ねぇ、私の話を聞いて?
7月の連休に私の車の調子が悪くなり、旦那にも相談していつもお願いしている車屋に持っていくと、修理に2週間ほどかかると言われてしまった。私が独身の時に購入したから、かれこれ10年以上乗っていた軽だし、車検はまだ問題ないようだけど最近になって調子が悪くなることが増えたから修理に時間がかかるのは仕方ない。
最近は、下の子が2歳というのもあって私はまだ仕事をしていないし、子どもの習い事の送迎くらいにしか使っていなかった。それでも、ないと不便な土地柄というのもあり、私の車は代車を借りる形で入院することになった。
その場で用意された代車は、元々乗っていた軽と種類は違うものの内の広さはほぼ変わらず、スライドドアだったのもあり特に不便もなかった。ただ、何か不満をあげるならカーナビではなくCDが聞けるカーラジオだったことかな。上の子が乗っているとき、好きな音楽を流すだけでは退屈そうにしているので、古くてもいいからDVDの再生ができるものだと良かったのに。
「愛菜〜、トイレまだ〜?」
「トイレもう少し〜!」
今日も、幼稚園の後に一旦お着替えしてからピアノ教室に向かう。制服のままでもいいと言われているけど、5歳とはいえ女の子。幼稚園での動きやすさ重視の服装ではなく、可愛い服に着替えたいとのことでいつも家に寄ってから習い事に向かっている。
着替えてから、出かける前のトイレを済ませて車に乗るようにしているのだが、これがまた時間がかかる事が多い。今日は時間的にはまだ間に合うのだけど、愛菜が不安にならないよう合図も兼ねて声をかける。
今の返事だと、もう少しで出てきそうかな?靴を履いてから、2歳になる息子の悠太を抱っこして玄関の鍵をあけておく。トイレは玄関の横というのもあって、ほんの数秒で出てきた愛菜が「これでバッチリ!」と靴を履いて外へ出ていく。
「じゃあ、車はママが開けるから少し待っててね」
「は〜い!」
家に鍵をかけて車に移動すると、愛菜はきちんと車の後部座席のドアの前で待っていた。スライドドアとはいえ、何かあっては困るのでドアを開けるのは私か旦那だという約束を守っている。とっても素直でかわいい。
先に悠太をチャイルドシートに乗せてから、座席に座ってシートベルトを自分でつけた愛菜のと一緒に、もう一回安全確認。愛菜は、本当はもうお姉さんだからって私が確認するのが嫌みたいなんだけど、これだけは心配だから私が最終確認しちゃうんだよね。信用していないわけではないし、過保護だとか親バカと言われようとも、小学校上がるまでは自分の目で確認しないと不安になってしまうから仕方ない。
「じゃあ、車動きま〜す!忘れ物はないかな〜?」
「ないで〜す!ママ、今日は何の音楽かけるの〜?」
「今日は愛菜が好きな『ドラマジ』の歌にしました〜!」
「わーい!じゃあ歌ってもいい?」
「もちろん!着くまでは車でカラオケ大会だよ〜」
愛菜は早速ニコニコ笑いながら、CDから流れる曲に合わせて揺れながら歌っている。CD再生機能しかついていないカーラジオでも、何度も聞いて暗記しているからか、愛菜は間違えることなくノリノリで歌っている。
日曜日の朝に入っている『ドラマジ』は『ドラゴン⭐︎マジック』という、変身した女の子たちが現実に迷い込んだドラゴンを元の世界に戻すという話がメインのアニメだ。敵として出てくるドラゴンも、実際にいた恐竜がベースではないため可愛い感じに描かれている。というのも、歴史に出てくる偉人たちのペットとして飼われていたという設定の動物達が、飼い主である偉人たちを助けてもらおうと現実に迷い込んでまったという設定なのだ。つまり、元の世界に戻すにはそのドラゴンの飼い主を助けなくてはならないので、アレンジされてはいるものの若干歴史が学べるので、教育的にも良いと評価が高い作品だ。
途中から私も一緒に歌いながら移動すると、あっという間にピアノ教室に着いてしまう。個人で営んでいるピアノ教室は先生の自宅で行っているのもあって、車は玄関前に3台ほどしか停められない。先生の車が常に1台停まっているのもあって、私は停めっぱなしにするのを遠慮している。他のお母さんも同じ考えのようで、教室での様子を見学したい場合や体験とかで子どもと一緒に見ていたい場合は、事前に先生に車を置きっぱなしにしてもいいか確認をしていると話していた。
着いたとはいえ、車から降りる時も車のドアを開けるのは大人だと伝えてあるので、愛菜が勝手に降りることはない。すぐ車を移動することもあって、エンジンはかけっぱなしにしているから『ドラマジ』の曲に合わせて鼻歌を歌いながらシートベルトを自分で外して待っている。
後部座席のドアを開けると、車内カラオケ状態だったのに悠太はぐっすり眠ってしまっている。これだと愛菜を見送るために抱っこするとぐずってしまうかもしれない。そう思いながらも1人きりにはできないので、悠太を抱っこしようとしたタイミングで入り口から先生が出てきた。
先生が「干してた洗濯物が風に飛ばされちゃって」と言いながら視線を向けたところには、白地に赤で大きく十字に模様が入ったハンカチが落ちていた。おしゃれな先生が持っているものにしてはシンプルなハンカチで、少し気になったのが先生にも伝わったのか「これ、貰い物なの」と照れながら拾っていた。
そのまま愛菜は先生と中に入るとのことで見送り、悠太を車から下ろすことなく私はまた運転席に戻る事にした。バックミラーで確認しても、むにゃむにゃしながら爆睡しているのがわかったので軽くドライブをしてから買い物に行く事にした。
そうと決まれば再生していたCDを取り出してラジオを流す。実は、代車になってから久しぶりに聴いたラジオに気になるコーナーがあってそれを楽しみにしているのだ。私が車に乗るのが愛菜の習い事の時間ばかりというのもあってか、大体ラジオをつけるとそのコーナーが聞けるので車の修理が終わるまでの楽しみにしている。
時間としては15分くらいのそのコーナーは、今日はもう終わってはいないだろうか。そう思いながらも車を走らせると、いつものお姉さんの声で楽しみにしていたコーナーのタイトルコールがされた。
『皆さん、お待たせいたしました。私、音無公江がお送りする「ねぇ、私の話を聞いて?」のコーナーです。今日も皆さんから届いた、ご家庭でのトラブルや相談に私がお答えしていきますね』
