こんな賭けなら負けてもいい ミレーヌの駆け引き4
「ミレーヌ。明日は王宮にくる?」
「はい。座学とダンスのレッスンを。」
「じゃあ、終わったらお茶会をしよう。待ってるよ。」
そう言って、フェルナンド様が私の手を取り口づけると、周りから声にならない悲鳴とため息。
最近、フェルナンド様が甘い。
気の所為だろうか。
いや、さすがにこれは気の所為ではなさそうな……
「私から見ると、溺愛されているようにしか見えませんけれど。」
アマリエから、そんなふうに満足そうに言われるのはまんざらでもないのだが。
(愛情のサンプルがレオンだもの。)
フェルナンド様は、レオンのように、視界に入ったらすぐに側に来るようなことはしない。
私がフェルナンド様以外と談笑していても、冷たい空気を出したりしないし、反対に、他のご令嬢にも丁寧な接し方をする。
レオンくらい対応に差があれば、わかりやすいものだけど、そうはいかない。
(次期王太子がそんな感じでは駄目だとは思うけれど。)
いまいち自信がもてなくて。
だから、座学の合間に様子を見に来てくださった王妃様に言われた言葉が、重くのしかかったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あなた、側妃を認める予定はあるの?」
話のついで、という体を装って聞かれたその問いに、驚き、自分がそのことを考えていなかったことにまた、驚いた。
「なにか、ありましたか?」
突然の言葉だったため、かろうじてそう切り返す。
すると王妃様は、ため息混じりに言った。
「あの子、誰か想い人がいるわよ。」
(想い……人?)
「その様子では気づいていないようね。お相手は学園にいらっしゃるのではなくて?」
「学園に?」
本当だろうか。頭の中を学園のいろいろな場面が駆けめぐる。
「男性は目移りするものよ。やがて正妃になるつもりなら、覚悟はしておきなさい。側妃を認めたくないのなら、きちんとあの子の心をつなぎなさい。」
フェルナンド様は、王妃様の実子ではない。
彼を産んだ身分の低かった側妃様は体が弱く、産後すぐに儚くなってしまわれた。
フェルナンド様を育てたのは、目の前の正妃様だ。
正妃様には子がなく……。
複雑な思いを持っているであろうことは、想像できる。
今の彼女の言葉が、私を思いやって……多分私を自分に重ねて、伝えられたものであることも。
私はモヤモヤした思いを抱えたまま、
「分かりました。ありがとうございます。」
と伝えることしかできなかったのである。
その日、お茶会の約束は、体調を理由に断り、私は部屋に戻った。
(なんでこんな風に動揺しているのかしら。政略結婚に妥協は必要だって分かっているのに。)
そんな問いの答えなんて、とっくに出ている。
けれどもそれを認めるわけにはいかなくて。
一生懸命気付かないふりを、していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミレーヌ。体調はどう?」
「もう、平気です。ありがとうございます。」
フェルナンド様は私を見つけるなり、心配そうに聞いてくれた。
笑顔を向けて、なんとか答える。
「良かった。じゃあ次の……」
「申し訳ありません。」
だけど、それ以上は無理だった。
「家の事情で、しばらく忙しくなりそうなんです。生徒会や、王宮でのカリキュラムには支障が出ないようにしますので。」
「ミレーヌ?」
「ごきげんよう、フェルナンド様。」
これ以上いたら、問い詰めてしまう。
私は、笑顔を貼り付けたまま、その場を去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミレーヌ様。何かあったんですか?」
それから数日。アマリエから聞かれても、うまくは説明できない。
王妃様の言うフェルナンド様のお相手は誰なのか、さっぱり分からなかった。
けれども王妃様は、何もなしにあんなことを迂闊に口にはしない。何かしら根拠はあるはず。
でも、あんなに応援してくれた令嬢のみんなに聞くのも聞きづらく、さらには、家政科部発足メンバーがお相手の可能性も考えると身動きが取れなくなってしまった。
そんな中のことである。
偶然私が見てしまったのは、ほとんど関わりのなかった子爵令嬢のエミリーと、フェルナンド様だった。
「あの……これ……。」
「ああ、ありがとう。」
子爵令嬢エミリーが、包みに入った何かを渡している。
フェルナンド様が中身を確認し、それから。
(!)
離れていても分かるくらいにキラキラした笑顔を浮かべて、その包みに……口づけた。
頭がぐるぐるする。
見てはいけないもの……絶対に見たくないものを見てしまった。
あの笑顔は、私だけに見せてくれるものじゃなかった。
私は、音を立てないように、その場を去ったのだ。
私の知らないところで、二人は愛を育んでいたのだろう。
贈り物、迷惑だったのに受け取ってくれていたんだわ。
私が、婚約者だから。
じわりと浮かぶ涙に気づかないふりをして。
そのまま帰ろうとしたとき。
バン!
「ミレーヌ!!」
門の柱に手をついて行く手を阻んだのは、今一番会いたくない人。
フェルナンド様、だった。




