教えたりして、今ではアマリエを守る会の幹部である。
ちなみに、守る会の重要メンバーとして、2歳上の公爵家のジャクリーヌ様とその妹のミレーヌ様を巻き込んでいる。
アマリエの持つ感覚は、すごく好感が持てる。
貴族たるもの、基本的にはポーカーフェイスで、とにかくマウントをとらせないことが求められる。
一方で、家格が上の相手には、ひたすら同意しへりくだり、仲間意識をもってもらうように動く。
アマリエの場合、本人は無自覚のようだが、美味しい、かわいい、楽しい、といったポジティブな感情がわかりやすく表情にでる。
新しい流行を拒否もしないが、定番をきちんと愛していて、人から褒められるものより自分が好きなもので笑顔になる。
それを作った人、広めている人に素直にありがとうと言い、敬える。
それが自然とできるものだから、使用人たちがやる気になり、彼女を愛するのも当然だった。
そして何よりも、アマリエはちゃんと努力する。
人に教えを乞い、ちゃんと会得し、できるようになったときには相手への感謝の気持ちが持てる。
それは、なかなか高位貴族の令嬢としては珍しい性格だったが、なんとも健気で、庇護欲をそそるため、狙いどおり、したたかで賢いジャクリーヌ様もミレーヌ様もアマリエのことを気に入った。
彼女たちは素直ではないが、アマリエがそのまま育っていけるように、うまく立ち回ってくれている。
特に第一王子の婚約者候補筆頭にいるミレーヌ様は、同じ歳なこともあり、アマリエと大変仲が良い。
もちろん、その二人からも、俺はちゃんと応援を取り付けている。
見返りは、ミレーヌ様の後押しをすること。
…はっきり言って楽勝だ。アマリエを抜きにすれば、容姿も教養も抜きん出ているミレーヌ様に敵はいない。
そのアマリエは、わがリューズ家が一丸となって、他家に目をつけられないように守っていた。
俺も、最初からそこまで囲い込もうとは思っていなかった。
気になる女の子で、もっといろいろ知りたいと思える貴重な相手。
容姿にもそこそこの自信があったし、好意を示せば仲良くなれると思ってたんだけど。
…これが意外と手強くて。
警戒心丸出しのスタートから、親のつてで会える機会を増やし、徐々に距離を縮めながら過ごすこと半年。
彼女が結構な読書家であること、雑談は苦手だけど、相手が誰でも、人の話を一生懸命聞くこと、甘いものが好きなこと、こっそり料理人に教わってお菓子を作っていること、などを知るうちに、初めは一方通行な会話ばかりでさすがに気まずかった二人の時間が居心地良くなっていった。
嘘も、腹のさぐりあいも必要ない穏やかな時間。
年下のはずなのに、なぜか急に大人びた表情をする。
そんな時はたいてい、俺が人を馬鹿にしたり皮肉ったりしたとき。
「その人、もしかしたら、そういう意味で言ったんじゃないのかも。」
時々、俺すら知らなかった相手の弱い部分を予想して、それが核心をついたものだったりする。
彼女から優しくて控えめに告げられると、なぜだか素直に受け入れられる。
アマリエと過ごすようになってから、俺はたぶん切り捨てるものが随分減った。
アマリエは、人が蹴落とされる話より、幸せになる話のほうが好きだったから。
アマリエに会うまでの俺は、能力のないやつは容赦なく捨て駒として考えていたし、不幸になろうが落ちぶれようがどうでも良かった。
だけど、それを前提に計画をたてると、頭にアマリエの悲しむ顔が浮かぶ。
結果として、俺の根回しのスキルはかなり上がったと思う。
そのおかげで、ソリの合わなかった実直熱情型のアランと、いつの間にか仲良くなっていた。
全てはアマリエの笑顔のために。
俺がそうやって頑張ると、アマリエにはちゃんとそれが分かるらしく、尊敬の目で見られると心が震える。
もう一つ発見。
俺は、アマリエのために尽くすことに、幸せを感じる。
いよいよ危ないなと思ったのは、夢にまで見たからだ。
アマリエが、誰かに心奪われて、その思いを実らせるために本気で俺を頼ってきて。
俺は、暗い喜びと共にアマリエに尽くしてしまう。
アマリエが実はとんでもない悪女で。
美しく笑いながら、
「ありがとう、レオン。本当に信じられるのはあなただけよ。」
とかささやかれて、俺は底なし沼に沈むようにアマリエにとって邪魔な人物たちを追い込んでいくのだ。
目が覚めたときには、珍しく汗びっしょりで、でも妙にあり得る未来として納得してしまった。
アマリエはとっくに、俺をとらえている。
これはいよいよ、アマリエを囲い込まなければならない。
誰かに取られてしまうことを考えると恐怖すら覚えてしまう。
今のところ間違いなく、彼女の一番近くにいて、心を開いてもらっているのは俺だ。
(でもなあ。なんか足らないんだよね。)
手に入れたいのは、友情じゃない。
アマリエから感じる壁が、一体何なのか。
目下のところ、今一番知りたいのは、そのことだった。
レオンが好きになったのが、新生アマリエで、多くの人が助かっています!頑張れレオン!