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傭兵、異世界に召喚される  作者: 藤咲晃
第四章 赤子と農村ルーメン
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4-1.残骸の生存者

 スヴェン達を乗せたハリラドンの荷獣車は軽快な足取りで街道を順調に進み、メルリアの守護結界領域を抜けた。

 やがてモンスターの生息地域に入ると、濃密な血の臭いが漂う。

 荷獣車の窓から外を覗き込めば、無残にも破壊された荷獣車とハリラドンとも人とも判別が付かない程に食い散らかされた肉片にスヴェンは眉を歪める。

 あの様子では生存者も絶望的だろう。そう思い、眼を逸らすとーー赤子の泣き声がはっきりとスヴェンの耳に届く。

 

「スヴェンさん! 赤ちゃんの泣き声が!」


 思わぬ生存者の存在にミアが叫ぶ。

 言われずとも聴こえているが、彼女が焦りるのも無理は無いだろう。

 赤子の泣き声が腹を空かせたモンスターを次々呼び寄せる。

 更に間の悪いことに此処はメルリアの守護結界領域に比較的近い場所であり、ルーメンに続く一本道の街道だ。

 こんな場所にモンスターが集えばどうなるのか。想像も難くない。

 

「荷獣車を停めろ。ガキの回収は俺がやる……万が一モンスターが接近した時はハリラドンを走らせろ」


「それは良いけど、スヴェンさんはどうやって戻るつもり?」


 スヴェンはミアの疑問に答えるよりも早く、走る荷馬車から飛び降りる。

 そして疾走する平原を転がり、赤子の泣き声がする荷獣車の残骸付近に駆け出す。

 周囲にモンスターの気配が無いか、細心の注意を払いつつガンバスターを片手に荷獣車の残骸に近付く。

 

「おぎぁ! おぎぁ! おぎぁぁ!」


 残骸に到着すれば赤子の泣き声がスヴェンの耳を打つ。

 泣き声を頼りに残骸を掻き分けると、残骸に下敷きにされた女性の片腕と大事そうに抱え込まれ、血に汚れた宝箱が見つかる。

 力任せに残骸を退かせばーー女性と赤子の姿は無く、その場に片腕と宝箱だけが残されていた。

 恐らく赤子の母親は、助からないと判断して我が子を宝箱に入れ、身を挺して護ったのだろう。

 

 ーー赤子を戦場に置き去りにした連中とは大違いだな。


 過ぎ去った過去と話しにだけ聴かされていた思い出にスヴェンは舌打ちする。

 

「……チッ」


 遠方に見える獰猛なモンスターの姿が見えた。

 幸いこちらにはまだ気が付いて無いが、感傷に浸ってる場合では無い。

 一刻も早く赤子を連れて荷獣車に戻らなければ。

 スヴェンが宝箱を開けると、中身は赤茶色の髪が薄らと生えた赤子と箱一杯に引き詰められた金貨だった。


 ーー大量の金貨か。こいつならガキを一人育て上げるには充分過ぎるだろ。

 

 スヴェンは引き取り先の件を考え、宝箱ごと赤子を抱えた。

 すると赤子は涙に濡れた小さな水色の瞳でこちらをじっと見詰め、


「あぅ〜、あーあ!」


 赤子が笑いながら小さな、まだ手首も出来上がっていない小さな手でスヴェンの服を掴む。

 

「安心したって言いてえのか? ……赤子の考えることは理解できねえ」


 モンスターが近寄って来ない事を確認したスヴェンは、しっかりと宝箱ごと赤子を抱えたままミアが待つ荷獣車に戻った。


 ▽ ▽ ▽


 ハリラドンの手綱を引くミアを他所に、天井裏の部屋から出て来たアシュナが赤子に興味深そうな眼差しを向け、


「お姉ちゃんだよ?」


「むー」


 指を近付けると赤子はアシュナの指を払い除けるように、小さな手を振る。


「お気に召さないようだな」


「スヴェンには懐いてる」


 面倒な事にこの赤子はスヴェンから離れようとしない。

 無理に引き剥がそうとすれば、『大泣きするぞ? いいのか!?』と言わんばかりに泪ぐむのだ。

 グローブ越しに触れてるとはいえ、血に汚れ過ぎた手で赤子を触れ続ける訳にもいかず。

 

