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傭兵、異世界に召喚される  作者: 藤咲晃
第十九章 来客、そして森林へ
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19-6.新しい依頼

 事務室の窓辺に陽の光が差込み黒いハリラドンの鳴き声が響く中、スヴェンは昨晩エリシェから受け取った設計図を片手にちらりと視線を移す。

 対面に座るシャツだけを着たフィルシスに困惑を抱く。

 なぜ我が物顔で自身のシャツを着てソファで寛いでいるのか。

 早速厚かましささえ感じるが、今は依頼に備えてエリシェの設計図に眼を通す方が先だ。

 スヴェンは改めて設計図に目を落とし、ガンバスターの銃口に装着可能な設計とロングバレルの構図に舌を巻く。

 特に眼が行くのは着脱に手間取らせないために刻まれる魔法陣だ。

 エルリア魔法騎士団の騎士甲冑にも正式採用されている遠隔魔法の一種ーーその魔法を早くに知っていればガンバスターに魔法陣を刻み整備製の向上に繋がるが、恐らく細かいパーツが必要なガンバスターに適用は難しいのだろう。

 だからエリシェはガンバスターの設計段階で提案しなかった。


「へぇ、よく分からないけどその魔道具? それでキミの武器は強化されるわけだ」


「単純に射程距離を伸ばすための装備だな。火力自体が向上するわけじゃねえが狙撃には打って付けな代物だ」


「道具を用意するより魔法を覚えた方が速い気もするけどね」


 何食わぬ顔で銃火器の根底、価値を下げる彼女の物言いにスヴェンは渋い顔を浮かべた。

 確かに魔法の中には長距離狙撃魔法も有れば、魔族のリンが使う光属性の魔法も有る。

 光そのものを魔法として放つ性質上、そのほとんどはレーザーだ。


「魔法陣を読み解ける知識はアンタのおかげで身に付いたが……まぁ、魔法に関しちゃあ覚えるべきなんだが」


 索敵や強襲に使える魔法は便利だが、使用にも魔力を消耗する。

 戦闘で絶えず魔力を使う自身にとって魔法に魔力を割く余力が無いのも事実だ。


「魔法は必要だと思った物を習得すれば良いんだよ」


 フィルシスのアドバイスにスヴェンは頷き、再度設計図に眼を向け彼女に告げる。


「そろそろ着替えたら如何だ? ってかいつまで人のシャツ着てんだよ」


「なかなか着心地が良いね。というか無反応で少しショックなんだけど?」


 何に反応しろと言うのか。今更女性のシャツ一枚だけの格好を見せられても何も感じない。むしろシャツを返して欲しいという思いばかりだ。

 それ以前に魔法大国エルリアはスカート類や露出を好まない傾向に有ると思っていたが、違うのだろうか?


