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翌日のHR前。
「あ、あの! 御剣くん!」
登校してすぐ、雪乃かれんに声をかけられた。
「ん?」
かれんは、両手で携帯を握り締めて見つめてくる。
「あの、御剣くん!」
「何?」
「あ……アドレス」
彼女はもじもじしながら、喋り出した。
「アドレス?」
「そう。携帯のアドレスを教えて欲しいの」
「はぁ。でもなんで急に?」
そう聞き返すと、何故か彼女は顔を赤くして、慌てた。
「え、っとその、だって、昨日、連絡して、って言ったじゃない? だから……その、連絡するときに困るかなって……」
ああ。そういえばそんなこと言ったっけか。
「まぁいいけど」
瑠璃も携帯を取り出して、通信モードにする。
「送るぞ」
「うん」
彼女はおずおずと携帯を近づけて来る。すぐに送信完了のアラームが聞こえる。瑠璃はそれが聞こえてすぐ、携帯を引っ込めた。
「じゃ、そういうことで」
そう言うとかれんは慌てて瑠璃を引き止める。
「あ、待って! 私のアドレス送ってない」
「ああ、そういえばそうか」
こっちから連絡することは無いだろうけど、連絡が来たときに誰からか分からなくても困るし、一応もらっておくか。
瑠璃は携帯を、もう一度かれんの携帯に近づける。
「じゃ、送るね」
と、送信が終わると、かれんは笑みを浮かべて「ありがとう!」と弾む声で言って自分の席に戻っていった。
それを呆然と見つめる。
すると、後ろの席の男友達が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。
「オイオイ、御剣。あの雪乃かれんのアドレスゲットですか?」
「あ、そうだな」
瑠璃は特に思うこともなく答える。
「うわー。お前。今、自分がどんだけ幸せな状況が分かってっか?」
「幸せ……ね。俺別に雪乃のこと好きでもなんでもないし」
と、そいつは、何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、お前が好きなのは君崎だもんな」
かれんと話している君崎七歌に視線を向けながら言った。
「は? んでそうなるんだよ」
「バレバレだっつうの。授業中いつも君崎を見てるくせに」
「馬鹿、ちげぇよ」
「まぁまぁ。せっかく席が近いんだし、昼でも誘えってみれば?」
「だからちげぇって」
結局、そんな会話を授業開始まで続けてしまった。
◇
一コマ目は古典。全科目中屈指の睡眠誘発科目だ。
瑠璃は当然、授業に集中するはずもなく、ぼんやりとしていた。
あ、君崎、今日ポニーテールなんだ……。
気が付けば君崎七歌に目線がいっていた。
そのことに気が付き、咄嗟に言い訳じみた思考をめぐらせる。
別に七歌のことが好きというわけではない。ただ単に……。そう、別に彼女のことが好きなのではない。
◇
「ちょっと」
校門を出るとすぐ、また同じ声に呼び止められた。
「……君崎。校門の前に張り付く趣味でもあるのか?」
「馬鹿。んなもん無いわよ」
七歌はすこし苛立たしそうに言い返してきた。
「で、何の用?」
そう聞くと、
「土曜日」
一単語で返ってきた。
「ハイ?」
当然分けが分からないので聞き返す。
「土曜日、暇よね」
「ハ?」
まだ分からない。
「だから、明日はお暇ですか、って聞いてるの!」
声を荒らげる七歌。
「明日? まぁ、暇っちゃ暇だけどさ」
「映画」
「ハイ?」
「あたしとかれんと一緒に映画見に行かない?」
しばらく意味を考える。
あたし、ってのは君崎七歌。
かれん ってのは雪乃かれん。
映画、ってのはムービー。
七歌は言う事は言ったとばかりに、じーっと見つめてくる。
「悪い、いきなり何故?」
「何故って、映画見たいからに決まってるじゃない」
「いや、それで、何で俺が二人と行くの?」
「……嫌なの?」
むすっとしながら尋ねてくる。
「いや、じゃないけど」
「じゃぁ、決まり。十時に駅前の映画館集合。良いわね?」
七歌はそれだけ言うと、また早歩きで去って行った。
それを呆然と見つめる。
「何だったんだ?」
意味が分からない。
突然、映画? それも君崎と雪乃と。
意味が分からない。
そういえば。それはどこかあの日と似ていた。
妹に強引に映画館に誘われたあの日に。