今の言葉でわかってしまったかもしれないが、楽しみにしていたのは家の問題について相談に乗ってくれるというコーナーだ。
あ。勘違いしないで欲しいのだが、別に私は今の生活に不満や不便を感じたりはしていない。それなのに何故このコーナーを楽しみにしているのかというと、この女性パーソナリティの声がとっても好きなのだ。内容も、聴けば聴くほどほど辛くなるようなものが多いのだが、この方の声……いや、声だけではなく話し方もあってか、本当に自分の身に起こったかのように親身になって話をしているのだ。
実際、話し手の技術って大事だと思う。ラジオって視覚の情報がないから、言葉として受けた情報だけで聴き手側は理解しないといけないでしょ?私が最初に「カーナビがついていれば」と思ったのだって、視覚からの情報の方が幼い愛菜や悠太にも飽きずにいてもらえるというのが大きかったのよ。
それが、この公江さんが話すとその情景が頭に浮かぶというか、本当に伝えるのが上手い人って言葉だけで映像まで流れてくるものなんだと思ったの。だから私は、このコーナーを聴ける日には聴くようにしている。そうしているうちに彼女のファンになっちゃったわけです。
『今日は「大病を患っていたが良くなって退院しました。すると、入院中は良く見舞いに来てくれた嫁から“昔は死ぬ病気だったのになんで死ななかったんですか?”と言われてしまいました。医療が進んで、死ぬはずだった私が生き残ったことで煩わしいと、または遺産をもらうのが伸びたと思ったのでしょうか?病気が治り死ななかったことで、嫁の本音がわかってしまい苦しいです」という相談です。……これは、そのお嫁さんが悪意があって言ったのか、介護疲れによる精神的に不安定な状態で言ったのかで話が違ってくるかもしれませんね』
公江さんは、いつも相談内容をそのまま受け止めるのではなく、いろんな視点から考えた答えを出してくれる。今回も相談内容だけを見るとやっぱり残酷で、私としては「死ねばよかったってこと!財産目当てで息子と結婚したのかっ!」って怒りそうなものなのに、相手の精神状態まで考えている。
相談した側は、もしかしたら私と同じように相手を怒って欲しいだけかもしれない。でも、そうじゃなくて色んな視点に立つことでその情景が浮かんでくる気がする。
確かに、ラジオに送るような短い文章に全てが書かれているわけではないけど、逆にいうと今回残酷な言葉を言ったお嫁さんの言葉だって、間が端折られている可能性だってある。事実だけを淡々と書いているつもりでも、主観が入ってしまうのは誰だってある事だし仕方のないことだ。
勿論「本当に悪意があっての言葉なら、お嫁さんは病み上がりの相談者に対して生きる活力を奪おうとしている」と、公江さんは言葉を続けている。そんな感じで、お互いのいろんな状況を踏まえて話す公江さんの言葉には「あぁ、そういう考え方もあるのか」と思わされることが多いのだ。
たかがラジオの15分程度のコーナーに、そんなことまで求めないって人もいるだろう。でも、私としては考えさせられるというか、テレビやネットのように不特定多数に対しての番組ではなく、個に対しての番組っぽいのが良いなって思う。全然ラジオを聴くことがなくなっていたけど、今回車の修理に出して公江さんに出会えたことは、私にとってはかなりプラスなことだった。
『どちらにしても、最初に相談者さんがその言葉を受け止めた時に感じた気持ちは、今後も頭から消えないと思います。それでも、マイナスな気持ちよりも、少しでもプラスな意味の言葉であったのではないかと思うことで、お嫁さんとの関係がとれるならその方がいいと思います。相手はおそらく相談者さんよりもお若いのでしょうし、自分の方が大人な考え方で対応してみるのも、大好きな息子さんやお孫さんのためであると切り替えてみてはどうでしょう?大丈夫、後もう少しですよ』
あ、今言った「大丈夫、後もう少しですよ」って言葉は、公江さんが相談者へ最後に必ず伝える言葉だ。どんな内容の相談であっても使われるこの言葉は、今までずっと我慢していた相談者に「1人で抱え込まないで相談できたのだから、もう少し頑張ろう」という励みになっているのだろう。
でも、最近この言葉が少しだけ怖くも感じる。だって「後少し我慢すれば、元凶はいなくなるから」って意味にも取れるでしょ?公江さんに限ってそんな意味であるはずはないんだけど、一度そうかもと思ってしまったらなんとなく怖くなる。まあ、相談者の元凶かいなくなるなんてわかるはずがないから違うのはわかっているんだけどね。
『それでは今日の「ねぇ、私の話を聞いて?」のコーナーはこれで終わりになります。それと、皆さんに報告があります。急な報告になりますが、明日でこの「ねぇ、私の話を聞いて?」のコーナーは終了する事になりました』
「えぇーーーーーっ!!」
思わず大声を出してしまって、途中聞き取れなかったのだが、なんでも公江さん自身の体調の面で終わってしまうようだ。今までラジオを聴いていなかった自分が悪いのだが、穏やかで包み込んでくれるような公江さんの声をもっと聴いていたかった。
でも、そういえば車の修理も明日には終わると連絡があったので、この古いオーディオの代車ともお別れだったはずだ。タイミングが良かったと思うべきか、今後もラジオを聴くという機会がなくなったと思うべきかわからないけど、とりあえず明日は公江さんの声が聞けるのだから聴き納めをしよう。
◆ ◇ ◆ ◇
翌日、同じように愛菜を習い事に連れて行く。今日は幼稚園のお友達と一緒に決めたダンスの日だ。最初、習い事を毎日のように入れるのはどうかと家族で話し合ったのだが、旦那は「本人がやりたいと言うものは、とりあえずやってみても良いんじゃないか?」とのことで、月曜日以外の平日は全て埋まってしまっている。
本人も今の所は全て楽しいようだし、今はまだ幼稚園だからか遅い時間帯のものがないのもあってヘトヘトになるようなことはない。遅くても17時には家に着くように習い事の時間も調整しているし、今のところ私も仕事をしていないので、送迎についても問題がない。
なかなか休みの取れない旦那は、発表会とかはできるだけ参加したいようだけど、いわゆる自営業みたいなものなので、義父だけではどうにもならない時もある。でも、可能な限り休みももらえているし、その休日はゆっくり休むよりも愛菜と悠太との時間を大切にしてくれるし2人も旦那が大好きだ。
