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傭兵、異世界に召喚される  作者: 藤咲晃
第一章 異世界テルカ・アトラス
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1-1.閃光の先



 閃光が止み、スヴェンの聴覚と嗅覚がすぐさま違和感を訴える。

 先程まで聴こえていた雨音がせず、鼻で感じていた血と硝煙の臭いが感じられない。

 何だ? 何が起こった? スヴェンは状況に混乱するも、視力の回復と共にゆっくりと眼を開ける。

 出血も手伝って眩暈を覚えるが、真っ先に視界に映り込んだ人物に言葉を失った。

 綺麗なドレスを着こなした長い金髪ーーそれこそきめ細やかで美髪と称される程の美しい金髪だ。

 そしてこちらを真っ直ぐ見詰める純粋で優しささえ感じる碧眼の少女にスヴェンは息を飲む。

 人目を惹きつけるーー正に少し触れれば儚く崩れ去ってしまいそうな可憐な少女が覇王エルデの替わりに眼前に立っていたのだ。

 そして少女の隣で様子を見護る王冠を被った髭面の中年男性の姿も手伝い、スヴェンは警戒心から咄嗟にガンバスターを構え直す。


 警戒のため視線を動かし、即座にその場の情報を頭に叩き込む。

 大理石のような床、奥に見える玉座ーー現代では到底有り得ない歴史の記録に残る建築式。

 少女と中年男性の背後に控えるように佇む、これまた今では過去の遺物と成り果てた甲冑姿の兵士。

 スヴェンの知るどの国家でも採用していない甲冑に眉が歪み、嫌な推測に冷や汗が滲む。

 そして警戒と困惑を宿すスヴェンと同様に動き出す兵士。

 武器を構えたこちらを警戒してか、兵士が剣を引き抜くが少女の静かな制止に剣を納めるーーどうやら向こうには敵意が無いらしい。

 一先ず襲撃される危険性が減り、次に足元に視線を向ける。足元に広がる不可思議な円形の模様にスヴェンは呆気に取られた。

 どうにも自分の住む地域とは相当異なる場所、言語が通じるのかすら怪しい場所だった。そもそも現代なのかすら怪しい場所だ。

 何より足元の存在が異質感を際立たせるには十分な物だ。

 

 ーーなんなんだこの状況は!


 スヴェンの戸惑いを受け、ようやく金髪碧眼の少女がくすりと小さく笑う。


「ようこそ異界人。ここは貴方の世界とは異なるテルカ・アトラスよ……その前に治療が必要のようね」


 理解できる言語で語る少女が片手を挙げると、青髪の少女がスヴェンに駆け寄った。

 スヴェンは青髪の少女に警戒を浮かべるも、彼女は気にした素振りを見せず木製の杖を向け、


「傷付きし哀れな仔羊に、癒しの光を」


 何か呪文めいた言葉を紡ぐと杖が淡い緑色の光を放つ。

 警戒するスヴェンを他所に、緑色の光がたちまち負っていた傷が塞がる!

 不思議な現象だがーーこれは魔法による治療だ。

 理解が及び同時に此処にも魔法文明が在るのだと理解する。


 言語の理解、似た魔法文明の存在にホッとした束の間、一つだけ聞き捨てならない情報に眉が歪む。

 少女は確かに『ようこそ異界人』『テルカ・アトラス』と語った。

 つまり此処はスヴェンが住むデウス・ウェポンではない全く別の場所。

 頭で理解が追い付くがーーなんの冗談だ。スヴェンが少女を三白眼で睨む。

 治療した少女は凄んだスヴェンに驚き、すぐさまその場を離れた。

 内心で礼を言いそびれたと悔やむが、それよりもスヴェンは確認を優先させる。


「治療に付いては礼を言うが、異なる世界だと?」


「えぇ、此処は貴方にとっての異世界よ。魔法に驚かないところを見るに魔法文明は共通して存在してるようだけど」


 確かにスヴェンの住む世界、デウス・ウェポンにも魔法文明は存在している。

 しかしそれは過去の遺物に過ぎず、また魔力は星の中枢から発掘されたが、魔力が星のエネルギーと理解した人類は枯渇の影響を危惧した。

 だから人類はモンスターの脅威を目前にしても、魔力に頼らない技術ーー神に導かれるままに機械文明を開発した。

 スヴェンの世界で使われている機械技術には、多少なりとも魔法技術が取り込まれているが、あくまでも星に影響しない微量程度に過ぎない。

 故に人類が魔法を使わなくなって数千年なのだが……。

 スヴェンに起きた状況とあの閃光、そして足元のソレが魔法陣なら随分と魔法文明に大きな差異が有ると理解する。

 スヴェンは自身の世界における技術の発達と細かな違いを浮かべーー思考するスヴェンを不自然に思ったのか、少女は不思議そうに言った。


「言葉は通じてるわよね?」


 思考から少女に意識を戻す。

 そして思い出す。そういえばまだ問答の途中だったと。


「あぁ、確かに魔法文明はこっちにも在るが今は使われてない」

 

