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 冬休みまで後一週間、というある土曜日。

 夕飯を食べ終わり、さて、これからゲームでもやろうかと思ったのだが。よくよく考えると、食パンを切らしている事に気がつき、ついでに買い物も済ませようと夜の街に繰り出した。

 夜の街というのは不思議なもので、強姦魔がうろついていると聞けば物騒に感じるが、月を見上げながら歩けば感傷に浸れる。

 そんなことを思っていると、ふいにポケットの携帯が振動を発した。

 メール、ではなく電話。名前は「雪乃かれん」とある。

「はい、もしもし?」

 電話に出て一瞬で、かれんの恐怖に怯えた様子が伝わってきた。

「御剣くんっ! 助けて!」

 電話越しにもかれんの息遣いが荒いことが分かる。

「何? どうかしたのか?」

「怖いフード被った男の人が追いかけてくるの!」

「なに?」

「御剣くん! お願い、助けて!」

「で、今場所は?」

「公園! 大池公園!」

 大池公園はかなりの広さがある自然公園で、ここから十分ほどの場所だった。

「安心しろ。今行くから」

 携帯を切って、全速力で走る。

 別に雪乃に特別な思いはないが、それを見放すほど鬼畜ではない。


 ◇


 公園の敷地内を全速力で走る。

 すると、林の手前に人影を発見した。

 三人。

 かれん、とフードの男、それに──君崎七歌だった。

 一番手前で、べたりと座り込んでいるのがかれん。そして、その十メートルほど前で、七歌が、膝と手を突いて座り込んでいる。

 その二人をコートを着た大柄な男が見下ろしている。男、と言ってもフードを被っているので、後ろから見ただけでは本当にそうかはわからないが、体格からおそらくそうだろうと判断できた。

 男の視線が、駆け寄ってきた瑠璃に向けられる。

 瑠璃は、男の手に持っているものを見て、咄嗟に身構えた。

 男が持っていたのは短杖──男は魔術師だった。

 見れば、男はこちらを冷たく、僅かに笑みを浮かべながら見据えていた。

 男と七歌が戦ったのだろう。そして、七歌はなんらかの攻撃を受けて膝を突いている。

 相手が不良とか銀行強盗の類であれば、瑠璃にとって敵にはならない。例え空手や剣道の達人相手でも負ける気はしない。

 ただ、魔術師となれば話は別だ。

 雪乃が見てはいるが、しかたがない。そう判断する。

 瑠璃は二人と男の間に立つ。

「……御剣」

 そう七歌が呟くのが聞こえる。

 瑠璃は戦闘体制を整える。


「楽しげに飛ぶ黄色の鳥、つがいとなって相寄り添う」


 そう唱えると次の瞬間、手元には、剣が握られていた。

 黒の握りに、白銀の刃。装飾がほとんどないシンプルな片手剣。だが、それでいて、言葉では表せない重みがそこにはあった。

 男の顔が驚きを示す。だが、驚きが引き金になったかのように、男が杖を振るった。

 衝撃波──。

 それを一振りで切り捨てる。

 男の顔から笑みが消たのがはっきりと見える。

 すると、立ち上がった七歌が

「御剣! そいつの宝具はチェーンよ!」

 そう叫んだと同時に、男の左手から何かが伸びてくる。

 鎖だと分かったのと、剣でそれを払ったのは同時だった。

 否。払おうとした。

 だが、鎖は蛇のように剣に巻きつく。

「──ッ!?」

 何重にも巻きつく鎖。一体どれだけの長さがあるのか分からない鎖を、振りほどこうとするが、叶わない。

 瑠璃はやむを得ず、剣を男に向かって投げ飛ばした。剣は初め真っ直ぐ飛んでいくが、男が鎖を動かすことによって軌道をそらし、そのまま男の横の地面に落ちて金属音を立てた。

 相手が武器無しになったことからの安心感からか、男の顔が笑みを取り戻した。男が杖を片手に歩み寄ってくる。

 距離が三メートル程──間合いに入った。

 瑠璃は構える。その手に剣があるかのように。


「自分を省みれば私は独りである。誰とともに帰ればよいのだろう」


 そして踏み込んだ。

 驚くまもなく剣を叩きつけられ、男は倒れこんだ。

 そう。踏み込んだときには、剣がその手に握られていた。ついさっきまで手元を離れていた剣が。

 それがこの剣──黄鳥歌の力。

 例え、どこに行ってしまっても持ち主の手に戻って来る、東夷の王の剣。

「ど、どうなってやがる」

 瑠璃は、剣の刃ではない側面で打ち付けたが、それでも男はいまだ咳き込み立ち上がれない。

 瑠璃は剣を男の首下に突きつける。

「さて、お前は何者かな?」

 男は答えない。

「答えろ!」

 瑠璃は男の顔を腕を蹴り付けた。

 それを見て、後ろでかれんが悲鳴を上げたのが聞こえる。男の顔もまた恐怖に怯えている。

「ヴァンパイアか?」

 そう聞くと男はかろうじて頷いた。

 ヴァンパイア。他人の体液から魔力を得る魔術師のことだ。

「ということは、最近の連続強姦事件の犯人もお前だな?」

 この問いにも頷く。

 ヴァンパイアといえば、吸血〝鬼〟というイメージがあるかもしれないが、実際にはそうではない。基本的に、他人の体液が必要、というのを除けば普通の魔術師となんら変わらないのだが。

 だが、ヴァンパイアとて人間。こいつのように、強姦事件を起こすやつもいるというわけだ。

「さて」

 残念ながら、〝吸血鬼殺し<ペルソナブレイカー>〟は持ち合わせていない。かといって協会に身柄を引き渡すのも面倒くさい。

 なら、いつも通りやるか。

 瑠璃は男の肩に足を置いて、喋りだす。

「良いか。今回は許してやろう。だが、次こんなことがあれば──わかるな」

 剣をもう一度の喉下に突きつける。男の顔にさらなる恐怖が浮かぶ。

「さぁ。行け」

 そう言って剣を離すと、男は数秒の後、勢い良く立ち去り、おぼつかない足取りで走り去っていった。

 それを見送り、後ろに向き直る。

 そこには、厳しい目で見つめてくる七歌と、恐怖の眼差しで見つめるかれんの姿があった。



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