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校舎裏には六人の生徒の姿があった。
三人は男、残りが女だ。全員、いかにもアウトローで、揃いも揃って金髪ピアス。これからイジメします、という顔をした奴らだ。
まぁ、実際そのつもりなのだろうが。
そいつらはそのイジメの対象が来るのを待っている。だけど、そいつはこない。俺がそう仕向けたのだから。
瑠璃は黙ってそいつらの前に姿を現した。
「あ? お前なに?」
男の一人が瑠璃をにらみつける。がたいが良く、いかにも喧嘩慣れしてます、という雰囲気を醸し出しているつもりかもしれないが、瑠璃にとってはただのデブとなんら変わりなかった。
「いや、お前ら、ここでなにしてんのかな」
瑠璃は感情の無い声でそう尋ねた。
「あ? お前には関係ないだろ?」
こいつ、「あ?」とか付ければ怖がるとでも思っているのだろうか。
「いや、ごめん、今の修辞疑問文。って、そんな文法用語、ドロップアウトなお前らには分からないか。答えの要らない疑問文のことだよ」
と、周りにいた奴らもその会話を聞いて、瑠璃に対する怒りを露にしだしていた。「何言ってんだ? お前」
「雪乃なら来ないぜ」
と。
そういった瞬間、男の顔が明らかに変わった。俗に言えばキレた、という奴か。
「あ? ……どういうことだよ?」
「そのまんまだ。雪乃なら、俺の親友と楽しい会話を楽しんでるよ」
不良どもの怒りぱメーターがぐいぐい上昇する。
当然だろう。これから、イジメてやろうと呼び出した雪乃が、来ないといわれているのだから。
と、話していた男が、瑠璃の胸倉を掴んだ。
「てめぇ……どういう意味だ?」
瑠璃はその問いには答えず、話を続けた。
「イジメを止めさせるのに必要なのは、より大きな恐怖。これ俺の持論なんだけどさ」
そういい終わるとともに、胸倉を掴んでいた男の手を引き寄せ、そのままその胸に膝蹴りをいれる。
男が声にならない悲鳴をあげて、倒れこむ。
それを見て、他の奴らが一瞬呆然として、それから二人の男が声を上げて殴りかかってきた。
瑠璃は跳びかかって来た男達に合わせて、跳躍し──その頭上を飛び越える。
「な」
その、魔力が可能にする業に男たちはただ騒然とする。そして、着地とともに、回し蹴りから後ろ回し蹴りを放つ。それで二人の男も地面に倒れこんだ。
喧嘩慣れした男三人が僅か数十秒の間に、それも紙人形でも払うかのようにやられたのを見て、周りにいた女どもは呆然としている。
男の顔を軽く踏みつけながら、その女達を睨む。すると、まるで入浴剤を入れた浴槽の水のように、みるみる青くなっていく。
瑠璃はそんな女の一人に歩み寄り、軽く回し蹴りをいれる。と、途端に女は悲鳴を上げて倒れこんだ。
「な……あんた……女に手を上げるの?」
と、それを見ていた女の一人が、振り絞るように言った。
「それがどうかしたか? お前らがイジメようとしてたのも女だと思うけど?」
そう言って、前蹴りをそういった女胸に食らわす。そして、その厚化粧が施された顔に土のファンデーションを塗るかのよう靴を押し付けた。
「ぁ……ぁ……」
唯一何もされていなかった女が震えの声を上げている。瑠璃は、靴裏で倒れた女の顔を撫でながら、その女に話しかけた。
「今後。誰かをイジメるようなことががあれば……どうなるかは分かるな?」
女はもう気絶寸前といった表情で、泣きながら、何度も何度も頷いた。
それを見て、瑠璃は満足し、女の顔から靴裏を離し、踵を返す。
ことを終えて、脳裏に浮かんだのは妹の泣き顔だった。
◇
校舎裏から出ると、バッタリと雪乃かれんに会った。
おそらくこれからさっきの男達のもとに向かおうとしているのだろう。
「ああ、雪乃」
瑠璃は彼女を引き止める。
「あ、御剣くん」
彼女が少し緊張した声で、呼び返してきた。
「あ、呼び出されてるんだろ? 行かなくて良いぞ」
「……え? どういうこと?」
驚いた表情で聞き返してくる。
「いいから。行かなくていいぞ。それと、これから誰かに何か物隠されたとか、そんなことあったら、俺に言ってくれ」
かれんはポカンとした表情で瑠璃を見つめてくる。
「じゃぁな」
「あ……」
と、かれんは何かを言いかけたが、瑠璃はそのままその場を立ち去った。
◇
「御剣」
校門を潜った瞬間、突然横から呼び止められた。
振り向くと、そこには一人の女生徒。肩に届く髪は自然な茶色で、バンドで前に垂れた髪の一部を束ねている。身長は普通よりちょっと高いかそれくらい、百六十cmといったところだろうか。
「君崎か」
クラスメイトの君崎七歌。
強気な性格とその可愛さから、人気が高く、内気で小動物のような雪乃かれんと対を成している二年のアイドルだ。
「あなた。容赦ないのね」
と、突然そんなことを言ってきた。
「何のことだ?」
「良いわよ。惚けなくて。見てたから」
さっきのことだろうか。
「最近かれんに嫌がらせしてる奴がいるのは知ってたんだけどね。どうしようか迷ってたのよ」
「それで、それがどうかしたのか?」
「いや、本当に容赦ないわね。いくら不良とはいえ、女の子の顔面に靴裏擦り付けるなんて、信じらんないわ」
「信じてもらわなくて結構。で、何が言いたい?」
七歌の意図がつかめず、そう聞き返すと、
「ありがとう」
彼女は顔を少しそらしながら、そんな言葉を口にした。
「──は?」
突然言われたので、そんな風に言ってしまった。
「かれんを助けてくれてありがとう、って言ってるの」
「お前が言うことか? それ」
「あたしがしようとしてたことを、わざわざアナタがしてくれたから」
「……なんか、余計なお世話だ、って聞こえる」
「うるさいわね。それがいいたかっただけ。じゃ」
そう言って、彼女はバックを背負いなおして、早足で立ち去っていった。
そんな後ろ姿を、瑠璃は黙って見つめていた。