いつも通り幼稚園の後に一旦家に帰り、着替えてから昨日よりも早い時間にダンススクールへ向かう。ピアノ教室とは違って地元でもそれなりに大きなダンススクールは、家から距離があるだけではなく、始まる時間も他の習い事より若干早い。でも、大きいだけあって駐車場もその分広いので、よくママ友と駐車場でおしゃべりしたり、近くのファミレスあたりで待ったりすることが多い。
ダンススクールの方針か何かで、レッスン前に行う準備運動は勿論のこと、終わった後の簡単な掃除もしているため「立つ鳥跡を濁さず」精神も育まれている。しかもレッスンが1時間で、その時間内で行うとレッスン自体の時間が減るからということで、準備運動も掃除もレッスン外の時間で行われているのだ。幼稚園児には酷だという親もいるけど「自分が使ったものは自分で片付けましょう」という考え方は、幼稚園でもしていることだし私としては大賛成だ。なので、ダンスの日は大体1時間半ほど時間が開くので、ママ友達とのお茶会には丁度いいのだ。
でも、今日に限ってはそのお茶会もママ友達と合わず、真っ直ぐ車に戻ってきた。タイミングが良かったと言っては失礼かもしれないけど、今日で聴けなくなってしまう公江さんのラジオを気兼ねなく優先できる事にホッとしている。
時間的には、公江さんのコーナーが始まるまで後20分ちょっとだろうか。昨日より早くスクールに着いたのもあって少しだけ時間が半端になってしまったようだ。悠太を乗せてからエンジンをかけ、車を動かそうとしたタイミングで電話が入った。
着信を見ると修理をお願いしている車屋さんで、内容はいつ頃取りにくるのかというものだった。昨日の電話の時に取りに行く時間を伝えたと思っていたのだが、私が言い忘れたのか相手がメモをし忘れていたのか把握できていなかったため電話をくれたとのことだった。公江さんのラジオを聴きたいし、愛菜のお迎えに遅れるくらいなら終わってからにしようと思い、余裕を持って17時すぎに伺うと伝えた。
車屋さんとの電話を切ると、またすぐに着信が入る。こんなに頻繁に電話なんて普段かかってこないのに、と思いつつ確認すると相手は義母だったのですぐに電話に出た。
「もしもし、お義母さん?」
「あぁ、里美さん?急に電話してごめんなさいね。今、電話大丈夫かしら?」
「はい。丁度、愛菜を送ったところだったので大丈夫です。何かありましたか?」
「何かあったというか、私の伯母さんで智子おばさんいるでしょ?春樹とも仲が良くて、親戚で集まるとよく話をしているんだけど、さっき電話があったのよね」
お義母さんの話に出てきた春樹というのは、お義母さんの息子……愛菜が生まれてからは、もっぱらパパ呼びとなっている私の旦那の名前である。智子おばさんは、お義母さんの親戚の中でも付き合いの深い人だ。
お義母さんの実家は、智子おばさんだけではなく親戚一同仲がいいので、連休があると従兄弟同士や孫同士で良く集まる仲だったそうだ。というか、今でもたまに我が家も含めて遊びに行ったりしている。そんな中、歳が離れてはいるがパパと智子おばさんは特に仲が良くて、実のお爺ちゃんお婆ちゃんの家に行く頻度に負けないくらい遊びに行っている。
家系図としては、智子おばさんの旦那さんとお義母さんのお父さんが兄弟なので、私からすると義理の大伯父の奥様が智子おばさんという事になる。確か、人との縁を大切にする人で、パパは「小さい頃はうちには、お爺ちゃんが2人とお婆ちゃんが3人いると思っていた」というくらい、大伯父とお爺ちゃんは仲がいいのだと話していた。
ちなみに、お爺ちゃんの兄弟は4人でお爺ちゃんが末っ子。智子おばさんの旦那さんである大伯父が次男だと聞いている。あと、長女にあたる大伯母が私と旦那が結婚する少し前に病気で亡くなったみたいで、その大伯母とも仲が良く「長く生きられないと言われた病気だったけど、70過ぎまで生きたんだ。信条も素晴らしく尊敬できる姉だ」とお爺ちゃんから聞いた事があると話していた。パパ自身もよく遊んでもらったようで、朗らかで運動もできる人だったから、持病があるだなんて思ってもいなかったと話していた。
お爺ちゃん自身も、不慮の事故で片目を失ってから辛い経験もしていたからか、病気や怪我によるハンデをものともしない姉を本当に尊敬していたようだ。でも、4人兄弟だから他に長男がいるはずなんだけど、旦那は勿論、お義母さんも話題に出さないのでその人のことを詳しくは知らない。
「電話って……え?まさか、智子おばさん……」
「あらやだ。歳を考えたら、確かにそろそろお迎えが来てもって思うかもしれないけど、今年も庭に畑作るくらい元気みたいよ。そうね〜、体調の面じゃなくてメンタルというかスピリチュアルというか……。里美さんは、そういう感じのこと春樹から何か聞いてない?」
「スピリチュアルというと、お義父さんにはなかった霊感がパパにはあるというのは聞いたことありますね。そういう感じのスピリチュアルですか?それとも占い的な方のスピリチュアルですかね?」
「霊感的な方よ。里美さんは、そういう目に見えないものが見えるとか、第六感を感じるという人に対して偏見はない?」
「ないですね。私自身見えないんですが、見えなくてもいると信じた方がいろんな世界が広がるかなって思ってます。それに、パパも怖いものに対しては何もいいませんが、たまに座敷童子みたいな怖さを感じさせないようなものに対しては、結婚する前から『そこにいるよ〜』って教えてもらっていたのも影響してるかもしれません。……もしかして、智子おばさんもそういうのが見える人で、何か気になることがあったんですか?」
「そうなのよ。今まで智子おばさんにそういうのがあるって話してこなかったから、突然何言い出したんだって思われるかな〜って心配だったけど大丈夫そうね。それで急なんだけど、都合が合うようなら智子おばさんが今からうちに来るって言うのよ。もし時間があるならうちに来れないかしら?」
お義母さんの家は、うちから近いところにある。というより、お義父さんの仕事の後継として旦那が働いているのもあり、あえて義実家の近くに住んでいるのだが、智子おばさんが住んでいる家も割と近いのだ。
