こんな賭けなら負けてもいい ミレーヌの駆け引き
ミレーヌ編始めます!
「僕は恋愛結婚をする。」
(また、そんな難易度の高いことを…。)
私は思わずそれを否定してしまう。
「王族や貴族ならば、お互いを補える政略結婚で充分ではないですか?」
「ミレーヌは夢がないなあ。じゃあ、賭けをしようよ。」
我が国の第一王子は、さもいいことを思いついたようににやりと笑った。
「賭け?」
「そう。僕は恋愛結婚ができるのか。できたら僕の勝ち。君にも恋愛結婚してもらう。」
「できなかったら?」
「ミレーヌの言うことを何でも聞いてあげる。」
…それは、たいへんにませた十歳くらいのときのこと。
親から言い含められ、いろいろな打算のあった私は、その賭けに、乗ったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
不意にそのことを思い出したのは、私が正式に婚約者に決まったという報告を受けたからだ。
(あの賭けってまだ生きているのかしら?)
十歳の口約束とはいえ、王族の約束だ。
結婚したら、それとなく思い出してもらって…と考えて、我ながら可愛げのない女だと思う。
(恋愛…か。)
私の家は公爵家で、私も、低いものの、王位継承権を有する。
両親も、祖父母も政略結婚。
愛しあうというよりは、尊重し合うビジネスパートナーのような関係で、参考にならない。
思い当たる人物がいるにはいるが…
(レオンの場合はちょっと特殊よね?あの執着、恥ずかしくないのかしら。)
でも、そのおかげで、大した波乱もなく私はフェルナンド様の婚約者になったのだ。
侯爵令嬢アマリエは、普通なら私のライバルになりうる唯一の存在だった。
初めて会ったのは王家主催のお茶会だ。
つつがなくフェルナンド様と有力貴族の子息、令嬢に挨拶を済ませ、アマリエはどこかと探していると、隅っこの方でレオンにお友達立候補されていた。
レオンは、母同士の仲が良くて昔から知っている幼なじみ。
だから、彼が見た目と年齢に見合わぬ腹黒策士であることを私は知っていた。
そのレオンがお友達立候補だなんて、アマリエってどんな子なの?!と、レオンが立ち去ったあと声をかけてみると、気の強そうな顔立ちをしているのになんだか普通で、拍子抜けした。
勝手なイメージで、わがままで高飛車な生意気娘かと思っていた。
フェルダートン侯爵夫妻は娘を甘やかし放題していると母から聞いたことがあったから。
でも、この場は幼くとも貴族の社交場だ。
爪や牙を隠して、おとなしいふりをしている可能性も考えていたのだが。
(アマリエは、ライバルにはならないわね。)
割と早々に、私は結論を出した。
レオンに紹介されて何度か会ううちに、アマリエがそういった駆け引きをしないタイプであること、加えて、レオンはそんなアマリエをそのまま純粋培養したいとあれこれ手を打っていることが分かったからだ。
…あのレオンが、アマリエを手放さないつもりでいる以上、アマリエがフェルナンド様の婚約者になることは、絶対に、ない。
そんな変な安心感と、ちょっと矛盾するけどそんなふうに外堀を埋められつつ警戒心の薄い無防備なアマリエが放っておけなくて、社交場で気にかけるうちに、私の中で彼女は、数少ない心の許せる友人になっていった。
もちろん、そうやってアマリエの盾になることでレオンが味方につくという打算もあった。
だって、レオンって、絶対に敵に回したくない相手だもの。
まあ、そんなわけで、レオンを抜きにしてしまうと私には恋愛のサンプルがほとんどない。
小説で読む架空の恋愛くらいかしら。
嫌いではないため、いろいろな小説を嗜んだ結果、ドラマチックな恋愛に必要なものは共通している。
二人を阻む、障害だ。
身分の差、文化の差、ライバルの存在、二人を引き裂かんとする悪役…。
ただ出会うだけでは恋愛にはなかなか発展しない。二人の仲を育てるのは、障害と事件である。
それならば。
私とフェルナンド様の間に恋愛は求めにくい。
だって、何にもないのだもの。
妥当な相手との、異議のない婚約。
なんの面白みもない普通の政略結婚で、賭けは私の勝ちだ。
そう、思っていたのだが…。
(私は一体何をしているのかしら?)
町娘まではいかないが、城下を歩いていても悪目立ちしないくらいの軽装で、同じように軽装しているフェルナンド様と二人。
上機嫌のフェルナンド様に引き換え、絶対に戸惑いが隠せていない顔のままで。
私たちは何故か城を抜け出して手をつなぎ、城下町を街歩きしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『やがて王家の一員になるミレーヌに教えておきたいことがある。必要最小限の護衛と侍女で、王宮に来て欲しい。』
そんなことを言われて、緊張しながら向かうと、いつもとは違う部屋に通され、用意された服に着替えさせられた。
「ああ、そういう格好もなかなかいいね。」
そう言って笑ったフェルナンド様もいつもとは違う服装だ。
「今からミレーヌに教えることは、王家の機密情報なんだ。悪いんだけど、人払いをさせてくれるかな。」
そんなふうに言われて、護衛と侍女は部屋の外に出て待機することになった。
そして。
「いいかい、ミレーヌ。この城には有事の際に使える隠し通路が存在する。もちろん一つではないけれど、いくつかミレーヌには教えておきたいんだ。」
そう言ってフェルナンド様は、本棚の本を抜き取り、奥の突起を押し込んだ。
ガチャ、と音がして、さらにフェルナンド様が本棚自体を滑らせるように移動させると、そこに入り口が出現する。
「さあ、行こうか。」
「え?」
フェルナンド様に笑顔で手を引かれて、私はその隠し通路に足を踏み入れた。
フェルナンド様に手を引かれるまま、長い通路を通り、出た先は何処かの小屋だった。
「ついたよ。」
そう言ったフェルナンド様はそのあと、さも当たり前のように、
「じゃあ、行こうか。」
と続けたのである。
「行く?帰るのではなくて?」
「もちろん!…ねえ、ミレーヌ。本当に見てほしいものはこの先にあるんだ。…僕とデートしよう?」
そう言ってフェルナンド様が小屋の扉を開けた先に見えたのは、にぎやかな町の光景だった。
普段の私なら、きっとフェルナンド様を諭して、引き返したと思う。
でも少しだけ、「デート」という言葉にときめいてしまったのだ。
まるで、恋する二人みたいだと。
「…少しだけですよ?」
そう、口に出してみると、フェルナンド様は、子どもっぽい笑顔を見せる。
その笑顔にうっかりほだされてしまった。
「共犯だね?バレたら一緒に怒られよう。」
(王家の影が見逃すわけないから、もうバレてます!)
フェルナンド様も知っているので言わないが、覚悟だけはして、泳がせてもらえる間だけのつかの間のデートが実現したのである。




