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傭兵、異世界に召喚される  作者: 藤咲晃
第六章 騒乱の一日
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6-15.夜の貿易都市

 レヴィ達が休みはじめた頃、スヴェンは星空と外灯の光に照らされた夜の町に一人外出していた。

 南東の遺跡の消滅とフェルシオンの洗脳事件、そしてユーリとリリナに起きた悲劇。

 スヴェンは通行人に紛れながら人々の囁き声に耳を傾ける。


『南東の遺跡が消滅して、気が付けば町中にモンスターが入り込んでた……何者かが守護結界領域の中で召喚したのは明白だけどよ』


『何を目的にしてなのか……いや、それ以上にユーリ様のあの状態を見たか?』


『……見てしまったわ。同時に魔法騎士団が運んだ遺体も』


 一度に起こった事件に困惑した声とユーリとリリナに哀しみ嘆く声が港の至る所で囁かれていた。

 噂の広まりとはいつも速い。特に情報統制を行う組織が居ないなら情報の拡散は防げず、あらゆる情報が噂として住民の間に飛び交う。

 真実と虚言が入り乱れ、捻じ曲がった情報が真実として伝わる。それは魔王アルディアの救出において好都合でしかない。

 例え自身の悪評だけが広まろうとも、レーナに召喚された異界人の誰かに魔王救出が果たされたという結果が広まりさえすれば良いのだ。


『目の前でリリナ様が殺されたからユーリ様は精神崩壊を引き起こした……なんて取材に来てた記者は推測してたけどさ。だけど俺達にあんな命令を出したのは紛れもないリリナ様なんだよな』


『如何してあんな命令を?』


『今となっては真相は闇の中じゃないか? 魔法騎士団が調査してるとは思うけど、リリナ様を殺害した犯人はまだ何処かに居る』


 如何やらリリナが偽者だったという真相はまだ伝わっていないようだ。

 スヴェンは飛び交う噂を背に、酒場の看板に一度足を止めた。

 酒でも飲んで帰ろうかとも思ったが、まだ護衛は継続されている。

 それにアシュナが影から追っている中で酒場に入るのも気が引けた。

 スヴェンは止めた足を再び動かし、人混みに紛れるように港の船着場に足を運ぶ。


 ▽ ▽ ▽


 ファザール運河の北部から吹く風が水面に波紋を広げ、船が波に揺られる。

 スヴェンは縄で固定された積荷に視線を向けては、背後の気配にガンバスターの柄に手を伸ばす。


「誰だ?」


 暗がりの路地に向けて警戒から声をかけると、


「やあスヴェン! そんなに警戒して如何したんだい!」


 ほどよく酔ったヴェイグの姿にスヴェンは後悔を胸に抱く。

 ちょっとした気晴らし。旅行者の真似事をしてみれば会いたくない奴に遭遇した。

 慣れないことはするもんじゃないと自身に言い聞かせ、身を振り返る。


「ちょっと待った! せっかく月も華麗な夜に出会ったんだから多少話をしても良いとは思わないかい?」


 好き好んで月夜の晩に野郎と会話する趣味は無い。そう言いたげな眼差しをヴェイグに向けるも、彼は最初からそんな態度を取られると予想していたのか未開封の酒瓶をちらつかせながら、


「ここは一つ酒に付き合ってくれないかな?」


 そんな提案にスヴェンは少しだけ思案する。

 これもいい機会なのかもしれない。アルセム商会がフェルシオンで行っていた取引、それが何なのか確認しておくのも。


「アンタの奢りなら構わねえよ」


「やはりお前を誘うには酒が一番効果的だったようだね」


 別に酒瓶一つでヴェイグの誘いを簡単に応じたつもりは無いが、一応彼にはアンノウンに対応してもらった借りが有る。

 その借りは酒に付き合うことで一方的に返すつもりだからだ。

 スヴェンは差し出された酒瓶を受け取り、コルクを引き抜く。

 そしてコルクを引き抜いた瞬間、上品な香りが嗅覚を刺激する。


「これはミルディル森林国のパルセン酒造場から仕入れた蜂蜜酒さ」


 産地を答えるヴェイグを他所にスヴェンは、酒瓶に一口付けた。

 スッキリした甘みと飲み口が口の中に広がる。

 スヴェンにとって蜂蜜自体未知の味だが、控えめな甘さは自身の舌に合うのだとはじめて理解した。

 

「スッキリして呑みやすいな」


「仕事の合間、酔わずに酒を嗜むには適しているだろう?」


「確かに気分転換には丁度いいか」


 酒瓶から豪快に蜂蜜酒を呷ると、ヴェイグも気分がいいのか一気に蜂蜜酒を飲み干した。

 如何にも彼の姿がやけ酒に見えて仕方ない。アルコール度数自体はそう高く無いが、それでも量を呑めば酔うのは当然でやけ酒したくなる理由も有るのだろう。


「なにか失敗でもしたか?」


「聴いてくれるのかい?」


「ああ、アンノウンの件に対する礼も含めてになるがな」


「……そこはわたしの商会で何か買い物してくれると嬉しんだけどなぁ」


 そういえば旅に出てからまだまともな買い物をしていない。というのも必要な物は既に荷獣車に備蓄されている。

 改めてアルセム商会から何か買うとなれば足りない物に限られるだろう。

 そこでスヴェンは何が足りないのか頭の片隅で考えては、


「現状旅行に必要なもんは揃ってる。買うとなりゃあ必要なもんが出た時ぐらいか」


「まあ不要な物ほど荷物になるからね……あぁ、それにしてもお前は計画が台無しになった事は有るかい?」


 ヴェイグの問い掛けにアルセム商会の取引が破談したのだと察しながら、スヴェンは頷きながら答える。


「元の世界で何度も経験したが、個人的な計画ってのは成功しようが失敗しようがさほど重要視はしなかったな」


「ふむ、やはり責任を伴う立場との認識の違いか」

 

