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こんな賭けなら負けてもいい ミレーヌの駆け引き3

「大変な事態だわ。」

私は頭を抱えていた。

もちろん人前ではない。淑女たるもの、そんな姿を晒してはならない。

しかし、目下のところ、淑女として完璧なだけでは解決できない事態に、私は陥っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「レオンから伝えて欲しいと頼まれて…。」

ある日。アマリエが家に遊びに来て、そう切り出した。

「なにかしら?」

「フェルナンド様が、愛情表現を求めておられるそうです。」

あ…愛情表現?

「なんだかレオンにそう言っていたらしくて。もちろん、ミレーヌ様のこと、素晴らしい女性だし、婚約者に決まったのも文句はないともおっしゃっていたらしいですよ!」

それは素直に、嬉しいと思う。けれども。

(レオンがそれを伝えてくるってことは、下手をすると、婚約者の地位がおびやかされる危険があるってことだわ。)


でも。

(愛情表現って言われても…困るわ!)

そもそもこの婚約は政略結婚前提だ。

王家の権威をさらに高め、フェルナンド様派として貴族をまとめ上げ、万が一にもフェルナンド様の立太子に邪魔が入らないようにするために、私が一番都合が良かっただけだ。

チクリ。

(あれ?)

胸がほんの少し違和感を訴える。

頭に浮かぶのは、街に行った時のフェルナンド様の笑顔。

あの笑顔がもう一度見たいと思ってしまう。

この気持ちは、愛情なのだろうか。

(いやいやいやいや。だとしてもどうやって伝えるの?言葉にして? いつ? どんなタイミングで? 手紙を書く? どんな風に? )

無理だ。

フェルナンド様に、「あなたの笑顔が見たいの!」とか、言えない……。

街歩き以降も、婚約者として、贈り物の交換も、定期的なお茶会もしている。それ以外に何をせよと……!

そんなわけで、私は答えのない迷路に入ってしまったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はあ……。」

学園内のカフェテラスで紅茶を飲みながら、愛情表現という難題に思わずため息をついていた私は、近づく人物に気づかなかった。

「……ミレーヌ様?」

心配そうな顔で声をかけてきた相手を見ると、アマリエだった。

「ごきげんよう、アマリエさん。」

微笑むものの、なんだかぎこちなくなっているのが分かる。

その理由はアマリエには分かっているようだった。

「もしかして、フェルナンド様のことで悩んでいますか?」

正直に言ってしまうか、悩む。

けれど、アマリエは、妙に確信があるように続けた。

「フェルナンド様には、きっと贈り物が効果的です!一緒に考えませんか?題して……『愛を伝えよう大作戦』?です!」

勢いに押されて、頷いたが最後。

(アマリエって、思っていたよりすごい子なのかも。)

そのまま、学園の調理室を押さえて材料の手配をしてしまったアマリエに引っ張られるようにして、私は生まれて始めて、クッキーを手作りすることになったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……難しいものだわ。」

手元には、ゴツゴツした形のクッキー。

一応包装してみたものの、高級感とは程遠い見た目に渡すのが躊躇われる。

ちなみに、アマリエの方は、どこからか噂を聞きつけてやってきたレオンが、パクパク食べて行った。

美味しそうに食べていたし、材料は同じなのだから、問題はない。

味見もしたけどちゃんとクッキーだったし……。

「ミレーヌ?何してるの?」

「きゃあ!」

いきなりフェルナンド様に呼びかけられて声を上げてしまった。

姿が視界に入り、とっさにクッキーを背中に隠す。


「……何を隠したの?」

いつものように微笑むフェルナンド様。

「何でもありませんわ。」

「何でもないなら見せて?」

「フェルナンド様にお見せするようなものでは……」

「見せて?」

(あれ?目が笑ってない??)

いつもの微笑みのはずが、妙に追い詰められているような……


「まだ、渡せるような出来ではないんです。」

渋々見せると、フェルナンド様の目が大きく見開いた。

「ほんとに作ってた……。」

「フェルナンド様?」

「……えーと。実は今お腹が空いていて、ちょっとしたクッキーなんか食べたいなあと思ってたんだけど……」

しらじらしい言い方。これは、もしかしなくても。

(催促されてる?)

ここまで言われて、渡さないわけにもいかず、でもなんだかドキドキして、視線を外してしまう。

「その、味は補償できませんけど、一応クッキーはありますわ。あ、でもやっぱり毒見が……」

「大丈夫だよ。」

そう言ってフェルナンド様が私の手からクッキーの袋を持ち上げて。

優雅な手付きで包装していたリボンを解いた。

「はい。」

一つつまんで私の口に。

ドーナツのときと重なってつい食べると、

「大丈夫そうだね?」

そう言って、自分でも一つ、口の中に入れる。

「まだ試作品ですから!」

慌ててそう言えば、

「じゃあ、次も期待してる。」

そう返されて何も言えなくなってしまう。

そこには、見たかった笑顔があったから。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「アマリエさん。他にも作れるものはある?」

後日そんなふうに聞いてみると。

アマリエはとても嬉しそうに笑った。

「もちろんあります!」


実は、二人だけの話にはならなかった。

その後、学園の他の女生徒たちが話しかけてきて。

『片想いの時にあげて手応えがあった贈り物ランキング』とか、『婚約後にもらったら嬉しいらしいランキング』とか、彼女たちのリサーチ結果をふんだんに提供してもらいつつ、私はアマリエと一緒に、お菓子作りだけでなく刺繍などにも手を出しながら、模索することになる。

そのうち家政科の先生の手も借り始めて、気がつくと学園に発足した家政クラブの部長扱いになっていき、一大勢力が出来上がっていくのであった。


……ちなみに、毎回そこにアマリエを巻き込み、副部長扱いをしていったのは、ささやかなレオンへの恩返しのつもりだったのだが。

「前作ったマドレーヌ、寮の後輩に振る舞ったら喜ばれました!」

……アマリエの作品は、半分くらいしかレオンにはいっていないみたいだった。なんだかごめんね、レオン。




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