「エルリアの女共は露出控えめって印象だったがアンタは違うらしいな」


「あぁ、私も普段はスカートなんて履かないし、こういう格好も人前じゃあはじめてなんだ」


「……あれか? 洗濯中で着替えるインナーがねぇから仕方なくってヤツか」


 フィルシスは恥じらう様子を微塵も見せず屈託のない笑みを浮かべる。


「そっ、騎士団の制服もインナーもそろそろ乾くとは思うけど……姫様がこの状況を見たらどう思うんだろうね?」


「アンタが説教くらって終わりだろ。第一ラウル達もそろそろ降りて来る頃合いだ」


「姫様の説教はこう、色々と響くからね。私も着替えて職務に戻るとするよ」


 我が物顔でソファに座り込む彼女を見ているとつい忘れがちになるが、フィルシスはエルリア魔法騎士団長だ。

 国家の国防、市民と王族の安全を護る組織の長。要職に就く彼女が自由に振る舞う姿を見るとラオ副団長の苦労が浮かぶ。


「ラオのためにもそうしてやれ」


「もちろん騎士団長として全部隊の練度を向上させなきゃね」


 笑顔を浮かべてそう語るフィルシスにスヴェンは眉を歪めた。

 彼女は天然だ。それそこ自身の出来ることは努力次第で誰にでも可能だと思っている節さえ有れば実力差から来る絶望感や挫折を知らない。

 敵に与える影響も大きいが、周囲に与える影響も大きい。しかし、スヴェンにとって挫折した騎士が引退しようが関係ないことだ。

 思考の渦から現実に戻り、設計図を畳んで顔を正面に向ければーー下着姿で騎士団の制服に着替え始めるフィルシスに深いため息が漏れる。


「責めて脱衣所で着替えろよ」


「これでも私は乙女なんだ。流石にそこまで無反応だと傷付くよ」


「勝手に傷付いてろよ」


「弟子は辛辣だなぁ〜」


 手早く制服に着替えたフィルシスは詠唱を唱える。


「『鎧よ我が身に纏え』」


 彼女の詠唱に呼応した騎士甲冑が勝手に動き、フィルシスの身体に装着されていく。

 実際に目の当たりにした遠隔魔法は騎士甲冑の装着まで二秒と掛からず、その実用性の高さに舌を巻く他になかった。


「これは一泊のお礼だよ弟子。またその内に、そうだねキミが姫様の依頼を達成したらまた会おう」


 フィルシスは微笑みがらそれだけ言い残して家から立ち去った。

 そして彼女と入れ替わるようにレヴィとしての装いで現れたレーナを事務室のソファに招く。


「さっそく依頼の話でもするか」


「そうね、これに眼を通して貰えれば速いわ」


 レヴィが差し出した書類にスヴェンは素早く眼を通す。

 ミルディル森林国に正式な方法で入国し、現地に潜伏する邪神教団と不特定多数の野盗の強撃。レーナの入国後、万が一に備えて極秘にレーナの護衛をせよ。

 オルゼア王のサイン付きと提示される報酬金にスヴェンは思案した。


「意外だな、アンタが依頼を出すもんだと思っていたが」


「えぇ、詳細を聴いた時は私が貴方に依頼を出すと提案したのだけど……お父様は今回の件に関しては友人が深く関わっているからと言っていたわ」


「だが本人は公務で追われている身、アンタは代理人として来たわけか」


「それも有るけど、変装してない私とお父様が城下町を歩くだけで注目を浴びるもの」


 その容姿で出歩けば嫌でも注目を浴びる。しかもレーナ本人が職人通りの裏通りに足を運べばなおさら。

 だが、スヴェンはそんな言葉を呑み込み彼女に同意するように頷く。


「まぁ確かにそうだな……で、先行して敵対勢力を叩けってのは傭兵らしくて良いが、万が一の護衛ってのは?」


「そのことに関してなのだけど、私は今回ミルディル森林国のシャルル王子とお見合いすることになっているのよ」


「……そいつは先日ミルディル森林国の兵士ーーいや、騎士が南の国境線で小競り合いを起こしたことと繋がってんのか?」


「えぇ、今回はシャルル王子の婚約者ーーリーシャが邪神教団に誘拐されて仕方なくよ」


 邪神教団の要求に応じた結果、ミルディル森林国がエルリアに攻め込む姿勢を見せたのは明白。

 同時になぜレーナとシャルル王子が見合いをすることになるのかに付いては強い疑問が浮かぶ。


「要人の救出に特殊作戦部隊が動くだろうが、アンタがわざわざ見合いをする必要性は何処に有る?」


「時間稼ぎよ。国内に潜伏している邪神教団の拠点からリーシャを救出するための。それに周辺国や同盟国には既にこの件を内密に伝えて有るから、これは偽りの王族同士のお見合いというのは周知の事実よ」


 王族同士の見合い中にリーシャが救出されれば、その時点で見合いは破綻する。

 何も知らない者達はこう捉えるだろう。シャルル王子は婚約者不在を良いことにレーナに見合いを持ちかけ、彼女もそれを承諾したと。

 実際には両国民の対立を煽る狙いも有るのだろうが、偽りの見合いと周辺国に周知しておけば話は変わる。


「なるほど、王族同士の見合いってのは意味が有るからな。だが予め周知さけておけば二人の経歴を汚すことも無くなるってことか」

 

