7
それから数日後の昼休み。
珍しくかれんが学校に来ていなかった。それが無断欠席だということが、引っかかっていたが、あまり深くは考えていなかった。
昼飯を買うために購買に向かう途中。ズボンの中で携帯が振動した。
電話──かれんからだった。
「はい、もしもし」
しばらくの間。そして聞こえてきたのは
『総合高校旧校舎で待っている』
かれんの声ではなかった。
低く太い男の声。
途端、頭が緊張と警戒を強める。
「お前、誰だ」
『俺か? 俺は〝吸血鬼〟だ』
「吸血鬼?」
『ああ。まぁそんなことはどうでもいい。この携帯の持ち主は預かっている。つまり人質だ。さっきも言ったが旧校舎にいる。そこに、君崎の魔術師と一緒に来い』
人質。
その言葉で一気に緊張感が高まる。
「君崎と?」
『ああ。そうだ。必ず二人で来い。まぁ、他にも魔術師がいるならつれてきても構わないが』
それだけ言うと、電話は切れた。
「……」
今の状況を整理すると。
つまり、雪乃かれんがさらわれた。そして、吸血鬼と名乗る犯人は、俺と君崎が来るように要求している。
そこでようやく話が見えてきた。
「こないだの」
強姦事件のヴァンパイア(犯人)。
復讐と言う事か……。
瑠璃は急いで教室に戻り、
「おい、君崎」
七歌に駆け寄った。
「なによ? そんなに急いで」
きょとんとしている七歌に事情を説明する。
話を聞いた途端に顔が青くなり、大声を上げる。
「かれんがさら──」
瑠璃は慌てて彼女の口を塞いだ。
七歌の吐息と唇感触が手のひらに広がる。
「馬鹿! 声がでかい」
それだけ言ってすぐに手を離す。
しかし心のどこかで、もっとその柔らかいものを触っていたいという欲望が生まれる。
「ど、どうするのよ」
「とにかく。行くしかないだろ」
瑠璃は踵を返す。
と、七歌が呼び止めた。
「待って!」
「どうした」
「家に吸血鬼殺し<パーソナルブレイカー>があるの」
「なに?! お前、あれを持ってるのか?」
「ええ」
三家の一つ、遠野が一本持っているとは聞いたことがあるが、七歌がもう一本を持っていると走らなかった。
「分かった。じゃぁ、俺は先にあっちに向かう。後で合流しよう」
◇
総合高校の旧校舎は、現在の新校舎からかなり離れた場所にある。総合高校は三つの高校が合併した高校で、旧校舎は合併以前の一校が使っていた校舎だ。
旧校舎は取り壊しを待つ場所で、今は誰もいない。
瑠璃は校門を飛び越えて中に入った。
当然敷地には誰もいない。
「楽しげに飛ぶ黄色の鳥は、つがいとなって相寄り添う」
唱え、宝剣黄鳥歌を呼び出す。
校舎のうち、本校舎と体育館は既に取り壊されいて、残る建物は文化ホールだけだ。なんでも、取り壊しの途中で業者が倒産してそのまま放置されているらしい。
瑠璃は迷わず建物に足を踏み入れる。
半円形のステージを中心に座席がある小さめのホール。
そのステージに男とかれんの姿があった。床に倒れこんでいるかれんは、外見は無事に見える。
そして、倒れているかれんのよこに、男は立っていた。手には杖。こないだとは違い、フードは被っていない。
「パートナーはどうしたのかな?」
男の声がホールに響く。瑠璃は、その問いに答えなかった。代わりに、剣を構えながら一歩ずつ男に近づいていく。
幸いにも、男とかれんとの間には一メートルほどの空きがある。そして、男の杖は床に向いている。もっと距離をつめ、男が動いた瞬間斬れる場所まで行けば──。
「まぁ待て。この娘には手を出さないから安心しろ」
男がかすかに笑みを浮かべ、そして言葉を続けた。
「大方、私が復讐でもしようとしているとでも思っているのだろうが、それは違う。私の目的は、戦いだ」
無視を決め込んでいた瑠璃は、その言葉に思わず聞き返す。
「戦いだと?」
「その通り。お前達二人が私と全力で戦ってくれれば、この娘には一切手を出さないと約束しよう。無論、戦って私を殺してくれても構わない」
「殺しても構わない?」
正気か?
「倒せれば、の話だが。こないだの時はお前のパートナーのほうが全力ではなかったからな。もし今全力を出せないというなら、日を改めても構わない」
油断させるための罠? こないだ怯えながら逃げた男が、わざわざ二対一で戦いを申し込んでくる?
「全力で戦って勝てるとでも?」
聞くと、男は自信に満ち溢れた笑みを浮かべだ。
「〝私〟なら」
「こないだは怯えながら逃げたというのに?」
私、の部分を強調する。
「こないだお前達と戦ったのは私ではない。私のもう一つの人格。女は好むが戦いは好まない弱き人格だ」
多重人格……?
おぼろげに男の言うことを理解しだす。
ヴァンパイアの特有の病気。極稀ではあるが、何の前触れもなく多重人格になる。そしてもう一つの新しい人格が、本来の人格を飲み込んでいってしまうのだ。
「〝私〟は〝あいつ〟とは違う。確かにこの少女も中々の美人だ。だが。戦いで蹂躙し、その蜜を吸う。そのほうが何倍も愉しい」
男がそう言い終えたとき。
ホールに、君崎七歌がやって来た。