「そう。共通点が有ると説明の手間が省けるわね」


 確かに魔法文明という共通認識はあるが、それでも此処に居る状況に対する理解は難しい。

 それは幾ら経験豊富な傭兵でも理解することは難しいだろう。


「どんな方法で俺がこんな場所に居るのか説明しろ」


 少女に強めに口調を荒らげると、一人の兵士が吠えた。


「姫様になんたる無礼な態度か!」


 ──姫様? つまり目の前に居る少女は王族で、隣で傍観してる中年は国王ってところか?

 

 スヴェンにほんのりと冷や汗が滲む。

 王家の人間に対する無礼な態度は、極刑されてもおかしくないことだからだ。

 例えそれがデウス・ウェポンでは過去の遺物であろうとも冷や汗が頬を伝う。

 仮に兵士を向けられたとしても抵抗する意志があるが、それでは現状把握が困難になる。

 何よりもエルデとの一戦を終えた後に一国の軍隊とやり合う気力はおろか装備も無い。

 だからこそスヴェンは膝を折り、姫に頭を下げた。


「教養の無い野蛮人ゆえに無礼な態度を取って失礼した」


「構わないわ。召喚魔法で貴方を呼んだのは私ですもの、むしろ罵詈雑言を向けられるのも当然よ」


 姫にスヴェンは頭を上げ、立ち上がる。

 罵詈雑言を受けるなら話は早い。


「ならすぐに俺を元の世界に帰せ、こっちは仕事の最中だったんでな」


 あの時は一瞬でも迷ってしまったが、不可思議な状況が挟み込まれた今ーースヴェンの迷いは晴れていた。

 しかし、いま戻ったところでエルデはもうあの場所には居ないだろう。

 また彼女と一戦やり合うのは、正直言って手札が割れてる状態のため勝ち目も無い。

 何よりも武装の大半を消耗し、残りの銃弾も三発となればなおさら。

 それでも傭兵として一度請けた仕事は最後まで全うしなければならない。

 それがスヴェンに自ら課した戒めだ。

 戒めとどんな言葉で取り繕うとも外道の行動に過ぎないが……。

 内心で外道は所詮外道だと浮かべーーなぜか姫が罪悪感に満ちた表情を浮かべた。

 なぜ召喚した本人が罪悪感に苛まれるのか。


「そう……残念だけど貴方の召喚時に私は魔力を三年分消耗しちゃってね、返還魔法の使用は三年後になるわ」


「他に方法は?」


「召喚された者は召喚者の意志でしか返還できないのよ」


「アンタを殺せばどうなる?」


「物騒ね。だけど、私が死亡したら貴方は元の世界に帰ることはおろか存在も消えてしまうわ。謂わば私は貴方をこの世界に繋ぎ止める鎖のようなものよ」


 何から何まで術者に都合の良い魔法だな。

 スヴェンは内心で皮肉を浮かべるが、三年待てば帰れることが分かっただけでも儲けだ。

 尤も三年も有ればエルデは世界を統一できるだろうが……。

 そもそもわざわざ少女が異世界の人間を召喚する理由は何だ?

 スヴェンは今更ながらの疑問を問いかけた。


「俺をわざわざ召喚した理由は?」


「異界人の貴方にやってほしいことがあってね」


 異世界からわざわざ召喚する程の理由、それは自分の想像にも及ばない余程の理由なのだろうか?

 

「傭兵の俺に? 生憎と俺は金の為なら戦争すらやる外道だぞ」


「それはある意味で都合が良いわね……貴方には魔王救出を依頼したいのよ」


 姫の語る依頼内容に傭兵のスヴェンは絶句した。

 何処の世界に魔王と呼ばれる存在を、あろうことか救出を願う者が居るのだろうか?

 魔王とは時に世界を滅ぼしたりとかする物語の存在だ。

 いや、此処が異世界なら常識も通用しないのかもしれない。

 スヴェンが口を開きかけた時ーーぐらりと視界が歪む。

 戦闘の疲労は元より血を流し過ぎたと理解した時には、スヴェンの身体が硬い床に倒れた。



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