「シャルル王子とリーシャの名誉も護れるし、それに幸いなことにまだ二人の婚約が破棄されたわけじゃないのよ」


「その辺の事情は知らねえが、まあとにかく俺は邪神教団と野盗を片っ端から強襲すれば良いんだな?」


 片っ端からからと言うが、ミルディル森林国にどれ程の敵対勢力が潜んでいるかは不明だ。

 しかし後から入国するレーナの事を考えれば敵を減らしておくことに越した事はない。


「そうよ、貴方は指定された現地でフィルシス騎士団長が用意した情報屋と合流。その後の行動と判断は一任するわ」


「了解したが、土地勘のねえ場所でアンタの護衛ともなるとちっと骨が折れそうだな」


「私の護衛にはレイ小隊長を中心に4名の騎士と優秀な治療師が付くわ」


 優秀な治療師ーーつまりミアも同行することでレーナとシャルル王子、そしてリーシャの生命の安全は保証されるも同然だ。


「全員で5人ってわけか。……故郷の関係でギクシャクしてる二人ってのは些か不安だが、まぁレイが居るなら心配はねえか。ってか俺が極秘に護衛に就く必要はねえだろ」


「異界人の貴方をミルディル森林国で自由に行動させるための建前よ。その件に関しては……お父様が既にカトルバス森林王から許可を得てるそうよ」


 既に根回しも終えた後となればなおさら今回の依頼を断る理由も無い。

 それにミルディル森林国には既に招かざる客も多数入り込んでいると聴く。

 

「そいつは心強い後盾だな」


 スヴェンは依頼書に受諾のサインを記し、レーナに差し出した。


「あの子達に相談しなくて良いのかしら?」


「ラウル達はガキだ、それに依頼完了まで何日かかるか分かんねえ状況で連れ回す訳にはいかねえだろ。一応アイツらは学生だしな」


 スヴェンはドアの隙間から覗き込むラウル達に視線を向け、立ち聞きしていた三人が不満そうにリビングに姿を現す。


「アニキ、本当に連れてってくれないのか?」


「お兄さん、私とロイは元邪神教団だよ? 連中の潜伏先発見に役に立つよ」


 確かにエルナとロイは異端とはいえ元邪神教団だ。言い変えれば二人の顔は既に割れているということ。

 

「顔が割れている2人を連れて行くだけでリスクが高ぇよ」


「それでもスヴェン、贖罪のために連れて行ってくれ。俺とエルナは過去に決着を付けたいんだ」


 ロイとエルナが邪神教団の拠点で育った過去は変わらない。

 それでも二人、そしてラウルの眼は硬い意志を帯びていた。

 そんな意志の前にスヴェンは悩む。ここで彼らの意志を潰していいものかと。

 だが、理性的な部分が依頼に対する危険性とリスクを訴えかける。

 どうするべきか思案するスヴェンを他所にレーナが一つ提案した。

 

「……3人を連れて行って良いんじゃないかしら」


「おい」


「ラウルの硬貨魔法による防御、それにエルナとロイの邪神教団に対する知識は必要になるわ。穏健派と過激派に別れている連中だけど私達には何方なのか見分けが付かないのよ」


「……全員殺すって訳にもいかねぇしな」


「エルロイ司祭が穏健派だったことは知らなかったけど、他の穏健派の司祭とは面識が有るよ」


「俺も穏健派と過激派の顔はある程度覚えてる」


 敵の敵は味方と言うが、リーシャという要人の身柄を安全に確保するためには穏健派を利用するべきなのは明白だ。

 そもそもミルディル森林国に穏健派が居るか如何かは怪しいが、いずれにせよスヴェンは決断を下す。


「なら休学申請を出して来い。表向きの理由はミルディル森林国で社会見学ってことにしてな」

 

「ありがとうアニキ! それでおれ達もアニキに付いて強襲すれば良いのか?」


「正体を隠しながらな」


 スヴェンはラウルにそれだけ告げ、レーナに問う。


「俺達はいつまでに入国すれば良い?」


「お見合いの開始が9月1日、既に特殊作戦部隊も入国しているけど……土地に馴れるために早めに入国した方が良いわね」


 南の国境に到着する時間も踏まえれば明後日には出発した方が良い。

 エリシェに頼んでいたロングバレルは間に合わないが、それは仕方ないことだ。


「ミルディル森林国の地図は有るか?」


「有るわよ、あの国は大樹を中心に広がる広大な森林地帯だから炎系統の魔法使用は厳禁だけど……それ以上に複雑な土地でも有るわ」


 そう言ってレーナは地図を差し出し、スヴェン達はミルディル森林国の地図と地形に眉を歪め頭を悩ませることになるのだった。

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