元々智子おばさんは、お爺ちゃんの実家と同じ市に住んでいたのだが、智子おばさんの長女が嫁いだのがうちの近くの病院の息子さんで、今はその病院の近くに娘さん家族との二世帯住宅を建てて住んでいる。相手やその親とかに一緒に住むことを反対されなかったのかと思われがちだけど、まさかの相手の母親が智子おばさんと昔、同じ職場で働いていた人だったみたいで、結婚の挨拶の時に顔を見てお互いびっくりしたんだそうだ。世間は狭い……というか、そういう縁があったってことなんだと思う。
そう。私の智子おばさんに対する印象は、霊感云々を知らなかったのもあるけど「人との縁を大切にする人」というイメージが強い。パパと結婚する事になって、初めてお会いした時も「春樹も、素敵な縁を結んだんだね」と、笑顔で祝福してくれたのだ。
パパと結婚するにあたって、式に親しい親戚を呼ぶ事になったのだが、なんとパパの親戚は総勢40人を超えていた。実際、親しい関係の親族だけという話を何度もしたのだが「人との縁を大切に」というお義母さんの方の親族は、本当にみんな親しいのだ。
結婚してから実感したのだが、さっきも言ったようにみんなが家族と言う感じで、私は今では素敵だと思っている。結婚する前は、ここまで家族仲がいいと除け者にされないか不安もあったけど、考え過ぎていたなって感じ。あ、話が逸れた。当時は多少の不満もあったけど、結局全員を招待して式を挙げた。
代わりに、お義父さんの方はそこまで呼ぶ親族はいないとのことで40人ほどで落ち着いたのだが、そうじゃなかったら50人を超えていたかもしれない。そういえば、結婚式にもお爺ちゃんの兄弟である長男さんは来ていなかった。もしかしたら、もうだいぶ前に亡くなっていて話題に出ないのかもしれない。
さっきの話に戻るけど、智子おばさん夫婦は最初、長男の所から同居を誘われていたそうだが、嫁姑問題が起きても悲しいということで断ったそうだ。実際は、嫁姑問題が起こる気配もないくらい仲がいいと話していたので、もしも長男と一緒に住んでいたらそれはそれでまた違った縁を結んでいたのかなと思う。
そんな霊感どころか、生きてる人との縁まで引き寄せるタイプの智子おばさんが、気になることがあったからとお義母さんの家まで来るなんて、一体何が見えてしまったのやら。私自身には霊感とかはないけれど、見えたものが良いことであればと咄嗟に祈ってしまった。
時間的に問題ないことを伝えて、ようやく車を動かす。愛菜の習っているダンススクールは、悲しいことに家からは若干距離があり、ここからお義母さんの家に着くまでに15分ほどかかってしまう。勿論、お義母さんにも到着時間は伝えており、智子おばさんが来るのもそれくらいにしてもらうとのことだった。
ただ、残念なのは時間的にお義母さんの家に着く頃に公江さんのラジオが始まるから、今日は聴けなさそうということくらいだ。
◆ ◇ ◆ ◇
案の定、義実家に着くまでに公江さんのコーナーは始まらず、最後のラジオは聞けないまま終わってしまいそうだ。でも、智子おばさんの件も気になるし仕方ない。
悠太を車からおろしてインターフォンを押すと、すぐにお義母さんが出てきて中に案内された。車の中で、うとうとしていたのもあってか悠太はそのままお昼寝してしまったので、お義母さんにタオルケットを用意してもらって、みんながいるリビングで寝かせる事にした。
みんなというのは勿論、智子おばさんも先についていたのでお義母さんと私を含めて3人の事だ。でも、何か見えてしまったような話だったのに、智子おばさんは悠太に「おねんねしちゃったんだね〜」と声をかけながら笑顔を向けていた。これは、見えたもの自体が悪いものではなかったって感じかな?
そう考えているうちに、お義母さんが台所から私の分の飲み物を持ってきた所で話が始まった。
「里美さん、突然呼んだりしてごめんね。実は今日ね、私のお婆ちゃんと伯母さんの命日で法事をしたのよ。最近じゃあ法事も13回忌まできたら近しい親戚だけで集まるっていうし、春樹にとって叔母さんはお爺ちゃんの兄弟って関係だから法事のことは話していなかったの」
「そうだったんですね、すみません。7回忌に呼ばれた記憶はあったんですが、日にちまできちんと覚えていなくて。でも、確かにその時大お婆ちゃんもその何十年も前の同じ日に亡くなったとは聞いていた気がします」
「いいのよ。春樹だって命日は覚えているだろうけど、大お婆ちゃんと大伯母さんの法事に案内ももらっていないのに行きたいなんて言わないわよ。でも、大伯母の兄弟も1番年下の私のお父さんまで80歳を過ぎたからね。今後の法事はどうするかなぁ〜って思っていたから、最後にみんな呼んでもよかったかもって話してたの」
「それで私だけでも出席ってことで、呼ばれたってことですか?」
「あぁ、違うのよ。私って話が逸れてほんとダメね。そうだ、智子おばさんから話してもらってもいい?」
お義母さんは、悠太や私を見ているだけで会話に入っていなかった智子おばさんに「さっきの話の件、ちょっと気になるし」と言った。智子おばさんは頷いた後、一呼吸置いてから話し始めた。
「里美ちゃんは、私がほとんどの人が見えないものが見えるというのは、もう聞いているのよね?それなら結論から言うんだけど、法事中にお義母さんとお義姉さんが帰ってきたのよ。今までもたまに2人は戻ってくることが多かったんだけど、特に悪い感じもなく『みんなで集まっているから来ちゃった〜』って感じだったわ。まあ、お義母さんは心残りもあるだろうけど、残された側の心残りの方で引っ張られている感じが強かったのかしらね。それが『ようやく終わるわ』って2人で話していてね。何となく気になって、いつもは聞くだけにしているんだけど話し掛けてしまったの。何が終わるんですかって」
そこまで話した所で、智子おばさんはお義母さんを見る。お義母さんはスマートフォンをいじっていたので、それを注意されるのかなと思ったのだが、智子おばさんの視線に気がつくと首を横に振っていたので何かを探しているようだ。
何を探しているのかわからないけど、さっきの話で思い出したことがある。お爺ちゃんから、尊敬できる姉と母親が同じ命日だと聞いた時、智子おばさんもその場にいて旦那と何か話していたはずだ。みんなでワイワイ話すような内容ではなかったのか、2人でヒソヒソと真面目な顔をして話していて何となく気になったんだ。
