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「あんたって、つくづく表裏激しいよね」
先に口を開いたのは七歌だった。
瑠璃はそれを聞きながら、もう一度呪文を唱えて剣をしまう。
「君崎。雪乃への説明は任せた」
「……それはいいけど。言っておくけど、私があいつに負けたのは、修行で魔力使い果たした後だったからなんだからね」
「そうですか」
黙って踵を返す瑠璃。
「それと……助けてくれてありがとう」
背中越しに、じんわりと七歌の言葉が伝わってきた。
◇
スーパーからの帰り道。
「はぁ」
自然とため息をついていた。
かれんの怯えた表情。それがため息の原因だった。
まぁ、内気なかれんがあの光景を見ればそうなるのは当然だろうが、実際に見てしまうと少しショックだった。
自分とて鬼ではないのだ。
◇
「み、御剣くんっ!」
学校に着くなり、うわずった声でかれんに話しかけられた。
一昨日の今日でまさか話しかけてくるとは思わなかったので、すこし驚いた。
「何?」
みれば、かれんの手には、小さな包み。可愛い紙で放送されている。
「その、昨日のお礼に、その、お菓子を焼いてきたから、もしよかったら食べてくださいっ!」
黙ってかれんを見つめる瑠璃。
「……雪乃。俺が怖くはないのか?」
結局、正直に。その疑問をぶつけることにした。
かれんは微笑を浮かべて、答える。
「うん。正直に言えば、一昨日は少し怖かったよ。でもね、それでも、助けてくれたんだよね?」
それを聞いて。瑠璃は一言「ありがとう」と言って、包みを受け取ることにした。
◇
昼休み。屋上で一人かれんにもらったマドレーヌを食べながら、どこまでも広がる俯瞰風景を見下ろしていた。
突然、屋上のドアが開く。
そこから現れたのは七歌だった。
「かれんの焼いたお菓子、おいしい?」
七歌の優しい声が、吹き抜ける風と重なる。
「まぁな。見た目どおり、料理上手いのな。あいつ」
「そうね」
七歌は瑠璃から数十センチ離れたところの手すりに腕を乗せた。
「あんたってさ。基本暴力が苦手なんだよね」
突然そんなことを言ってくる。
「暴力が苦手? はは。不良女の顔に靴裏乗せる俺だぞ? お前、何を見てきたんだ」
瑠璃は自嘲気味に笑う。
「やっているからといって、それが好きだとは限らない」
「好きではないさ。でも苦手じゃない」
七歌は街を見下ろしたまま、言葉を続ける。
「ふーん。でもさ。あんたたまに震えてるよ」
その言葉に瑠璃は押し黙る。
それは自分でも分かっていることだ。それを指摘される。それはまるで間違いを指摘された気分だ。
「結局。あんたは過激なやり方が人を動かす、そう思ってるから、暴力を振るう。苦手だけど。ようはそう言うことなんでしょ」
心の中では認めている。だが、口に出して肯定する気にはなれなかった。
「それ、雪乃に話したのか?」
「ううん。でも、きっとかれんも気が付いてるよ」
「そっか」
しばしの沈黙が訪れる。
そして、ぼそっと、七歌が
「昨日はありがとうね」
そんな言葉を呟いた。
その言葉は、コーヒーに入れたミルクのように心に染み渡る。
「ああ」
屋上になんだか心地良い雰囲気が漂う。
それがくすぐったくて、瑠璃は口を開いた。
「本当に礼を言いたいんなら、お前もお菓子でも焼いてきたらどうだ?」
笑いながらそんな冗談を言う。だが、それを聞いた七歌は、見る見る顔を赤くしていく。
──アレ?
そして。
「馬鹿、最低、死ね」
そんな言葉を残して、駆け足で屋上を去っていった。