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勅命の政略結婚




「――宰相ザカリアス・ミストリアス。聖王国第四皇女セラスティア・ザラ・マキア。聖王レインノール三世の名の下に、両名の婚姻の成立を宣言する」


 聖王国暦二四五年、十二代聖王レインノール三世の朗々たる声が王宮を打ち据えた。


「……」


 聖王の御前。

 慇懃に最敬礼の姿勢をとっていた宰相ザカリアスは、自身のその耳を疑い、現実を疑い、いま自分は執務室でうたた寝でもしているのかと己をすら疑った。


「これは神託であり、勅命である」


 しん、と水を打ったように静まり返った王の間で、若き聖王の声だけがよく通った。


 ザカリアスは、死者眠る常闇の国もかくやと言うほどに陰鬱な暗黒色の瞳を巡らし、居並ぶ数々の宮廷人たちを盗み見る。

 誰もが皆、息を呑んでいた。

 ザカリアスと同じく、寝耳に水のことであったらしい。


 ――つまり、これは、王による独断専行。


 ザカリアスは目眩と頭痛と吐き気に同時に襲われた。


「お、お兄様……! なんという無茶苦茶なことを……!」


 その場に、本来ならば居るはずのない、居てはならない女の声がする。

 いままさに王により下賜されることが決められた第四皇女セラスティアである。


 にわかに宮廷人たちがざわつく。


「セラスティア。なぜお前がここにいる? ここは女の居て良い場所ではないぞ。神聖なる王座の間。女人禁制である」


 王が、冴え冴えとした温かみのかけらもない声で言う。

 居並ぶ宮廷人たちの眉が顰められていた。


 ――これだから……

 ――所詮は下級貴族の血筋……

 ――神聖な場に踏み込むなど……


 囁き交わされるのはそうした言葉。

 セラスティアは、きゅっと珊瑚色の唇を噛み締め、悔しげに頬を赤らめる。


 ザカリアスはその様子を、冷めた目で見ていた。


 ――ちょうどよい。異議申し立ては、皇女様からして頂こう。


 聖王の言葉は神の言葉。絶対である。いかにこの国の第一宰相という立場にあっても、こうと決められたことを覆すことはできない。


 本来ならば、勅命などというものが下る前にありとあらゆる手を使って翻意させねばならないことだ。

 しかし、今回は……おそらく誰にとっても青天の霹靂。

 眠っている間に閃いて起き抜けにそのまま口にしたのかと思えるほど、急転直下の下命であった。


「お、おそれながら……申し上げます。聖王猊下。……わたくしは、つい先日、ラスティカ王国から出戻ってきたばかりの身。それを……」

「そうだ。ラスティカは神に叛きし大罪国。そのような国に、ほんのいっときでも嫁いだお前にも、神に叛いた罪の穢れがまとわりついておる。……宰相ザカリアスの元に嫁ぎ、罪を雪ぎ、宰相の身を立ててこの国に尽くすがよい」


 王の言葉は絶対。

 ザカリアスは再び目眩に襲われた。

 

 ――俺はゴミ箱かなにかか?


 見れば、セラスティアはただでさえ白い肌を紙のようにして、大きな珊瑚色の瞳を見開いていた。


 ――ラスティカ。それは、つい一ヶ月ほどまえ、この聖王国の神軍によって攻め滅ぼされた小国であった。

 小さいながらも資源は豊富で、国民の気性は穏やか。

 第四皇女セラスティアが嫁ぐことでラスティカと聖王国の関係は良くそして長く保たれるかに思われた。

 しかし。 

 ラスティカは滅んだ。

 聖王国は嫁がせた第四皇女を救出し、連れ戻したが。


 ――ケチのついた姫君だ、もうよその国の外交には使えん。それはわかる。だからってなぜ。


 ザカリアスはほぞを噛む思いだった。

 第四皇女セラスティアの後援はテニー伯。聖王国内の穏健派で知られる。しかし落ち目だ。


 聖王の思惑は知れた。


 これ以上ザカリアスに宮廷内の力をつけさせまいということだろう。

 聖王の言葉は絶対、とはいえそれは建前でもある。

 これまで、ザカリアスを筆頭とした宰相やそのほかの宮廷人たちは、派閥を作り力を纏め、その権勢で政治を左右してきた。


 前代の聖王はお利口で、なんでもザカリアスに相談したし、ザカリアスの言うことは素直に聞き入れた。


 現聖王は、宮廷内でのザカリアスの力を削ぎ落としたいのだろう。皆の前で突然に勅命を宣下し、傷物ともいえる曰く付きの姫を下賜することで、ザカリアスにも傷を負わせる。


 ――温室育ちのボンボンのくせに。


 ザカリアスは内心で悪態をつきながら、膝を下り礼をした。


「聖王猊下におかれましては……一配下たる者に幸甚の極み。まさにこれなるは望外の喜びにございますれば……」


 若き聖王の、晴れ渡る爽やかな空色の瞳がザカリアスを見下ろしていた。

 ザカリアスは、夜の闇を溶かしたような漆黒の瞳でそれを受け止める。


「謹んで、お受けいたしましょう……」


 ――どうせ断ることはできないのだから。

 ――ならばせいぜい、あの皇女も利用させてもらうまでよ。



***


「皇女殿下におかれましては……ミストリアス侯爵家においでくださったこと、まことに喜ばしく……」

「白々しく心にもない御託は結構です、ザカリアス殿」


 ザカリアスは、思わずぴくりと片眉が持ち上がる。

 だが、表情の変化はそのくらいで、微細なものとも言えた。


 彼の漆黒の瞳に映るのは、白金色のクセひとつない長い髪に、珊瑚色の瞳と唇を持つ、美しい女だった。

 聖王国の王家に連なる者らしく、額には聖なる印が刻まれている。


 つい最近、嫁いだ国が故国によって滅ぼされたばかりの、曰く付きの姫君でもある。


「……。では、この際建前だのなんだのは抜きにして、お話しすると致しましょう」

「いったい、なんのお話をしようというのです。あなた方は、わたくしたちの言葉など、なにも聞きはしないでしょう」


 セラスティアの、ザカリアスを見る瞳は冷め切って、ただ微かに嫌悪と侮蔑の色が滲んでいた。

 

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