でも、それを思い出した所で今からその時の話をされる感じではない。しかも、さっきのお義母さんの反応で智子おばさんは話を続ける事にしたのか私に向き直った。お義母さんが何を探しているのか今は聞かずに話を聞いて欲しいと言う事だろう。私は智子おばさんに一度頷いて、話を促した。
「2人は、いつもは聞く事に徹する私が話しかけたからか、意外だって表情になったわ。でも、今までの経緯も知っていて2人のことが見える私だからって教えてくれたの。教えてくれたのはお義姉さんで『ようやく復讐が終わるのよ』って笑顔で言っていたわ。それで、よくよく考えてみたの。そしたら、亡くなった日にちはバラバラなんだけど、みんなお義母さんが亡くなってから12年毎に亡くなっていたのよ。たった1回、長男の嫁の事故があった年以外はね」
「すみません。話を折るようで申し訳ないんですが、みんなって言うのは誰々のことですか?それに復讐って……何かされていたってことですか?」
「そうね。……この話は流石にあまりいい話じゃないから、孫世代にはあまり話していなかったのよね。本当は、子ども達にも知らせたくない気持ちが大きかったんだけど、あの頃はまだあの人達とも多少の関わりがあったから、どうしても聞いてしまった子もいたのよね。莉子ちゃんも、偶然あの会話を聞いてしまったのよね?」
「あ〜、話を聞いたのは偶然だったけど、何となく気になることが多かったからね。逆に、そう言うことだったんだとわかってスッキリした感じでしたよ?」
「えぇっ、一体何があったんですか?……もしかして、内容は教えてくれない感じですか?」
「ごめんなさい、そう言うつもりじゃないの。それに、今回里美ちゃんを呼んでもらった事に関わるから話しないとってわかっているんだけど、あまり聞いてて楽しい話ではないから。巻き込んでしまってごめんなさいね」
そう言った智子おばさんは、気持ちを落ち着かせるためか、さっきよりも深く息を吐いた後私の質問に答えてくれた。
「お義母さんが亡くなった後、12年後にお義父さん。その12年後に長男のお嫁さんが事故に遭って、意識はあるものの寝たきりで自力では動けなくなったわ。その12年後、長男が亡くなって、その12年後にお義姉さんも。でも、お義姉さんは持病も関係して老衰で亡くなってるから、他の人達とは全然違って復讐相手ではないわ。さっきも2人でいたくらいだし、対象になったのはお義父さんと長男とそのお嫁さんね」
「……その人達は、一体何をしたんですか?」
「ふふっ。里美ちゃんのその顔は、何となく予想がついていそうね。お義母さんとお義姉さんが復讐をしたいと思うほどのことよ。……長男のお嫁さんによる、とても酷い姑イジメだったわ」
それから、智子おばさんはお義母さん……私からだと大お婆ちゃんにあたる人への、長男のお嫁さんによるイジメについて話してくれた。
終戦後間も無く籍を入れた長男は、親と一緒に住む事になった。当時、長男は家を守るのが普通ということで親も他の兄弟も特に異論はなかった。次男は学があったので、大学へ進むため上京し家を出ていたので、持病もあって家に残っていた長女であるお義姉さんと、まだ子どもだった末っ子で三男のお爺ちゃんも同居していた。
しかし、結婚して間も無く長男の嫁による姑イジメが始まったそうだ。智子おばさんは当時を詳しく知らないと言いつつも、お義姉さんがお義母さんを庇うのが面白くなくて「義妹にいじめられている」と長男とお義父さんに嘘をついて追い出したり、結婚当初は10代前半で幼かったお爺ちゃんも違和感を感じて2人におかしいと訴えても、お義父さんも長男も信じなかったとのことだ。
ついには、我慢の限界を迎えたお爺ちゃんが長男の嫁に注意していたところをお義父さんに見られて、嫁イジメをしていると勘違いして棒で殴られた時に左目を失ったそうだ。それを見たお義母さんは、泣きじゃくってお爺ちゃんを庇ったみたいだけど「長男嫁をイジメている」と思い込んでいるお義父さんも長男も、お義母さんのいうこともその味方であるお爺ちゃんのこともいないように扱ったらしい。
このままでは自分だけでなく、末っ子のお爺ちゃんまで今以上に被害が及と思ったお義母さんは、学校へ行くために地元を離れていた次男にお願いして引き取ってもらったそうだ。その時には既に智子おばさんと結婚していた次男は、まさか実家がそんな状況になっているなんて思っておらず、お義母さんも引き取ると言ったそうだ。理由はどうであれ、嫁をイジメていると思っているのなら、離れてもいいと言うと思っていた次男と智子おばさんは「世間体が悪い」の一言で追い返されたそうだ。
智子おばさんは結婚する前から、旦那さんである次男と仲のいいお義姉さんと会っていたようで、お義母さんと長男嫁の関係は話としては多少聞いていたようだ。でも、まさかと言う思いと、実家に帰った時には猫を被っていたから直接目にしていなかったことで、対応が遅れてしまったことを悔やんでいた。
実際、実の弟が失明したことで、本格的に姉の話を信じて父親と長男に意見したようだ。時には、捕まり合いになるくらい母親も自分のところで引き取ると言ったようだが、母親自身が「自分がここからいなくなると、せっかく離れたのに子ども達に被害がいくかもしれないから」と拒否したとのこと。
お義姉さんも同様に母親を長男の嫁から離そうとしたが、了承してくれなかったんだと智子さん自身も直接聞いていたそうだ。失明しつつも、末っ子のお爺ちゃんも入って3人がかりで説得しても納得しなかったそうで、最終的には死ぬまで「長男嫁をイジメ続けた鬼婆」と父親と長男からは言われ続けたんだそうだ。
なぜ、父親と長男はそこまで長男の嫁の意見を信じたのかというと、その嫁は地元ではかなりの実力のある人の娘だったようで、逆玉の輿だと結婚前に2人はよく話していたんだそうだ。でも、相手の方が権力があるからって意見できないわけではない。智子おばさんの旦那さんとお義姉さんは「逆らえないからと理由をつけて、威を借りて最低なことをしている」とか「自分が強いと見せるために、弱いものイジメをしている」と、泣きながら手立てがないか探している時もあったそうだ。
でも、助ける前に帰らぬ人となってしまった。お爺ちゃんが失明して3年後、20歳の誕生日を過ぎて数日後だったそうだ。持病の悪化と言われたそうだが、身体中には夥しい数の傷があったそうで、実際は衰弱死だっただろうとのこと。
