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昼食を済ませ店を出る。
「んで、これからなんか予定あるの? それともこれで解散?」
「まぁ、特に予定は無いんだけど、ゲーセンでも行かない?」
七歌は、いつも瑠璃が友達と行くゲーセンの建物を指差した。
「何、お前ってゲーセンとかで遊んだりするの?」
「まぁ、人並みには」
「へぇ。女でゲーセンの楽しみが分かる奴なんて珍しいな。って、お前はともかく、雪乃もゲーセンで遊んだりするのか?」
なんか雪乃は、親にゲーセン立ち入り禁止令とか出されてそうなイメージがある。
「普段はあんまり行かないけど……クレーンゲームとか好き」
「へぇ」
「じゃ、とりあえずゲーセンってことで」
七歌を先頭にゲーセンに入る。
「で、何かしたいのあるの?」
そう聞くと七歌が
「格ゲ」
と即答した。
「は? 今何て?」
「格ゲ。格闘ゲーム」
「本気で言ってるか?」
「うん」
「……」
まさか、学年のアイドル君崎七歌が、格ゲ好きだったなどと、誰が予想できただろうか。
まぁ、彼女の強気な性格を考えれば、納得も出来るが……。
「ちょっと、なに黙ってんのよ。なんか文句あんの?」
「いや、別に。で、それはいいけど、お前何が出来んの?」
「ナイブラ」
ナイブラ。ナイトオブブラッドの略で、原作のアドベンチャーゲームがあり、原作ファンの間で人気の格ゲーだ。
「ふーん。なんかコアだな」
「悪かったわね」
「まぁいいや、じゃぁワンラウンドするか」
◇
ワンラウンド差で、七歌の勝利に終わり、勝者はご満悦の様子だった。
「で、次は何行く? あ、かれんクレーンゲームやりたいって言ってたっけ」
「あ、うん」
「じゃ、クレーンコーナー行こっか」
このゲーセンは市内でも屈指の大きさで、クレーンもかなり充実している。
順番に見て回っていると、かれんが突然立ち止まった。
「あ、これ可愛い」
そう言って指差したのは、熊の癒し系キャラクターが描かれた懐中時計だった。
「あ、確かに可愛いかも」
金色のボディに、控えめにキャラクターが浮き上がっていて、普通に使用していても違和感がなさそうなデザインだった。
「百円じゃ無理だろうし、ここは五百円いちゃおうかな……」
百円で一回、五百円で六回できるので、あきらかに取るのに回数が必要なものは五百円の方がいいのだ。
結局、かれんは五百円玉を投入した。
真剣にボタンを動かす。ただ、狙いの懐中時計はなかなか落ちてくれない。結局六回やっても落ちることは無かった。
「あぁ……」
露骨に残念がるかれん。
「なぁ、雪乃」
「ん?」
「ちょっとどけ」
ここは、俺が一肌脱いでやろうじゃないか。
財布から三百円を取り出して、入り口にいれる。五百円にしなかったのは、あと三回で落とせる自身があったからだ。
一回目──ひっかかるが、持ち上がらない。だが、確実に穴には近づいている。
二回目──こんどは持ち上がって、穴の近くまで来たが、そこで取り落としてしまう。
そして、三回目。もう穴までは目前──
「よし」
屈みこんで懐中時計(戦利品)を取り出す。
「ほら」
そのままかれんに手渡す。
「え……くれるの?」
「そのために取ったんだ」
「本当にいいの?」
「ああ」
と、かれんは懐中時計を受け取って、満面の笑みを浮かべた。
「あ、ありがとう! 御剣くん!」
うわ……めちゃくちゃ喜んでる。
この笑顔がたかが三百円なら安いものである。どうせ親の稼いだ金だし。
「あれ、御剣、なんか妙に優しいじゃない」
と、横で見ていた七歌が冷やかしてくる。
「馬鹿。俺の起源は『優しさ』なんだよ」
そういうと、七歌が耳元で、
「へぇ……本当に優しい人は、女の子の顔を踏みつけたりしないけどね」
と、笑いながら言った。
瑠璃は横目にもう一度、かれんを見る。
かれんは懐中時計を本当に嬉しそうに眺めていた。
◇
ゲーセンで数時間遊んだ後、二人の、ウィンドウショッピングに付き合い、気が付けば辺りは暗くなりかけていた。
「さて……じゃぁ、雪乃はここでお別れだな」
かれんは駅の東、瑠璃と七歌は西側に家がある。
「ええっと、御剣くん、今日はいろいろありがとう! 楽しかった」
「そうか。なら良かった」
そんな風に、満面の笑みを向けられて、瑠璃はまんざらでもなかった。
「七歌も色々ありがとうね」
「ううん」
と、瑠璃は最近この辺りで強姦事件が起きていることを思い出した。
「おい、雪乃。お前の家ここからすぐなんだよな? 最近物騒だから気をつけとけよ?」
「うん。ありがとう、御剣くん。それじゃぁ、二人ともじゃぁね」
「じゃぁね、かれん」
「じゃぁな」
最後にかれんは二人に手を振って、歩いていった。
それを見届けて、瑠璃は七歌に向き直った。
「一つ聞きたいんだけどいい?」
瑠璃はそう切り出した。
「何?」
「今日、なんで俺を誘ったんだ?」
「なんでって、別に深い理由は無いわよ」
「そもそも、俺達あんま仲良いわけでもないのに?」
「いいじゃない。別に」
今日は確かに楽しかった。だけど、そもそも七歌が何故、自分を誘ったのかが分からない。
「ま、別にいいけどな」
それきり、無言のまま帰路を歩く。
「ところで──」
話題に困ったので、前から気になっていた話題を切り出すことにした。
「君崎、お前、姉の名前は君崎麗佳か?」
そう聞いた瞬間、七歌は立ち止まって、表情を硬いものにした。
「……そうだけど」
「あの(・・)君崎麗佳だよな?」
「そうよ」
「ってことは。お前も……魔術師」
夕日が照らす中、二人の魔術師は見つめあう。
「ってことはやっぱり御剣くんも魔術師なんだ」
「魔術師、って名乗れるほど魔術は使えないけどな」
君崎麗佳。
女性のみでありながら、協会の騎士にまでなった魔術師。日本では有名な魔術師だ。そして、目の前にいるのがその妹。
「で、俺に近づいたのは何か理由が?」
「関係ないわ」
「そうか。なら別にいいんだけどな。じゃぁ、俺はこれで」
◇
正直、七歌が魔術師であったことに関して、驚きはなかった。
この街に住んでいて、苗字が『君崎』という時点で、おそらくは君崎麗佳の妹だろうと予測は付いていたからだ。
「ふぅ」
ベッドに倒れこむ。途端に、遊びの疲れで眠くなった。
まどろみのなか、君崎七歌と妹の姿が重なって見えた。