「そりゃあそうだろうよ。俺とアンタじゃ立場が違う……アンタは大商会の会長だ。計画一つの失敗に課せられるリスクが違い過ぎる」


 スヴェンは蜂蜜酒を呷り、月夜を見上げる。

 満天に輝く星空。ただ視界に映り込むそれだけの輝き、そこになんら感情も湧かない。

 スヴェンは星空に興味を失い再びヴェイグに視線を向ける。


「……お前が薄々察している通り、かねてより進めていた商談が頓挫してしまってね」


 ヴェイグは飲み干した酒瓶を石畳の路地に置き、二本目の蜂蜜酒に手を付けながら落胆していた。

 酒に逃げたくなるほどの失敗。それはヴェイグにとってどんな商談だったのか。


「アンタの計画していた商談ってのは?」


「なに、多額の大枚で購入した商品が期限中に届かなかったのさ」

 

 商品が届かなかった。その点はゴスペルの取引相手と類似する内容だが、スヴェンは顔色を変えず訊ねた。


「そいつはどんな商品だったんだ?」


「ドラセム交響国の楽器さ。お前は異界人だからエルリアの娯楽に付いてあまり詳しくはないだろう?」


 確かに娯楽に詳しくない。むしろエルリアどころかどの国でどんな娯楽が流行っているのかも知らない。

 だからこそヴェイグの指摘通りにスヴェンは相槌を打つ。


「エルリアは確かに魔法技術なら大陸随一さ、だけど娯楽に関してはお世辞にも多いとは言えない。だからアルセム商会は新しい娯楽として楽器を仕入れることにしたのさ」


 他にも娯楽になる物は有るだろうに。スヴェンはなぜ楽器だったのか疑問を浮かべながらヴェイグに耳を傾けた。


「そこであらゆる方面から信頼厚い商会を仲介に仕入れ取引を行ったんだけどね……はぁ〜まさかあの商会が人身売買に手を出しているとは予想外だったよ」


 エルリアに新しい娯楽として楽器を仕入れる筈が、仲介した商会が人身売買に関わっていた。

 世間の信頼も商会としての信頼性も高い商会だからこそ、信頼の裏で悪実に手を染める。それはデウス・ウェポンならよく有る話だ。

 

「人身売買の仲介か。そいつは逮捕されたのか?」


「つい一時間前に魔法騎士団に店ごと包囲されてね……おかげで信用した商会にも悪評が振り撒かれたよ」


 犯罪に関わる商会と取引をしていたアルセム商会をはじめ、数多の商会の信用にダメージを与えた。

 恐らくその結果を間接的に招いたのは、ガーゼル隊長に渡したあの計画書だろう。

 

「そいつは不運だったな」


「あの商会の裏を見抜けなかったわたしにもオチ度は有る……ふむ、だからこそ商会取引は面白いのだがね」


 自身の失敗を面白いと笑みを浮かべていた。

 既に彼の中で一応の決着は付いたようだ。それならこれ以上ヴェイグの愚痴りに付き合う必要もない。

 スヴェンは残りの蜂蜜酒を飲み干し、


「楽しそうでいいじゃねえか」


 それだけ伝えると、ふとヴェイグが何かを考え込むような表情を浮かべ。


「そういえばお前と同行していた三人の美少女。一人はメルリアでも同行していた子なのは分かるが他の二人……特に姫様と似た高貴で他者を魅了してやまない甘美な香りの持主は一体?」


 匂いでレヴィの素性に疑念を抱いたヴェイグにスヴェンは呆れた眼差しを向ける。

 コイツの嗅覚の前では居場所も素性も隠せない。いっそのことファザール運河に沈めてしまった方が安全なのでは?

 ヴェイグをどう始末するか思案しながら、


「さあ? 旅行費の足しとして護衛依頼を請けたが互いの素性は詮索しねえ契約を結んでる。ってか俺が守秘義務を話すとでも?」


 真実混じりの嘘をヴェイグに告げる。


「ふむ……あの香水の香りは貴族のみならず市民にも買える物だったな。わたしの嗅ぎ間違いか? 一人は火と鉄の臭いを隠すように香水を使用してるようだけどね」


 市民でも買える香水、それなら高貴な匂いってなんだ? そんなツッコミが頭の中に浮かぶも自身に浮かぶ鳥肌にグッと飲み込む。

 

「あんま度が過ぎると騎士団に通報されんじゃねえか?」


「……じ、実は何度かね」


 スヴェンは遠くからヴェイグを殺気混じりの凄まじい視線で睨む女性の姿を視認しては、


「……俺はもう帰るが、アンタも夜道には気を付けろよ。特にナイフを握った女にはな」


 一応間接的にヴェイグの商談を潰した手前、忠告だけ残してその場から離れた。

 それから間も無く港の船着場で絶叫と怒声が夜の貿易都市に響くことに。

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