しかも、その姿を見ていながら父親と長男は「これで嫁が救われた」なんて葬式で話していたそうだ。長男が結婚してから10年も経たないで亡くなったのは、嫁をイジメていたからバチが当たったのだと嫁の親族に擦り寄って。
そんな会話が聞こえてしまって、他の3兄弟は黙っていられなくなり、その場で絶縁したとのこと。しかも、次男である智子おばさんの旦那さんが「そこまで言うなら遺骨は俺が持っていくからな!」と啖呵を切って、自分でお墓を購入して入れたそうだ。
死ぬ直前、守ろうとしてくれた3人の子ども達に手紙が届いたそうだ。もう長くはないとわかったのだろう、その手紙の内容は子ども達が健康であれという思いの詰まったものだった。それを読んだからと言うわけではないが、次男の行動は、生前守れなかった母親を、死後だけでもあの3人から離したいという思いが爆発したんだと話していた。
「実際、その手紙は私も読んだの。でも、どこにも恨んだりするような言葉がなくてね。うちの旦那は健康体だけど、お義姉さんはお義母さんと同じ病気を持っていたし、弘樹君は左目を失ってしまったから2人に宛てたものには、申し訳なかったって言葉がたくさん書かれていたそうよ」
「里美さん、うちのお父さんが義眼になった理由、ちょっと前に愛菜ちゃんが聞いたことあったでしょ?その時になんて言ったか覚えてる?」
「覚えています。愛菜に『これは、大事なものは自分で何とかしないと誰も助けてはくれんぞ!って分からせるためについた傷だ』って。私、愛菜が最近好きなアニメで似たようなセリフがあったから、あえてそういう言い方をしたんだと思ってました」
「お父さんね、左目が見えなくなったって、それこそもっと多くのものを失ったって良かったから、あの時無理矢理にでもお母さんと助けたかったってよく言ってたわ。だから、うちは『家族を大切に』って思いだけは誰にも負けないでしょ?」
お義母さんも智子おばさんも「うちはみんなが親でお婆ちゃんで、子沢山だもんね」なんて言って笑った。パパも同じことを言っていたなと思い出す。お義母さんの親戚が仲がいいきっかけは悲しいものだったけど、それで今これだけ仲がいいのなら天国で大お婆ちゃんも喜んでいるだろう。あ、智子おばさんの話に出てきた「弘樹君」とはお爺ちゃんのことだ。いつも「お爺ちゃん」と呼ぶから誰のことかと一瞬思ったが、左目を失っているという言葉でわかった。
そう思っていると、智子おばさんが「ここまで話したところで、本題に入ろうか」と言い出した。そういえばそうだ。この話だけでは、私が今日呼ばれた理由がいまいち分からない。
前提として、こういう経緯があったということを知っていてほしいということで話してくれたんだろう。12年毎に亡くなった人も、大お婆ちゃんの恨みを買う人であったのは間違いないとわかったし。じゃあ、この話が前提となるメインはなんだっけ?
「そうだ、最初に『復讐が終わる』って言ってましたね。ということは、今の話の中で生き残っている長男のお嫁さんが近々亡くなると……?」
「結論はそういうことでしょうね。でも、里美ちゃんを呼んだ理由はそれを伝えたかったからじゃないの。春樹君のことなんだけど、最近何かを聞いてるとか話してなかったかしら?」
「パパですか?いや、特にそういう話は聞いていませんけど。どんな内容のものかわかれば聞いてみますよ?」
「あ、そうなのね。仕事中はなかなか連絡できないし、里美ちゃんなら何か聞いているかもと思ったのよ。……そうだ、莉子ちゃんの方は見つかった?」
「残念ながら、それっぽいものは配信されてなさそうですね。もしかしたら、ラジオといいつつ夢の中でとか実際のものではないのかもしれないですね」
「……ラジオ?」
「あぁ、実はお義母さんとお義姉さんがラジオをやってるって言ってたのよ。そのラジオは一体どんな目的があるのかと聞いたら『春樹君と美恵ちゃんの結婚には立ち会えなかったから』っていうの。その後に『美恵ちゃんの旦那さんは、智ちゃんとも知り合いだったから』っていうから、もしかして春樹君の方に何か気になるラジオを聞かせているんじゃないかと思ってね」
美恵ちゃんというのは智子おばさんの娘さんで、さっき話していた病院の息子さんと結婚した子だ。智子おばさんの実の娘だし、同居しているのもあって念のため確認したところ、最近ラジオは聞いていないそうだ。
そうなると、パパがラジオを聞いているのではないかと思い、私を呼んだということだった。……いやいや、パパはラジオの話なんて最近していないけど、私にはかなり思い当たることがある。最近よく聞いているではないか。家庭問題を題材にしたラジオを。
「……あの。パパはラジオの話をしていないんですが、私が最近聞いてるラジオがあるんです。それも、なかなかの虐待をされている家庭問題を題材にした内容の」
「里美ちゃんが聞いてるの?!……あぁ、そうね。考えたら、春樹君の相手がどんな人なのか知りたいなら、里美ちゃんの方に何かしているわよね」
「そのラジオを聞いてから体調が悪いとかない?見たところ、いつもと変わらないと思っていたんだけど」
「心配しなくても、体調もそれ以外も特にいつもと変わらないですよ。それに、そのラジオはここ2週間くらいずっと聞いているけど具合が悪くなるなんて全くなかったです」
「智子おばさん。これってやっぱり、悪いことじゃなかったってことでいいの?」
「多分、そういうことだと思うわ。ちなみに里美ちゃんは、そのラジオを聞くきっかけとかあったの?」
「ちょうど2週間前に車の調子が悪くて点検に出したんです。それで修理が必要ってことで今代車に乗っているんですが、その車がCDが聴けるくらいのカーラジオだったので、久しぶりにラジオを聞いていたんです。あ、多分終わりがけかもしれませんが、ギリギリまだやってると思います」
そう言うと、2人は揃って車に乗って確認したいと言った。なんでも、先ほどお義母さんが調べていたのは、今やっているラジオ番組を確認していたようで、それらしいものがなかったとのことだ。今はアプリでラジオが聴けるとのことで、最初にどのチャンネルか聞かれたのだが、そこまで覚えていないというとなら直接車でとなったのだ。
