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翌日、土曜日。
「……映画」
昨日の強引な約束。
映画館など何年ぶりか。休みの日に男友達とゲーセン行くことはあっても、映画館だの遊園地だのは無かった。
そもそも男と映画など、それ自体どこか虚しい。
その点では、学年のアイドル二人を引き連れて映画。両手に花である。
あまりに急な話だったので釈然としないが、特に用事もないし、行かなかったら文句言われそうだし。
よく分からないが、まぁ、行くのも悪くないかなと思い出している。
寝巻き代わりのジャージを脱いで私服に着替える。私服を着るのも久しぶりだ。制服から財布を取り出して、中身を確認する。
「三千円か」
もう冷蔵庫も空だし、そろそろ適当に貯金下ろしてくるか。
それにしても……そろそろバイト始めないとまずいかな。貯金も無駄遣いできるほどは残ってないし。
時計を見ると、約束の時間まで二十分を切っている。そろそろまずいなと思い、急ぎ足でアパートを出た。
◇
約束の時間一分前に約束の映画館に着く。入り口には既に七歌とかれんの姿があった。
「あ、御剣くん、おはよう」
最初に声をかけてきたのはかれんだった。淡いピンク色のワンピースに身を包んだその姿は、形容詞「可愛い」の一言で表せる。
「来たのね」
横に居た七歌の挨拶は、なんとも無礼なものだった。
「来たのね、って……。お前が呼んだんだろうが」
七歌は、ワインレッドのシャツにブラックのミニスカートと、シンプルな格好をしている。その格好はどことなく、強気な性格に似合っているような気がした。
「いや、来ないんじゃないかと思ってた」
「おい」
「まぁ、来なかったら、来なかったでお家までお迎えに行ってたけど」
「お前俺の家知らないだろうが」
「学校に聞くわよ」
「んな簡単に教師が教えてくれるわけ無いだろうが」
「弓道部の顧問あたり誘惑すればいけるわよ。あいつ単なる袴フェチの変態だもの」
七歌もかれんも弓道部員だ。学校帰りに、袴姿の二人を見たことがある。正直、二人とも袴姿が似合う。神社に居たら、毎日参拝に行く。
「って、映画のチケット取らなくても良いのか?」
「あ、それもそうね」
踵を返して、館内に入る七歌。それに瑠璃とかれんも続いた。
「で、なんか見たい映画でもあるのか?」
「まぁね、見たい映画は決まってるわ」
「で、何?」
と、七歌はポスターを指出した。
「傷痕2」
バリバリのホラー映画だった。
「帰る」
きっぱり。瑠璃はそう言って、踵を返した。
「ちょ、ちょっと!?」
慌てて、七歌が引き止める。
「悪い。ホラー映画には興味が無い」
「は? あんた何言ってんのよ」
「だから、ホラーには興味ないって。じゃ」
そう言って歩き出そうとすると、がしっと腕を掴まれた。
「待ちなさいよ! 何、ホラー苦手なの!?」
「苦手じゃねぇよ。好きじゃないだけだ」
「あーホラーとか冗談だから!」
「冗談?」
「本当に見たいのはあっち」
と、今流行のファンタジーのポスターを指差した。
「……まぁ、あれなら」
二人に向き直る瑠璃。
「はぁ」
七歌が安堵のため息をつく。
と、その会話を見つめていたかれんが、笑いを漏らした。
「どうした、雪乃」
「いや、御剣くんにも苦手なものがあるんだな、と思って」
「馬鹿。だから苦手なんかじゃ……」
言い返そうとしたとき、七歌が会話を遮った。
「はいはい。それより次の上映まで時間内から。さっさとチケットとポップコーン買わなきゃ」
◇
「あー面白かったー」
そんな感想とともに、七歌が席を立つ。
「てかお前……LLサイズのポップコーン一人で食べきったな。どんだけ食べてんだよ」
瑠璃とかれんは、それぞれSサイズを買ったのだが、七歌だけはLLサイズにチョリソまで付けたのだ。
「う、うるさいわね! 別にいいでしょ。ポップコーン好きなんだから」
「別にいいけどさ……。右でやたら手が動くもんだから、映画に集中できなかったよ」
「……悪かったわね」
と、そっぽを向いてしまう七歌。
何気に怒った顔が可愛い。
「さて──。で、これからどうする?」
と、珍しくかれんが口を開いた。
「あの! 近くにパスタ専門店がオープンしたんだけど、そこでお昼食べない!?」
なんか声が上擦ってる。緊張してるのだろうか……。だとしたら何に? 俺に? やっぱり俺が怖いのだろうか?
「まぁ、いいけど。腹減ってるし。そんならさっさと行こうぜ」