「いい迷惑だ。……このガキはルーメンで預けるが、問題はねえな?」


 危険を伴う旅に最初から赤子を連れ回す気はない。

 そもそもこの荷獣車には赤子が食べられる食料はミルク程度しかなく、加えて赤子に必要な日用品、特に替えのオムツなど有りはしない。


「孤児院に預けるのもいいと思う」


「うーん、でもルーメンが引き取ってくれるとは限らないよ? それにあの村には修道院や孤児院なんて施設は無かったと思う」


 アトラス教会が運営する孤児院に預けられれば、それに越したことは無いがーー施設が無ければ引き取り先を捜す他にない。

 戦闘よりも非常に面倒な状況にスヴェンは困り顔を浮かべる。

 元々子供は苦手だった。特に幼少の頃から武器を手に戦場を駆け抜ける少年少女の兵士は。

 

「都合よく引き取り手が見付かればいいが……この金なら文句は言えねえだろう」


「いっそのことスヴェンさんがパパになったら? 贅沢も出来るお金も手に入って一石二鳥だよ」

 

 真剣な声色で語るミアに、スヴェンは肩を竦める。

 

「傭兵に育てられたガキはろくな奴に成長しねえ」


 自分がそうだった。

 デウス・ウェポンの赤子は、生後2ヶ月で立ち上がり言葉を話せるようになる。

 二年もすれば軽量な武器を扱えるまでに成長するのだ。

 そして五歳を迎える頃には既に幾つもの戦場を経験する。

 拾った傭兵団の団長が自身に殺しの術を叩き込み、戦場を連れ回したーーその点と育てられた恩義は有るが、成長したのは人殺し以外に生き方を知らないモンスターだ。

 この赤子が同じ末路を辿るとも限らないが、あの世界では良くある事例の一つ。


「それってスヴェンさんの経験談?」


「ああ、真っ当に成長できる奴はごく僅かだな。こんなガキを外道にしてえか?」


 スヴェンの問いにミアとアシュナは首を横に振る。

 

「決まりだな。ルーメンでコイツの引き取り手捜し、そいつが無理なら……姫さんに相談するしかねえか」


「その方が確実だよね、その子の引き取り手が居なかったら私が姫様に一報入れるよ」


 ルーメンは通り抜けるだけの予定だったが、このまま赤子を連れ回すよりはずっと良いだろう。

 スヴェンは窓の外に視線を向けると、


「この子、名前は?」


 アシュナの疑問にスヴェンは愚かミアも息を呑む。

 名も知らない赤子。それどころか性別も知らない。

 そう思ったスヴェンは赤子のおくるみを調べるーーしかし、おくるみには赤子の名を示す刺繍らしきものも見当たらず。ならばと宝箱の中身を漁れば、親元を示す手掛かりらしい物は何一つ出て来ず、何処の誰の子かも分からない状態だった。

 


「責めてファミリーネームが判れば親族に引き渡せることも出来るんだが……あ?」


「如何したの?」


「いや、こっちの世界はファミリーネームは無えと思ってな」


「えっ? ファミリーネームならちゃんと有るよ。私もアシュナにも……だけど他人に教える訳にはいかない大事な名なんだ」


 デウス・ウェポンでもそんな風習を持つ都市国家が存在していた。だからスヴェンは今更な情報にたいして驚きもせず、隠し名程度の認識を持つ。


「スヴェンさんはちゃんと覚えておいてよ? ファミリーネームを教えるのは忠誠を誓った相手か、将来を誓い合った仲ぐらいだって」


「ああ、覚えておこう。そいつで面倒なトラブルは招きたくねえからな。だが、なぜそんな面倒な風習が有る?」


 フルネームを名乗るのは普通に有ることだ。そう認識していたスヴェンからすれば、ミア達の風習は不思議なものだった。


「えっとね、相手を効率的に最大の効果で呪う時にフルネームを知られてると、血が受け継ぐ記憶の影響で末代まで呪いに侵されるからなんだ。だからエルリアでは呪いから家族を護る為にフルネームを隠すの……他にも伝統的な理由も有るんだけど聴きたい?」


 血が受け継いだ記憶の影響。フルネームを媒介に遺伝子そのものに呪いを与える仕組みなのだろうか?

 

「伝統的な理由……そっちにはあんま興味はねえな。だが、呪いを半減させるためか。そいつは魔法の研究が発展してるエルリアだからこそって訳か」


「そっ。他の国じゃ当たり前にフルネームを名乗ってるから呪いを使用した事件が多発するんだ」


 ミアの説明に理解したスヴェンは、自分は呪いに付いて心配する必要は薄いと判断した。

 元々スヴェンにはファミリーネームが無い。そのため呪いの影響も半減するからだ。

 そして気が付けば赤子は寝ており、


「……まさか俺はこのままなのか?」


 切実に問うと誰も答える者は居なかった。

 その日、スヴェンが赤子から解放されたのはーー野営の時だった。

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