悠太はどうしようかと思いつつ、短時間とはいえ1人にしたくない思いもあって抱き抱える。みんなで車まで移動してラジオをつけると、ちょうど公江さんの番組が入っていた。
「この声、お義姉さんの声だわ」
「確かに、私にも同じ声に聞こえます.しかもこの内容、お婆ちゃんのされていたことじゃない?確実じゃないけど、お父さんから聞いてた話に似てると思う」
ラジオから流れている今日の相談内容は、公江さんの回答からすると「だんだん弱っている自覚がある中で行われる家庭内暴力について」と言うものだろう。詳しいところはわからないが、公江さんは「持病の悪化は仕方のないところもあります。でも、家族から暴力を振るわれるという追い討ちは心が折れてしまいますよね」と言っていたから。
それが、大お婆ちゃんのされたことだと言うのなら、なんて残酷なことを長男の嫁はしていたのだろう。しかも、旦那さんも長男も「お前がイジメているからだ」なんて事実確認もなく言っているというのだ。酷いなんてものではない。
「里美さん。あなた、このラジオで他にも家庭問題を聞いたって言ってたわよね?それって、ほとんどがお嫁さんや旦那さんからのお姑さんへのものだったんじゃない?」
「言われてみたらそうです。それこそ、昨日の相談も現代のことだと思ったけど、60年前って言われてもあり得ることだと思います」
医療はどんどん進化している。今の技術は、昔に比べたら死ぬよりも生き残ることが多いと思う。でも、同様に100年前の技術から60年前の技術だって進化しているのだ。予防接種や保険だって、最近できたものもあるけど、比べる時代がいつであっても「昔より医療が進んでいる」事に違いはないのだから。
ラジオの声は、智子おばさん曰くお義姉さんだという。実際に声を聞いたことがあるからか、智子おばさんとお義母さんは若干涙目になりなってラジオを聴いている。内容はやっぱり悲しくなるものだけど、私も惹かれたこの声は2人の気持ちも落ち着かせたようだ。いや、私なんかよりも聴き馴染みのある2人の方が、思うことがたくさんあるに違いない。
「公江さんが、さっきの話のお義姉さんだったなんて」
「え?公江さん……?いやだわ里美さん、この声は違うわよ。この声は由香おばさんのものよ?公江さん……というと、お婆ちゃんの名前だったかしら?」
「でもお義母さん、このラジオのパーソナリティは音無公江さんって名前なんです。……もしかして、お婆ちゃんの旧姓が音無さんとかで名前を借りてるとかないですかね?」
「……違うわ。音無という名字は由香さんの芸名。由香さんは『音無ゆか』という名前でシナリオを書く仕事をしていたのよ。当時、女性でなる人は少なくて苦労もしたそうだけど、その時に『夫はいらない』という意味を込めて『夫無し(おとなし)』という名字にしたと言っていたから。もちろん、旧姓は全く別よ」
「じゃあ、お婆ちゃんがその意味のまま、その苗字を使ってこのラジオを里美さんに聞かせていた理由って……」
「恐らく、春樹君がどんな人と結婚したのか知りたかったんでしょうね。もし、長男の嫁みたいな人だったら、莉子ちゃんがお義母さんと同じ目に合うんじゃないかって心配だったのよ。由香さんにしてみたら、うちの子も弘樹の子も実の子どもと同じだっただろうし」
「待ってください!じゃあ、もしダメな嫁だと判断されていたら、私が近々死ぬってことですか?」
とんでもない話になってきた。数十分前まで、とても素敵な声だと思って楽しみにしていたラジオが、一気に恐怖のラジオに変わってしまった。咄嗟に悠太を抱きしめてしまったが、全く目が覚める気配もなかったのでホッとしつつ、心の中では不安でいっぱいだった。
でも、その途端、ラジオから公江さんの声にとても似ている声で「安心してちょうだい」と聞こえてきた。思わず3人でカーラジオを見つめてしまったが、仕方のないことだろう。
『突然ごめんなさいね。里美さんと言ったかしら?怖がらせてしまったようだけど、安心していいわ。貴方は、私からもお母さんからも素敵な人だって思えたから、何もしないわ』
『いつも、このラジオを聴いてくれてありがとう。このラジオは貴方に向けた、貴方だけがリスナーのラジオだったのよ』
よく似た声で私たちに話しかけてきたのは、さっきから話に出ていた公江さんと由香さんだった。
2人の話からわかったことは、智子おばさんのいう通り、私の人となりがどうなのかを知りたかったとのことだった。由香さんが亡くなるまでに結婚しなかった子どもは、さっき名前の出ていた美恵さんとパパの2人だったので、せめてその2人がどんな人と結婚するのかを確認したかったとのこと。
美恵さんは智子おばさんと縁のある人の息子さんと結ばれたから、たまに覗きに行って確認していたそうだが、問題はパパの方だった。パパの実家であり、私から見るとお義母さんである莉子さんの旦那さんの職業は神主なのだ。2人は悪霊ではないと思っているものの、一般的には浮遊霊はお祓いされてしまうのもだろうと思うと神社にはなかなか確認に行けない。
そこで思いついたのが、今回のラジオだった。何でも、死後の世界というものは、今の制度だと生前の行いがプラスとマイナスのポイント制になっているらしく、そのポイントによって変換可能な心残りを解消できるらしい。死後の世界とはいえ、世界は世界。時代に合わせているのか、数年単位で死後の世界のシステム改正が行われるらしく、今はポイント制になった当初より少しポイントがつきにくくなっているようだ。
でも、タイミング良くと言っては何だが、由香さんが亡くなったときはかなりの加点がついたらしい。そのポイントを使って、私に言葉を届けてどういう反応をするのか見ようとしたのだという。
ただ、言葉を伝えられる期間も限定されているから、どんな内容で何を使って伝えようかと考えた時、実際に公江さんのされたことを聞いて、どんな反応をするのかを見ればある程度の性格がわかると考えたそうだ。じゃあ、何を使ってその話を聞かせようかと思った時に、言葉で伝えた方が手っ取り早いと思った由香さんは、車の調子を悪くさせてラジオという媒体を使って確認したのだという。
……私は、とんでもないモニタリングをされていたようだ。
『結果は、さっきも言ったように全く問題ないわ。こんな判事みたいなこと、できる立場じゃないのもわかっていたんだけど、残っていたポイントもあったからね。それなら思い残すことなく!って思ってこんなことしてたの。本当、ごめんなさいね。映像もつけられれば、最初から智ちゃんにも分かりやすくて良かったんだろうけど、そこまでのポイントは無かったから。でも、本当に安心したわ。我が家はあの人たちと縁を切ってから、良い人との繋がりばかり何だなあ〜って』
『由香ちゃんはまたそうやって。あの人たちも、報いを受けたんだからもういいじゃない。私もまさか、死んだ後もこうやって何回も降りてこれるなんて思ってなかったから、楽しい人生だったわ』
「お義母さん、由香さん。もしかして、もうこちらには来れないんですか?」
『智ちゃんには今回、迷惑かけちゃったわね。私が死んでからちょうど60年。色々と変わる時期でもあったから、今回で最後にしようと思っていたの。由香ちゃんもこっちに来ちゃったしね』
『そうそう。お母さんの性格じゃ、死んだ後も私たちのことを心配してばっかだろうなあって思うと、あの人達を放置したくなくてね。如何にして復讐するか調べているうちに、お母さんが止めに来ちゃったりしてね』
何だかとても楽しく話をしているようだが、そろそろ愛菜のお迎えに行く時間が迫っている。智子おばさんの話とラジオを合わせると、お義母さんの家に来てからゆうに30分以上は経っているのだ。移動時間を考えると、せいぜいあと5分くらいしか時間はない。
盛り上がっている3人に直接伝えるより、お義母さんを通そうと考えた私はコソコソっと後ろに回って話しかけた。
「すみません。皆さんの話が盛り上がっているのを遮ってしまうんですが、そろそろ愛菜のお迎えに行かないといけなくて」
「あぁ、そうよね。里美さん、今日は突然呼んだりしてごめんなさいね」
「いえ、それは全く問題ないですよ。ただ、もしあの2人ともっと話がしたいのであれば、智子おばさんも一緒にこの車に乗ってもらって、お迎えも代車の引き渡しも終わってからお家に送ることもできますけど……どうですかね?」
私の提案に「あら、それもありね」と言って、智子おばさんとラジオの2人に提案してくれたお義母さん。でも、流石にそれは申し訳ないってことでお開きになった。
悠太をチャイルドシートに乗せて、お義母さんと智子おばさんに挨拶をする。ラジオの2人にも話を切ってしまって申し訳ないというと、気にしなくていいと言われて少しホッとする。今後は私の方から連絡をして、愛菜も連れて遊びに来ますと声をかけて出発した。挨拶している時に、智子おばさんは若干涙を浮かべていたから、もっと話がしたかったんだろうと思うと、本当に申し訳なく思ったのだが仕方ない。
車を走らせて数分後。元々、公江さんと由香さんのラジオは今日で終わりだったし時間的にもだいぶ押しているようだが、話に出ていた死後の世界のポイントがまだ残っていたのか私に話しかけてきた。
『里美さん。短い間だったけど、私のラジオを聴いてくれてありがとう。お母さんの体験談を憤りながら聴いてくれているのがわかって、とても心の優しい子なんだなぁってわかったわ』
「いえ、そんな。私は知らない誰かの話と思っていたものが、身内の話だったことに驚きとショックでした。……それで、ちょっと疑問があるので聴いてもいいですか?」
『いいわよ。ただ、さっき話しすぎちゃったみたいで、私もお母さんもあまり時間がないから簡潔にお願いできるかしら?』
「分かりました。じゃあ、このラジオは由香さんの心残りだってのはわかったんですが、公江さんの心残りは何だったんですか?それこそ、残された側の心残りもあると言うのは聞いたんですが、60年間もこちらに来れるほどの心残りってなると、公江さん自身にもあるんですよね?……もし、それが智子おばさんの話していた『もう少しで終わる復讐』だとしたら、一体公江さんは死後の世界で何を望んだんですか?」
『……流石、春樹君が選んだ子ね。春樹君も結構鋭い子だけど、あの子は見えているってのもあるから、どうしようもないところもあるのよね』
『私は嬉しいわ。由香ちゃんが貴方がどんな人なのか知りたいって言ったのも、そういう縁だったのかもしれないわね。ふふっ、智ちゃんとお話ししたから口癖が移っちゃったわ。……そうね、こちらに来れるのも最後だし、教えてあげます』
『私の心残りは、主人と長男夫婦を連れて行くことよ。それも、できる限り悲しみに満ちた状態でね』
◆ ◇ ◆ ◇
公江さんの話は、愛菜の習っているダンススクールの駐車場に入る前には終わっていた。そして、話終わると「色々ありがとうね」と言って、その後にはもう公江さんだけではく由香さんの声もラジオから聞こえなくなってしまった。
私は公江さんの話を聞いて、今までで1番してはいけない質問だったと後悔した。それくらい、穏やかな声を持つ公江さんから聞いてはいけない乱雑な言葉が出ていた。好きだった声で、最後にこんな言葉を聞かされるくらいなら、気になったとしても聞くべきじゃなかった。
公江さんが持つ、3人への復讐心については詳しくは言えない。でも、これなら言えるかなと言うものもある。
1つ目は、公江さんが亡くなった時の死後の世界の制度は「生前のプラスやマイナスのポイント制」ではなく「生前、自身がされたことの蓄積」というものだと言うこと。これは由香さんのとは違って、自身の行いではなく、自身のされたことを心残りに使えると言うものらしい。
2つ目は、当時はまだ発展途上だった日本は、良くも悪くもいろんなものの整備がされていなかった。今だとあり得ないことが起こったとしても、当時では「もしかしたらそう言うこともあるかも」と思われるのだ。
そして3つ目は、12年毎に亡くなった公江さんのご主人も長男も、遺骨は残っていないそうだ。理由については言えない。1つ目と2つ目の内容を考えると、想像ができる人もいるかもしれないが、私からは言えない。
そして、愛菜を乗せて車を引き取りに行った後、お義母さんから電話が入った。長男のお嫁さんが亡くなったらしい。これで本当に、公江さんは心残りがなくなったんだろうか。由香さんと一緒にこちらに来ることは、本当にもう無いのだろうか。
思うことはありつつも、そんな私にパパは「気にすることは何もないよ」と言い、智子おばさんも笑顔で「問題ないわ」と言う。2人がそう言うなら大丈夫だろうと思いつつ、来年以降の命日には私もお参りに行こうと今から予定を入れておいた。